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「コロナ危機から『世界共和国』へ」(視点・論点)

社会学者 大澤 真幸

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いま地球上のすべての人は、新型コロナウイルスの感染症の蔓延という、未曾有の危機の中にあります。私たちは、危機と闘いながら、コロナ後の世界のことを考えなくてはなりません。今日は、コロナ後にどのような世界が訪れるのか、どのような世界を目指して現在の危機と闘わなくてはならないのか、私の考えを話します。

【「トロッコ問題」のジレンマ】
 倫理学に、「トロッコ問題」と呼ばれる問題があります。ブレーキが故障して暴走しているトロッコがあります。線路の先に5人の作業員がいて、このまま走ると5人を轢き殺してしまいます。幸い引き込み線があり、そちらに逃れれば5人を殺さずに済むのですが、引き込み線の先にも1人の作業員がいます。このときどうすればよいのか、がトロッコ問題です。

 現在の状況はこの問題に例えられます。私たちが今まで通りの活動を続ければ、感染症で多くの人が亡くなります。緊急事態を宣言し、人と人との接触機会を少なくするなど、ウイルスに対抗する措置をとれば、感染症の犠牲者を減らすことができますが、この場合も、犠牲者が出ます。経済が麻痺して、多くの人が失業し、生きるための糧が得られなくなるからです。

 トロッコ問題と同じで、どちらの選択肢をとっても犠牲者が出ます。トロッコ問題に対しては、たいていの人は、5人ではなく1人を犠牲にする方を選びますが、この問題の倫理的なポイントは、ほんとうはこういうところにあるわけではありません。「犠牲者が少ない方を選びましょう」が正解ではないのです。どちらを選んでも痛みが残り、よい選択肢はない、というのがトロッコ問題の教えです。私たちは現在、同じ困難の中にあります。とすれば、どうすればよいのでしょうか。
 
 実は、トロッコ問題と現実との間には、重大な違いがあります。
トロッコ問題では、回答者は二つの選択肢のどちらかをとらなくてはなりません。しかし現実では、どちらもダメならば、新しい選択肢を作ればよいのです。今日は、そのもうひとつの選択肢の話をいたします。
 このたびの危機で世界中の人が学んだことは、パンデミックはひとつの国では解決できないということです。

 パンデミックに対する各国政府の対策は、さまざまなレベルでの人間の封じ込めです。個人の外出を制限し、地域を封鎖し、移動を抑制し、国家間の渡航を禁止しました。
現在も私たちはこれを続けています。しかし、この封じ込めの対策が成功し、自国の感染者の数が減ったとしても、それだけでは解決ではありません。
地球のどこかに感染者がいれば、いつまたウイルスが侵入してくるかわからないからです。そして、自国の感染症の流行が収まっても、周囲で感染症が蔓延していれば、交流も経済活動もできないからです。

【第三の選択肢 国民国家を超える連帯】
 そこで、私が提案したいこと、トロッコ問題的なディレンマを超える第三の選択肢として提案したいことは、国民国家を超える連帯ということです。そして、そうした連帯を実質的なものにするグローバルな組織の必要ということです。「なんだ当たり前のことではないか」と思われるかもしれません。そうです。私は当たり前のことを言っているのです。これは、現在、世界中の人々が理解し、実感していることでもあるはずです。

 重要なことは、この国際的な連帯と組織は、国民国家の主権を超える権限をもっていなくてはならないということです。現在の地球は、主権をもった国民国家の集まりです。
国連やWHOのような国際的団体も存在しますが、政治的主権が国民国家にある限りは、また人々がそうした国際的団体よりもそれぞれの国の国益を優先させている限りは、結局そうした団体自体が、拠出金や人事をめぐって、各国の競争の場になってしまいます。

 繰り返しますが、現在の危機を通じて分かったことは、国民国家を横断し、国民国家の主権を超えた権限をもつ組織や協調体制が絶対に必要だということです。
もしそのようなものがあれば、パンデミックが生じたとき、効率的に医療資源を分配し、最も脆弱な地域に集中的に医療専門家を送ることも可能です。効果的な対応策や薬についての知識も、すぐに全地球で共有することができるはずです。

 しかし残念ながら、現在の危機の中で私たちが目撃していることは、私がいま提案している方向とは逆のことです。むしろ、各国の利己主義がむき出しになっています。
マスクの奪い合いのような浅ましい争いさえも起きています。しかしそれでも、今回最も頑固な自国中心主義者でも認めざるをえなくなったことは、自国の安全と繁栄のためにも、地球的規模の安全と繁栄が必要だということです。

【WHOや国連の権限強化と改組】
 いま私が提案している連帯や組織は、具体的には、WHOや国連の権限強化と改組によって実現するしかありません。こうした国際的な協調は、それぞれの国の国益とまったく矛盾しないところが強みです。現在の感染症危機は、「自国ファースト」の終焉になるべきです。

 最初に、感染症対策と経済との間に「あれか/これか」の関係がある、と述べました。
しかし、いま私が述べているような国際協調体制が実現すれば、このディレンマは乗り越えられます。

 現在、人類がもっている情報の収集・分析の技術をもってすれば、ウイルスの発生や感染のわずかな兆候をすぐに検知することができます。そうした兆候を見つけたら、その地域だけを短期間封鎖し、そこに集中的に医療資源を投入するとともに、その間にワクチンや治療薬を開発すればよいわけです。
 現在のような地球的な規模の外出制限は要りません。しかし、このとき最大の障害物は、国民国家の主権です。
例えば、新しいウイルスの発生が確認されたとしても、その情報が国益に反するとみる国家があれば、その情報は秘匿されるかもしまれん。
国際組織がある地域の封鎖が必要だとみなしても、その地域に対して主権をもつ国家の同意がなければ、封鎖はできません。
だから私は、国民国家の主権は制限され、相対化され、そりよりも大きな権限や主権をもつ民主的な国際組織が必要だ、と述べているのです。

 もちろん私は、こんな組織が、新型コロナウイルスの収束後にすぐにできるとは思っていません。しかしこうした組織が、今後何十年かかけて実現されるべきであり、そのための歩みがいま始まらなくてはならない、と思っております。感染症のリスクは、このたびの新型コロナで終わり、ではないからです。

 環境学の専門家によれば、野生動物から人間への病気の感染の確率は高まっています。グローバル資本主義の発展によって、人間と野生動物との距離が小さくなっているからです。感染症は「人類の経済成長のコスト」のひとつです。
新型ウイルスの発生の頻度は今後は増すでしょう。そのたびに、現在のような大規模な外出制限をしていたら、私たちは生きてゆくことができません。

【ユートピアを現実に】
 人類は、破局を経験した後、一瞬ユートピアの夢を見ます。第二次世界大戦後もそうでした。国連に世界警察が実現し、各国が軍事力をもたずに済む平和な世界がくるかもしれない、と。しかし冷戦が始まり、人々は夢から覚めて現実に回帰しました。そのときの夢の痕跡が我が国の憲法九条です。
しかし今回は、夢から現実へと回帰するのではなく、夢そのものを現実にするときです。

現実になるべき夢とは、地球規模の世界共和国です。百年後に振り返ったとき、2020年は世界共和国への最初の一歩が踏み出された年として記憶されなくてはなりません。

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