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「介護保険20年 さらなる『社会化』のために」(視点・論点)

東洋大学 准教授 高野 龍昭 

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Ⅰ はじめに

 介護保険制度は2000年:平成12年4月に施行され、今年で20年目の節目の年度となります。この制度は、高齢者の介護を社会全体で支えること、すなわち「介護の社会化」を図ることを最大の目的として創設されました。しかし、この制度はさまざまな課題も指摘されています。
 本日は、この20年の節目にあたり、介護保険制度の課題を整理し、今後のあり方を考えます。

Ⅱ 介護保険制度の課題

介護保険制度には、どのような課題が生じているのでしょうか。それは、「財源」と「介護人材」の2つの不安・不足です。
 まず、財源に関する点です。介護保険の財源は、50%を公費・税で、残りの50%を40歳以上のすべての人が負担する保険料で構成されています。

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介護保険制度で使われた総費用額をみると、当初の2000年度:1年間に約3兆6000億円だったものが、2019年度には約11兆7000億円と、およそ3.3倍に膨らんでいます。これは、高齢者人口の増加と介護保険制度による需要と供給の喚起が主な要因です。

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しかし、この間の65歳以上人口の伸びが約1.6倍、75歳以上人口の伸びが約2.0倍ですから、これと比較し、総費用額の伸びは激しいと言えます。今後も後期高齢者人口の増加により、さらに伸びると推計されています。このため、65歳以上の高齢者が負担する介護保険料も当初と比較してすでに2倍以上に膨らんでいます。
また、40歳から64歳の人びとが負担する介護保険料も同様に膨らんでいます。この現役世代自身の負担や、従業員の保険料を折半して負担する事業者・雇用主の負担を含め、保険料負担はもはや限界に達しています。
公費・税の負担についても、政府・自治体の財政状況は逼迫しており、介護保険への拠出が膨らみ続けていることが大きな問題となっています。
 次に、介護人材に関する点です。

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全国の介護職員数の推移をみると、2000年に約55万人、それが2017年には約187万人へとおよそ3.4倍に伸びています。
ただし、近年の伸びは鈍くなっており、今後の人材確保には大きな懸念があります。

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厚生労働省が各自治体の試算に基づいて公表したデータによると、現行で約190万人の介護人材に対して、2025年には約245万人が必要となり、約55万人の不足が見込まれる、と示されています。30%近い増員が必要となり、この確保が大きな課題となっています。

Ⅲ 「2つの不安・不足」への対処策

 では、この2つの不安・不足について、どういった対応が必要となるのでしょうか。
 まず、財源については、第一に、保険料を負担する年齢層を現在の40歳以上という要件を引き下げて、30歳以上、できれば20歳以上とすることが必要です。社会全体で高齢者介護を支えるという意味で、急ぐべき施策です。
第二に、高所得あるいは資産を豊かに有する高齢者の介護保険料と介護サービス利用時の負担を引き上げることが必要です。これは現在も一定程度行われている措置ですが、こうした累進性をさらに強化すべきです。介護保険は社会保障制度の一環ですから、「所得の再分配」の機能、つまり、経済的・社会的に豊かな状況にある人々の「富」を生活困難に陥った人びとに保険給付などとして回し、格差を是正する機能を有しているはずです。この「再分配機能」を強くする必要があります。
 もうひとつの介護人材については、質と量、両面確保する方策が必要となります。
まさに今、多くの介護職員は新型コロナウイルスの市中での感染拡大のなか、それに立ち向かいながら懸命に高齢者の暮らしと命を支えています。しかし、感染拡大に伴うサービスの休止によって、医療・介護分野のなかで一番脆弱な経営基盤と職員処遇に追い込まれてきた訪問介護・デイサービスは、真っ先に事業の継続が困難になりつつあり、介護職員もそこから撤退する懸念が生じています。介護サービスが継続されなくなると、高齢者の生活の継続が難しくなり、命と健康の危機に直面します。つまり、処遇改善が立ち遅れた介護職員と、財政問題のあおりでサービス利用を制限され始めていた高齢者という、「弱い存在」に最大のしわ寄せが生じているのです。こうしたことは、あってはなりません。
そのため、さきほど述べた財源への対応により、介護従事者の給与などの処遇を一層改善すべきです。人口減少局面に入っているなか、労働力確保は各分野で共通に深刻さを増す問題です。しかし、急増する要介護高齢者の支援にあたる介護人材と介護サービスは、今や重要な社会的インフラです。他分野に優先してその対策を行う必要性があります。
 さらに、この2つの不安・不足への対処策として、2点をお示ししたいと思います。

