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「新型コロナウイルス こころのケアの重要性」(視点・論点)

筑波大学 教授 太刀川 弘和

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現在、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい、世界中で様々な対策がとられていますが、未だ有効な治療や封じ込めには至っていません。新型コロナウイルスの特徴は、いつかかるかわからない、診断がつきにくい、有効な治療がまだ確立されていない、いつよくなるかわからない、死の危険がある、ということです。感染対策としては、社会的距離を保つ、検疫や都市の封鎖をして自宅にいることが世界中で実施されています。このようなウイルスの特徴と社会的対策は、人々のこころに様々な問題を生じさます。そこでこの放送では、新型コロナウイルスに関するこころのケアについて知っていただきたいことをお話しします。

新型コロナウイルスに関連して生じるこころの問題は大きく三つに分けられます。

一つ目は、ウイルス感染に関連する問題です。最も頻度が高いのは、「自分がかかるかもしれない」、あるいは「ほかの人にうつしてしまうかもしれない」、という感染恐怖や感染不安です。不安の中で、私たちは、ウイルスと戦わなければなりません。戦う時には怒りや緊張が生じます。しかし、怒りと緊張の中で戦いを続ければ、疲れて、燃え尽きてしまうことがあります。また、もし大切な人が感染症でなくなると、悲しみが生じるだけでなく、感染防止のためにご遺体をみられないことから、悲嘆から回復する過程も遅れてしまいます。

二つ目は、感染対策に関連する問題です。社会的距離や自宅待機は、感染防⽌のためにやむを得ない措置です。しかし人は、常に他者と言葉や気持ちのやりとりをする社会的動物です。人との交流を行わないと、自分の考えを確認し、気持ちを共有できる相手がおらず、孤独感や抑うつが生じます。あわせて行動の自由を制限されると、生活リズムが崩れ、退屈し、無感動で意欲がなくなり、自分が疎外されたように感じる特有の心理状態になることもあります。また、感染防止のために親しい⼈が隔離されると、残された人が分離不安や抑うつを感じることがあります。

三つめの、社会に生じる二次的な問題には、経済不況と風評被害があります。長い封鎖の要請は、経済活動を停滞させ、失業をもたらし、人々を、うつ状態に陥らせるかもしれません。また、社会の不安は「誰々が感染している」といった風評を生み、やり場のない怒りは、責任者を見つけ、処罰しようとする「スケープゴート」と呼ばれる現象を引き起こします。風評、スケープゴートの対象となった人々は、偏見、差別、スティグマに苦しむことになってしまいます。
では、新型コロナウイルスに関するこころの問題には、どのようなケアが有効でしょうか。

まず、ウイルス感染に関連する問題へのケアとして、不確かな情報に左右され不安を高めないことが重要です。政府、自治体、研究機関など情報源が明らかな正しい情報を得て、手洗いなどの感染対策を徹底し、正しく恐れるようにしましょう。不安や怒りが増す場合は、テレビ視聴やインターネット閲覧の時間を意識的に減らし、情報を取り過ぎないよう注意しましょう。自分を見つめなおし、今の状況や自分の気持ちを日記に書いて整理してみるなど、ネガティブな考え方、すなわち認知の歪みを修正する方法も不安の軽減に有効です。怒りや緊張に対しては、深呼吸や休憩をこまめにとり、リラックスできる時間を作りましょう。

次に、感染対策に関連する問題へのケアです。

自宅待機中は、孤独や抑うつ防止のために、親しい⼈とSNSや電話でコミュニケーションをとりましょう。退屈や無感動を防止するためには、睡眠や食事を規則正しくとり、これまでの⽣活リズムを維持することが重要です。外出自粛中ですが、室内でも適度な運動は心がけてください。
親子で過ごす時には、遊び、料理など、家で一緒にできる活動をしましょう。子供は大人よりも不安を抱えやすく、気持ちを表現することが苦手です。彼らの話をじっくり聞き、感染予防の方法をよく説明して安心感を与えましょう。また、勉強、遊び、運動など大まかな時間割を決めて生活リズムを維持させてください。しかし。もし家族で過ごしていて子供の扱いに疲れ切ってしまう、あるいは夫婦間でDVの危険がある場合は、我慢して一緒に過ごすより、どうぞ周りに助けを求めてください。

社会に生じる二次的問題については、個人が取り組む対策に限界があり、政治やメディアが対応する必要があります。政府は休業者の生活保障に全力をあげるのはもちろんのこと、社会不安を軽減させる努力が必要です。バブル崩壊後に生じた自殺者数の増加は、日本型雇用の崩壊が社会不安を与えたことが理由の一つとされています。メディアは、感染不安を過剰にあおるセンセーショナルな報道は控えて、社会がこの状況に一致団結して取り組み、この困難を乗り越えようと、明確なメッセージを伝えなければなりません。
偏見、差別は、古くはペストの頃から感染症爆発の際に生じやすいことが知られています。

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例えば、図のようにA病院に感染者が1名出たら、濃厚接触者が3名いても、残りは感染していない健常者なのが事実です。しかし周りの不安が強いと、その病院の関係者は感染者に違いないとみなす偏見から、感染しているに違いないA病院にはいかない、という差別が生じます。これは、感染のリスクを回避するために、感染者の所属する集団をみな感染者とみなす認知のエラーと考えられます。このような場合、A病院への差別はよくない、といっても、感染状況は明確にならず、差別を和らげる効果はあまりありません。病院で感染したのはわずか一人で、対策もきちんと行っている、と病院は明確に事実を伝えましょう。周りは、所属する病院の枠組みよりも、個人個人を大切にしたコミュニケーションを図ること、あるいは差別する者、される者の枠を超えて共に感染症と戦う仲間であることを、大きなメッセージとして出す対策が考えられるでしょう。

最後に私たちの日常生活を守るために働いている方々、支援者の方に特別なメッセージを送りたいと思います。医療者だけでなく警察、消防、運送業など多くの支援者の皆さんは、自分や家族も感染する強い不安を持ちながら、それでも日々戦わざるを得ません。これらの方々のストレスは、一般よりはるかに高く、燃え尽きや抑うつにいたる危険も高いとされています。業務にあたっては、こまめに休息をとり、決して無理をしないでください。仮に感染の疑いから自宅待機する場合にも、仲間と連絡をとり、互いをねぎらい、孤独に陥らないよう留意しましょう。精神的につらかったら、早めに上司や信頼できる人に相談しましょう。
上司の方は、休息をとらせる、ねぎらう、ローテーション体制をとる、など支援活動の内容とリスクに十分気を配っていただくとともに、大事な職員とその家族が、地域で差別の対象にならないよう、組織として職員を守ってください。

ここまで、新型コロナウイルスに関するこころのケアの重要性についてお話してきました。このウイルスは、感染、感染対策、二次的社会問題の3つの側面を通して、私たちのからだだけでなくこころの健康に脅威を与えます。しかし、それぞれこころのケアとしてできることがあります。
皆さん、互いのからだは離れていても、どうかこころを一つにして、この困難を乗り越えていきましょう。

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