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「介護保険20年 新たな挑戦」(視点・論点)

東京家政大学 名誉教授 樋口 恵子 

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 介護保険制度は西暦2000年、平成12年4月1日に施行されました。この20年をふり返りながら、現状の問題点、今後のあり方について意見を述べさせていただきます。

▶成立までの経緯と論点
 介護保険制度は、これまで家族が担ってきた高齢者介護の一部を、財政的にも実質的にも社会が肩代わりして担い合おうというもので、ヨーロッパなど先進国ではすでに歴史のある政策でした。
しかし伝統を重んずる日本社会では介護は家族の役割とくに嫁・妻など女性の役割とする実態があり、介護は各家庭の大問題として意識されてきました。
長寿化とともに激増した介護量を「家族で担うべき」とする伝統派と、「重厚長大化した介護には社会的支援が必要」とする現状認識派の対立がその根底にありました。

▶介護保険スタート、老いの見える化
 介護保険のスタートで街の風景が一変しました。

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 デイサービス送迎のマイクロバスが街を行き交い、乗り込みには家族とバイバイと手を振り合います。駅の周辺には介護保険事業者の看板が立ち並びました。
家族家庭の中に閉じ込められていた高齢者と介護が、春の陽光の街中に定着しました。この介護の可視化(見える化)こそ介護保険制度の最大の効果だったと思います。
介護保険と自費を組み合わせて定年まで2年の就労が可能だったという女性ベテラン社員もいました。働く人のためにもつくってよかった介護保険。私はこの制度ができたこと自体に合格点をつけます。

▶介護保険制度 悪評サクサクの理由
 ところでこの介護保険、20年を迎えてメディアへの登場も多いのですけれど、総じて悪評サクサクです。
 それも無理はありません。発足以来20年、この間の歩みをみると「値上げとサービス制限の20年」でした。

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・たとえば毎月の保険料が65歳以上では、およそ3,000円から約2倍に。
・すべての人が1割の自己負担で始まったのに、一定所得の人が2割に。最近は3割に。
・要支援1,2の人へサービスの一部を介護保険から市町村へ移管。それはサービス低下、地域格差拡大につながります。
・特養ホームの入居資格は要介護1からだったのが、要介護3からに。認知症の人の利用が困難になったと言われます。
 とくに2019年(昨年)は介護保険制度の見直し案が財務省主導で出され、さらなる利用者負担の増加、サービス利用制限の案が提出されました。世論の反発を受けてそのほとんどが先送りされましたが、財政が厳しいことはたしかなので、また提出される恐れ十分です。
 ことし新春早々の1月14日、私が代表をつとめる「高齢社会をよくする女性の会」と上野千鶴子さんが代表をつとめる「認定NPO法人WAN(ワン)」が共催して「介護保険の後退を絶対に許さない!1.14院内集会」を開きました。全国から介護保険事業者、介護職員、高齢者、介護家族が290人も集まり、現状報告・これからの後退を許さないよう見守る決意を新たにしました。

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▶介護保険のこれから―いくつかの提案―
 最近のある新聞社の調査によれば、都道府県政令都市などの首長の9割が、介護保険制度が維持困難と悲観的な回答をしています。

<どうする財源>
 悲観材料の第一は財源です。この20年で介護サービスの利用者は3倍に増えています。要介護者が多くなる75歳以上人口が20年間に7%台から14%台へと2倍になっているのですから当たり前です。
この財源をどこから生み出すか、ですが、介護保険加入年齢を40歳から20歳に引き下げる。介護保険法を改正して今は保険料と同額の公的資金を倍額程度に引き上げるなどいろいろあるでしょう。具体的に検討する時期にきています。
 この課題を乗り切るために完全な介護目的税たとえば国民ケア税を時限立法で策定することも考えられます。アテにした消費税は分捕り合戦であまりうまくいきませんでした。収支が明確な時限立法の目的税も検討してよいと思います。

<どうする人材>
 もう1つの悲観的材料は介護人材です。介護福祉士の国家資格をつくるなど国もそれなりの努力はしましたが、人材確保策に失敗しています。
介護職の給与引上げ、とくにヘルパーの移動時間、利用者のお宅から次の利用者のお宅へ向かう時の移動時間の評価は早急にすすめてほしい。  
介護労働力の確保には、定年以降の地域住民に協力を呼びかけることはもちろん大切ですが、たとえばドイツでは徴兵制を廃止したあと、志望者に福祉系の仕事に一定の報酬を与えて従事させる制度が残されています。返還不用の給付型奨学金を給付して若い人たちの力を貸してもらうことも考えていいと思います。本当に各世代を挙げての総力戦です。

 今すでに日本中に介護で疲れ切った人たちのため息が満ち、介護にまつわる悲しい事件もあちこちで聞かれます。この20年間に家族の数が減って、一人暮らしや老老夫婦が増え、家族のかたちが構造的に変わったのです。50代を独身で通過する人が増え、男子はすでに3割です。
家族で介護を、といっても家族のいる人が少なくなるファミレス社会(家族減少社会)です。一方で1人で3人も介護する多重介護。70代以上の老老介護も約40%。介護する家族を支援する政策が必要です。いっこうに減らない介護離職を減らし、介護者が倒れたとき迅速に発動する介護救急車制度など。基本は地域を基盤に他人同士が介護をキーワードに支え合うことです。

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介護保険法117条11項には、「市町村は介護保険事業を定め変更するときはあらかじめ被保険者の意見を聞くための必要な措置を講ずる」とあります。この参画条項は介護保険のキモの1つです。
この介護保険法の利用者参画条項を生かし、地域民主主義の証しとして、利用者・被保険者が発言し、今後の指針を国民的論議で決めていただきたい。これは介護という視点からの新しいもう1つの地域創生です。血縁でない人も助け合う、それが介護保険の基本的理念だと思います。

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