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「70歳就業継続 課題と可能性」(視点・論点)

敬愛大学 教授 高木 朋代

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先達ての3月3日に「年金改革法案」が、また2月4日には「高年齢者雇用安定法等の改正案」が閣議決定に至りました。これらの改正法案は、労働力人口の減少を背景に政府が働き手の増加を狙ったものです。本日は、これに関連して、70歳までの就業継続における課題と実現可能性についてお話しします。

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 まず、これが今回の年金制度改革法案の主な内容です。受給開始年齢の上限を70歳から75歳に延長する。60歳代前半層の在職老齢年金の減額基準を引き上げるなどです。
これらの内容を知り、政府が高年齢者を働かせようとしている、と批判的な見方をする人もいるかもしれません。年金財政の問題は、高齢化が進む多くの国々に共通する課題ですが、日本の状況は他国とは少々違うといえるでしょう。

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これは、日本の高年齢者の就業意欲を示したものです。65歳を超えて働き続けたいという人がおおよそ8割に達します。つまり、非常に高い就業意欲を持っているということがいえます。そして、その意欲が、必ずしも経済的な理由ばかりによるものではないことも他の調査で明らかとなっています。

これらの実態を踏まえますと、日本の政府がやるべき重要なことは、働かせるための政策を打つのではなく、働きたい人が働くことができるための政策を打つことにあるのではないでしょうか。それにより、働き続けたいと思っている人の願いは叶い、同時に、年金財政問題も緩和されるのです。
そういった意味では、今回の年金改革法案は、高年齢層の就業意欲を上げることに焦点が当てられていますが、しかし同時に、日本の年金制度、そして高年齢者雇用対策において重要なことは、雇用の受け皿である企業が、65歳まで、あるいはさらにそれを超えて従業員を雇い続けることができるのか、という問題にあることを指摘したいと思います。
ここで、直近の、企業における高年齢者雇用の状況を見てみましょう。

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このデータによりますと、301人以上企業で、定年制廃止や定年の引き上げをする企業は少なく、約88%の企業が継続雇用を選択していることが分かります。この数値は、小規模企業を含めても約78%となっています。

これは何を意味するのでしょうか。もし企業が全員の雇用延長が可能と考えるならば、多くの企業が定年制を廃止、もしくは定年を引き上げているはずです。しかし、60歳代前半層の雇用確保措置を義務付ける2004年改正法から15年以上が経ち、また、人材不足が生じている現在においてでさえも、定年年齢を60歳に据え置いている企業が多いことを示しています。つまり、多くの企業にとって、未だ従業員全員を65歳まで雇用することが難しい実情をこれらの数値は表しています。

そうした中で先般、閣議決定となった、高年齢者の雇用に関連する改正法案がどのような内容であるのかを見てみましょう。

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第1に、70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とするということですが、現行の義務規定では、65歳までの雇用確保措置として、ここにある三つのいずれかを講じることが企業に義務付けられています。加えて、今回の改正案ですが、70歳までの就業機会確保に努めることを企業に求め、 フリーランス契約や起業への支援といった努力義務規定が加えられました。そして、第2に、301人以上企業に対して、正社員の中途採用比率の公表を義務付けることも盛り込まれました。

この改正法案では、従来企業の外での就業可能性も示されております、しかしやはり、60歳代後半層の就業においても期待されるのは、企業での雇用継続であろうと思われています。たとえ努力義務であっても企業に大きな負荷がかかることは間違いありません。
しかしながら私は、雇用が難しいであるとか、無理であるとか、そういった否定的な観点で論じるのではなく、どうすれば70歳までの就業継続を実現できるのかについて考えたいと思います。

この中で、最も興味深く感じ、また将来の日本の産業界において重要と考える事項は、301人以上企業に対する正社員の中途採用比率の公表を義務化するということです。
 これについて、例えば正社員に占める中途採用比率が単に高いということは、その会社では人がよく辞めているという実態を含んでいる可能性もありますが、しかしもし、非正規労働者を活用するということではなく、正社員として人を多く雇い入れているのであれば、その企業の人事戦略は賞賛されるべきものといえそうです。

 なぜかと申しますと、高い就業意欲を持つ高年齢層が多い日本では、年金制度の円滑な運用、あるいは高年齢者雇用の推進のためには、企業が従業員を65歳まで、あるいはそれを超えて雇い続けることができるかどうかが鍵になるからです。
それではどうすれば良いのでしょうか。答えは明快です。それぞれの従業員が企業にとって雇い続けたいと思える人材、つまり企業活動に貢献し、活躍しうる能力を十分に持っている人材であり続けることです。
実際に雇用継続された人の職務能力は多岐にわたり、一貫した特徴が見出せているわけではありませんが、しかしその方々が歩まれた職業キャリアには、ある種の共通した特性があることが分かっています。

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これは、私がかつて行った調査のデータですが、同じ職能内での経験年数が相対的に長い人が、雇用継続されていることがわかります。ここでいう職能とは、人事、営業などのように、職務上の領域のことをいいます。そして、人事異動等を通じて、一つの職能に軸足を置きながら、様々な仕事経験を積んでいくことになります。
こうした職業キャリアが、高い職務能力を体得していくことにつながっていると考えられています。

このようなキャリア特性は自助努力のみで獲得できるものではありません。一人一人の職務能力の習得には、企業の人事管理が大きく関与しています。つまり企業の意図的で計画的な人事管理に基づくものが大きいと考えられます。
こうしたキャリアは長期的雇用関係の中でこそ実現される場合が多いといえます。しかし例えば、転職する際にも同じ職能に軸足を置くことが大切になるといえるでしょう。実際に、高年齢期で他社への転職に成功している人のキャリアを分析しても、同じ特性があることが確認されています。

ところで、昨今奨励されている兼業・副業を通じて、こうした職業キャリアが歩めるかは疑問です。最終的な職務能力は、軸を持たず、拡散した形になる可能性は十分にあります。また、同一労働同一賃金は、正規か非正規にかかわらず、職務によって賃金水準を定めるものですが、やはり、正社員のほうが上位の職務へと早く駆け上がっていく可能性があることを否めません。正規の雇用労働者は、自助努力のみでなく、企業からの育成投資と計画的な人事管理を受けることができるからです。さらに、今回の改正法案にある、高年齢期でのフリーランス契約や起業を成功させるためにも、若年期から軸足となる専門領域の能力を計画的かつ確実に高く積み上げていく必要があるといえるでしょう。

 このように見ていきますと、今後の高齢社会における企業の役割はますます大きいといえます。70歳までの就業継続の実現のためだけでなく、年金をはじめとする社会保障システムの諸問題を解決する上でも、政府は正社員採用を進め、人材育成に努める企業を奨励し、支援する体制を整えることが肝要かと思います。

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