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ひとつは、介護専門職と市民・地域住民の協働:コラボレーションを促すことです。現状では、地域住民や市場サービスの活用は少ないのですが、今後の改革の方向性として、この「地域・市場」という制度外の支援を拡大する必要があります。たとえば、軽度者の掃除や買い物の支援などは市民や有償ボランティアなどの互助、あるいは一般企業による市場サービスに委ね、身体的な介助や専門的な認知症ケアなどはプロフェショナルな介護人材が担う、といった見直しを行うべきです。介護保険制度は、軽度者にも幅広くサービスを保障する優れた仕組みですが、多くの財源と介護人材を必要とします。市民や企業・市場が軽度者向けのサービスを担うことで、十分ではない財源と介護人材を、真に専門的支援の必要な重度者に集中的に活用できます。
ただし、過疎地域では、そもそも互助や市場サービスは成り立ちません。こうした地域に対しては、別途に公費などによる支援策が不可欠です。

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もうひとつは、高齢者が介護を必要とする時期を遅らせ、自分の力で暮らすことができる期間を延ばすような取り組み、つまり、介護予防や重度化防止の取り組みを拡大していくことです。現在、認知症の予防策は効果が明らかなものはほとんど見つかっていませんが、加齢に伴う身体機能の低下の予防策については、科学的根拠を伴った方法が明らかとなっています。たとえば、運動の継続や栄養の改善、口腔ケアの実施、そして周囲とのつながり:社会的関係を拡大する支援などに効果があります。もちろん、改善の可能性が見通せない疾患のある高齢者などにそれを強制するようなことがあってはなりませんが、個々の高齢者の状況と意向に合わせた介護予防の施策を拡大すべきでしょう。
医療経済学の知見によれば、「予防は医療や介護を必要とする時期を先送りするだけで、費用の伸びの抑制への効果は明らかではない」と示されていますが、高齢者自身のQOL:生活の質を高め、支援にあたる専門職の数の増加を当面は抑制することが期待できるという面からは、意義ある取り組みとなるはずです。
こうした対処策には異論も多いでしょう。しかし、「介護の社会化」とは制度ですべてを保障することではなく、官民ともに、そして高齢者も一緒に介護の問題に取り組むことのはずです。

Ⅳ おわりに~さらなる課題~

 さて、介護保険制度には「医療と介護の連携強化」という目的もあります。たとえば、治療の必要のなくなった高齢者の長期入院:社会的入院を介護サービスによって解消し、高齢者を治療中心の医療の場から自宅や介護施設などの生活の場に早く円滑に移れるようにする、そのあと自宅で医療サービスと介護サービスを効果的に利用できる、といったことです。
 しかし、20年が経った今も、この取り組みはさほど進んでいないのではないでしょうか。介護従事者と医療従事者の情報共有の仕組みづくりなど、効果的な施策を講じることが急務です。
 なによりも、わが国は「多死社会」を迎えつつあります。70年代以降に常識化した「医療機関での看取り」は、病床数抑制といった医療政策と相まって、今後は「介護施設や自宅での看取り」へと必然的に移行していくこととなります。その時にも、医療・介護の連携は大変に重要となります。
 この意味で、介護保険制度には、高齢者の「穏やかでその人らしい看取り」を担うという今日的な課題に対処することも求められているのです。

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