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「東日本大震災から9年 福島のいまを考える」(視点・論点)

東京大学 総合防災情報研究センター 准教授 関谷 直也 

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(1)帰還と避難
3月11日、東日本大震災から9年が経ちました。来年は震災10年を迎え、復興創生期間も終わり、岩手・宮城においては、ハード事業が終了します。財源措置は大幅に減り、復興課題は山積しているにも関わらず、応援職員の減少、人員削減など、これからが生活再建の正念場となってきています。
3月4日、福島県では唯一、全町避難が続く福島県双葉町の避難指示が、一部解除されました。帰還困難区域では初の解除となります。ようやく復興の緒についたというところです。

避難と帰還、風評の回復、廃炉など、復興をめぐる課題はより複雑化してきています。福島県においては、2月現在、県内に9408人、県外に30914人、40335人が避難を継続しています。また現在は数字には表れていない区域外避難者も多くいます。
 今、特に問題となっていることは、風評被害、震災直後の放射性物質の拡散とその不安感によって「傷ついたブランド」と「失われてしまった販路」を完全に回復できていないことです。また、浜通り地域の「復興」を進める中での「廃炉」、汚染水処理とトリチウムなどを含む水の処分をどう進めるべきかも大きな課題です。今日は東京電力福島第一原子力発電所事故による社会的影響に絞って考えてみたいと思います。

(2)風評被害の払拭と全量全袋、全頭検査の見直し
 9年目の一つの課題は、風評被害の払拭に関連した「全量全袋検査、全頭検査の見直し」です。

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お米について、2012年以来、福島県では全量全袋検査を行ってきました。毎年、1000万袋近く全量を調査し、2015年以降は基準値100Bqを超えるものはありません。2015年以降は99.99%以上が検出限界値未満です。5年間連続基準値超えがなく、安全が確認されるようになってきたので、2020年以降は旧市町村単位の抽出調査に移行します。
また牛について、2011年の稲わらの汚染以来、岩手・宮城・福島・栃木で全頭検査を行ってきました。福島県では2011年8月以降、17万頭が検査されましたが基準値を超えるものはなく、すでに「安全」は確保されています。福島県内では、来年度より農家毎の全戸検査に切り替えていく方針です。これらは安全は当然のこととして、消費者の購買、流通業者の納入のため、「安心」を担保するものとして行われているものです。それゆえに、検査の見直しは、農業関係者、畜産関係者を中心に、福島産を敬遠させる要因になるのではという根強い懸念もあります。                      
この検査体制の見直しにあたっては次のことが必要です。

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改めて、農畜産物に関して「安全が確実なものとなってきた」ことの再周知が必要です。チェルノブイリなどの事例より半減期30年のセシウム137に比べて半減期2年のセシウム134の割合が高く放射線量が早期に低下したこと、またカリウム施肥、土壌や稲わらの線量測定など農業関係者が努力してきた結果として、安全と信頼が確保されてきました。これをきちんと理解してもらう必要があります。
そして「検査体制と検査結果(検査の蓄積)」この周知が必要です。震災後の9年間、全量検査を継続したこと、結果として基準値を超える放射性物質が検出されてこなかったこと、それゆえ検査をやめることができたのだということ、これは後退ではなく、安全が確認されたことの結果であることを、改めて、説明する必要があります。

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画面右側の赤い部分をご覧ください。震災直後とくらべて不安を持つ人々も福島県内、福島県外で減ってきています。この消費動向について、改めて、流通関係者に周知していく必要もあります。                              

(3)廃炉と復興、汚染水
次に、大きな課題は多核種除去設備ALPSで処理をした水、トリチウム等を含む水をどう処分するかという問題です。

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現在、福島県民の関心は「廃炉」とそのトリチウム等を含む水です。この数年間、福島県内で、廃炉とそのトリチウム等を含む水の処分は漁業の復興に係る大きな課題となってきました。
ただし、福島県外では、関心が低いことが大きな課題です。

