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「新型コロナウイルス ハイリスク高齢者への対策」(視点・論点)

日本慢性期医療協会 副会長 池端 幸彦

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 昨年12月に中国武漢市で初めて患者が報告された、新型コロナウイルス感染症は、その感染が世界中に拡がり,今や未知の領域に突入しつつあり、我が国でも3月3日現在で、既に26都道府県、計999名の感染者が報告されています。
 このため政府からは、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要な時期であるとし、多くの方が集まる全国的なスポーツ、文化イベントなどは今後2週間の中止、延期、または規模縮小、更に全国の小中高の学校と特別支援学校についての臨時休校、が要請されました。

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 これは、新型コロナウイルス感染症対策の、基本的な考え方を示した図です。現時点が感染早期の段階であるとすれば、これから③のように患者の増加のスピードを抑え、いかに流行のピークを下げられるか、そして④のように感染者の増加に合わせて医療対応の体制強化が出来るかの、今まさに正念場を迎えようとしています。
 しかしここでもう一つの重要な対策として、如何にしてこの感染者の重症化を防ぎ、その生命を守るかという点があります。勿論、こども達の健康・安全を第一に考える事も大変重要ですが、まだ有効な抗ウイルス薬がなく、対症療法が中心の現時点では、致死率が高いと言われている高齢者や基礎疾患を多く持っている方々は、より死の危険に曝されていることになります。中国国内で感染が確認された5万5924人のWHOによる最新のデータ分析では、80歳以上の感染者の致死率は21.9%、実に5人に1人であったと報告されています。逆に19歳未満の感染者は全体の2.4%にとどまっており、症状も比較的軽いようです。やはり高齢者や基礎疾患を多く持った方々が、重症化するリスクが高い事は明白であり、細心の注意が必要となります。

 では高齢者に対する対策には、どのようなものがあるでしょうか?
 まず高齢者に限らず重要なことは、感染症に対する基本的な対策をしっかり守ることです。

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 感染対策の柱は、1.感染源であるウイルスの排除、2.感染経路の遮断、3.患者の抵抗力の向上の3原則に尽きます。
 1.については、やはり痰などの分泌物や嘔吐物・排泄物などに触れないために、咳エチケットや手洗いの励行、手袋の着用などの標準予防策、いわゆるスタンダード・プリコーションが中心になります。
 2.については、感染経路は主に経口を含む接触感染と飛沫感染と言われていますので、ウイルスを持ち込まないこと、持ち出さないこと、そして、拡げないことが重要です。最近言われているように、換気の悪い密集空間に行くのを避けることも大事です。そして特に高齢者施設などでは、委託業者の出入りや面会の制限、更には職員だけでなく、ボランティア、実習生の出勤前の体温測定などの対策も必要となります。
 そして特に高齢者に留意して頂きたい点が、3.の高齢者自身の抵抗力の向上です。ただ新型コロナウイルスについては、まだワクチンなどは開発されていませんので、やはり栄養、運動、睡眠を必要十分にとって頂く事が基本になります。
この点に対する周囲の配慮や見守りは、在宅・施設に限らず大変重要な視点です。特に高齢者の肺炎は、発熱や咳・痰などの一般的な症状が少なく、食欲が落ちただけなのに、単純X線写真や胸部CTなどで発見される例も多く、より注意が必要となります。

 また高齢者の生命を守ると言う観点から、更に1つ重要な視点を挙げておきたいと思います。この新型コロナウイルスは未知のウイルスであったため、これまでは感染拡大の防止が中心であり、そのために不要不急な外出は控える、換気が悪く不特定多数の人が集まる集会は自粛するなどの対策がとられています。もしこの流れのまま、高齢者の集まる「集い」やデイサービス・デイケアなどの通所サービスまでも自粛する対策がとられた場合、確かに新型コロナウイルスの感染の機会は減らせるかもしれません。しかし一方で、高齢者が一定期間、家などに閉じこもる事になれば、たちまち生活のリズムが狂い、運動量が落ち、食欲もなくなる悪循環により、日常生活動作、いわゆるADLも低下し、低栄養や廃用症候群を起こす危険が高くなってしまうのです。その結果、基礎疾患そのものが悪化したり、フレイルによる体力低下・免疫力低下により、他の感染症にかかってしまったり、認知症が進んでしまう可能性すら考えられます。このあたりが、高齢者と、一般成人や子供さんたちとの大きな違いであることも、十分理解しておく必要があります。

 更に慢性疾患を多く抱える高齢者が、新型コロナウイルスの感染症だけを恐れるあまり、医療機関への受診も手控え、内服を中断したりすれば、基礎疾患の増悪により体調を一気に崩し、場合によっては基礎疾患の悪化による死亡の危険すら考えられます。まさに「木を見て森を見ず」となり、「高齢者の命を守る」という基本的な考え方からすれば、本末転倒になりかねません。

 やはりこんな時だからこそ強調しておきたい事は、普段から「かかりつけ医」を持つことの重要さです。大病院の専門医と違い、「かかりつけ医」はその高齢者の多くの病気を診るだけで無く、家族構成や住まい、更にはその性格までも熟知しており、時にはその生き方死に方、いわゆるアドバンス・ケア・プラニングまで理解している事も多いのです。そのような「かかりつけ医」であれば、ある時は電話で、ある時はご近所や民生委員さんなどを通じて声をかけたり、時には外来を往診に切り替え、病状確認や適切な指導、専門医への紹介をしたりと、様々な方法で患者さんを支える術を持っています。こういう時のためにも、こうした「かかりつけ医」との関係を、是非普段から築いて頂きたいものです。
 一方で、仮にこのまま感染が蔓延期に移行するとすれば、地域包括支援センターなどが、把握している情報を活かして、独居や老老介護の見守り、関係機関への情報提供を努めていくことで、新型コロナウイルス感染症が直接の原因ではない、いわゆる「災害関連死」を防ぐ事に繋がると思います。このような対策も、是非考えて頂きたいところです。

 また現在の水際作戦が既に月単位の長期戦になってきている現状を考えますと、今後は更に医師や看護師だけで無く、リハビリテーションスタッフや介護福祉士、管理栄養士、介護支援専門員など、多くの職種との連携のもと、行政と一体となり情報交換を密にし、地域で高齢者の「生活」と「人生」を守っていく体制が必要だと思います。
 実は日本は、2009年の新型インフルエンザパンデミックの際に、最も人が死亡しなかった先進国でもあり、日本の今後の動向は世界中が注目しています。これまでの対策について、一部報道も含め、色々と厳しいご意見も出されていますが、これだけの大規模でやっかいな新しい感染症対策は、近年では初めてのことです。

色々とご批判はあろうかと思いますが、それはそれで後でじっくり検証することとして、世界一の超高齢大国の日本が、今こそ官民一体となった対策、そして日本国民の冷静な行動と団結力によって、国民の一人一人の生命を守り抜く、そういった覚悟が必要な時ではないでしょうか。

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