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「東日本大震災から9年 子どもの心のケア~心の健康授業の制度化を~」(視点・論点)

兵庫県立大学 教授 冨永 良喜 

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3月11日で東日本大震災から9年が経ちます。被災した子どもたちは、深い心の傷、トラウマを抱えることがあります。2011年4月3日に岩手県庁を訪問した時、県教育委員会の先生や救急救命の医師から「阪神・淡路大震災で、できたことと、できなかったことを教えてください」と言われました。私は「できたことは、兵庫県教育委員会が個別にサポートを要する児童生徒数を15年間報告したことです。できなかったことは、児童生徒一人一人の変化を追っていくことができなかったことです」と言いました。「では岩手は、阪神・淡路大震災で、できなかったことをやります」と言われ、私たちが提案した心のケアプログラムを参考に、「いわて心のサポートプログラム」を打ち立てたのです。

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学校再開から3か月までは、睡眠やイライラなど5項目の健康チェックをし、眠れないときの対処法を班で話しあい、眠りのためのリラックス法を体験する「心のサポート授業1」を、そして5か月後には、小学1年生から高校3年生まで約14万人の児童生徒を対象としたトラウマのストレスチェックを含む「心のサポート授業2」を計画し、この9年間毎年実施してきました。児童生徒のストレスチェックの結果は「心のファイル」として、各学校に届けられ、教育相談で活用していきました。
トラウマのストレスチェックを調査目的で、それのみ行えば、トラウマの記憶を蘇らせ二次被害を与えますから、必ずトラウマ対処の学習とリラックス法をセットにした授業で行うよう助言しました。ストレスチェックは子どもが自分のトラウマを知るためにカテゴリーごとにまとめ、望ましい対処法を伝えました。

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びっくり興奮(過覚醒)には、リラックス法を。思い出してつらい(再体験)には、信頼できる人に話を聴いてもらう。避けていることには少しずつチャレンジを。避難訓練などの防災教育はつらいことを思いだすきっかけになり、どきどきすることがあるけど、それは自然なこと。落ち着くリラックス法を練習して、自分のペースでチャレンジするといいよと伝えました。
そして、教師やスクールカウンセラーがそのストレスチェックを参考にしながら個別面談をしていきました。ストレスチェックを教育相談で活用するだけでなく、岩手県教育委員会は集計した結果を分析して毎年公表していきました。

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この図はストレスチェックの結果からサポートを要する児童生徒数の割合を「沿岸」と「内陸」にわけて示したものです。震災時0才から5才だった子の結果をみると、沿岸は内陸より要サポートの割合がとても高いです。小学1年時をみると、0才は3.1%、1才から5才は6.1%から9.4%も高いです。これは、震災後の心のサポートが、長期に必要なことを示しています。しかし、学年が進むにつれ、サポートを要する児童の割合がぐっと減っています。学校は子どもの安全・安心を守り回復を促す場になっているのです。震災時の各学年の推移をみることで、どのような教育政策が必要かを考える貴重な資料になります。
この災害後の心のサポート授業は2016年の熊本地震、2018年の北海道胆振東部地震でも行われています。

心の健康授業の理論はストレスマネジメントです。

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ストレス反応を引き起こす原因にはさまざまなストレッサー、出来事があります。災害、試験、ケンカ、ウイルスなどさまざまです。それら出来事により、気もち、からだ、考えが変化するストレス反応が起きます。しかし、人にはストレスに対処する力があります。試験には、勉強、災害には防災教育といった「ストレッサーへの対処」と、プラスメッセージやリラクセ―ションなどの「ストレス反応への対処」の2つがあります。この両方の良い対処が重要です。もう一つ、出来事を受けて、心のなかで、「自分はだめだ!」とか「無視したな!」とかのつぶやきが、悲しみや怒りを引きおこします。もし、ネガティブなつぶやきのままだと、いじめや暴力を引き起こすとともに、うつや自殺リスクを高めます。それらを予防するためにさまざまな「心の健康授業案」が開発されています。

「心の健康授業」は、今の学習指導要領では、小学校高学年と中学校の「保健体育」の教科書に掲載されています。しかし、9年間でわずか7コマしかありません。小学1年生から4年生にはありません。そのため、年に1コマの「心のサポート授業」でさえ、授業時間を確保するのが難しいのです。また、「眠れない」、「こわい夢を見る」といった子どものメッセージを大人がしっかり受けとめ聴く時間が必要です。その個別面談の時間も正規に確保されていません。
中国では2008年四川大地震のあと、四川省は「心理健康授業」を小学1年生から毎週1コマの必修にしました。今、「心理健康授業」は中国全土に広がっているそうです。
一方、わが国は2011年のいじめを苦にした大津の自殺事件のあとに、いじめと自殺を防止するために道徳を教科化し、2018年度から実施しています。しかし道徳が教科となったために、心のサポート授業は、道徳の時間に行うことができなくなりました。もちろん、道徳性を学ぶことは必要です。でも、「心の健康授業」を小学1年生からできるようにしてほしいのです。そこで提案です。

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年間35コマの道徳の時間を、「心の教育」として、「道徳」と「心の健康」の両輪で構成します。そして10コマは「心の健康授業」にあてます。「心の健康」の教科書は心理学・医学・教育の専門家が作成します。小学校低学年児童には、ストレスという言葉を使わずに、怒りや緊張の表情絵を用いた授業をします。いじめや暴力ではない怒りの表現の仕方があることを体験的に学びます。「心の健康授業」は担任が養護教諭やスクールカウンセラーと協働で行います。学年に応じたストレスチェックを活用して、担任やスクールカウンセラーとの個別面談を行います。その時間も心の健康授業として確保します。ほかの児童生徒は、心の健康の教材を読み、リラックス法のビデオをみて復習します。多忙を極めている教師が、休み時間などを使って個別面談をするのではなく、ちゃんと正規の時間を確保します。
大学の教員養成課程では、「心の健康学」の下、「ストレスマネジメント論」と「教育相談論」を学べるようにします。児童生徒にストレス対処法を教えることは、教師が自分のストレスをみつめる時間にもなります。また、暴力トラウマが長期にわたり人を苦しめることを学ぶ機会にもなります。
 東日本大震災から9年、震災トラウマにより心のケアが必要な児童生徒は少なくなっていますが、養育上の問題・家族間関係・貧困など背景に震災の影響がある児童生徒は多く、長期のサポートが必要です。いじめ・虐待・頻発する災害は社会的問題となっています。そして、今起きている感染症への社会不安も例外ではありません。結果対応の政策だけでなく、ストレスやトラウマの予防教育である「心の健康授業」を制度化することは、災害からの心の回復を促し、いじめや暴力を抑止し、危機事態に対処する力を培うため、緊急の教育改革が必要です。

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