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この福島第一原子力発電所にある大量の水の存在、処分方法の議論、「トリチウム」そのもの、他の原子力発電所では「トリチウム」は放出されていること。これらについて多くの人が知らないままです。まずはこの問題について知ってもらうということが重要になります。
今年2月に、経済産業省でこのALPS処理水に関する4年の議論がまとまり、報告書が出されました。私も参画したこの委員会の報告では、研究者・専門家の議論として、技術的、時間的に、大気放出、海洋放出という環境放出が現実的であるととりまとめられました。
本来、この委員会での議論の中核は「ALPS処理水」の「社会的影響」でした。
この点については「全ての人々の不安が払拭されていない状況では、 ALPS 処理水を処分した場合に、風評被害を生じうることは想定すべき」「ALPS 処理水の処分により、上乗せされる形で更なる経済的影響がもたらされる可能性が極めて高い」と確認されました。
 昨年、福島大学と私で行った調査では、現在、福島県産の海産物について拒否している人は2割程度、もしも海洋放出された場合に拒否するという人は3割程度、1割増です。しかしながら、この3割という数字は、2012年、13年ころの農産物に対する拒否率と同等です。漁業の流通関係者にアンケート調査をしたところ、仮に環境放出がなされた場合の消費、流通に与える影響は極めて大きいと認識されています。
最大44魚種にのぼった出荷制限も先月すべて解除され、安全性は確実なものとなり、これから本格操業にむかうところです。ですが、津波・放射能・風評で失った9年間は簡単に回復できるものではありません。福島県内の水揚げは事故前の1割強に過ぎません。現在、福島から直送を行う福島鮮魚便などの風評対策が行われています。しかし消費動向が変化していることを流通業者が認識し、一度失った流通ルートを回復し取扱量を増やしていくには時間がかかります。セシウムの問題ですら、まだ払拭しきれていない上に、トリチウムの問題に対応しなければならない困難さを、これを認識する必要があります。
                                
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処理水の問題に関しては、この「トリチウム水への理解」、「追加的な流通対策、風評対策」の他に、「処分の詳細」と「関係者への説明と対話」が極めて重要です。
報告書では、処分について、「ALPS小委員会での議論だけをもって、適切な処分開始の時期や期間を設定すべきではない」「風評への影響を抑えるために、処分の開始時期、処分量、処分期間、処分の際の濃度などについては、関係者の意見などを踏まえて適切な方法を決定することが重要である」としています。
東京電力はタンクの貯留は2022年の夏が限度だといい、漁業者は追い詰められています。また現在、環境放出の政府決定ばかりに注目があつまっています。しかしながら、オンサイトの廃炉を進めるという名目のもと、オフサイトの復興、漁業をはじめとする地元の産業や生活が犠牲になるということがあっては本末転倒です。政府、東京電力には、きちんとこの「関係者の意見を踏まえる」という報告書の趣旨にのっとり、決定云々のまえに「地元の住民、漁業関係者への説明と対話」を実施して頂きたいと思います。9年が経過し、緊急性がない段階での透明性、公開性の欠いた決断は、今後の復興に大きな禍根を残すことになります。                             

(4)10年後 伝承していくということ
 今、パンデミックという放射能とは異なる脅威に直面しています。我々は10年間で、この東京電力福島第一原子力発電所事故から何を学んだのでしょうか。緊急時の危機管理の在り方、リスクコミュニケーション、その後の社会的混乱、復興における合意形成など東京電力福島第一原子力発電所事故の提起した課題を学びきれず、克服しないまま現在に至っているのではないでしょうか。震災9年を機に10年に向けて、この東日本大震災から何を学んできたのか、何を次の世代に残さねばならないのか、また岩手・宮城・福島の復興の歩みとその課題は何か、今一度、改めて認識しなければならないのではないでしょうか。                      

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