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「ギグワークとネットワーク型ビジネスモデル ~AIがつくる社会で必要な枠組み~」(視点・論点) 

労働政策研究・研修機構 主任調査員 山崎 憲 

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 今日はギグワークとネットワーク型ビジネスモデルについてお話ししようと思います。
 人工知能やインターネットなどの情報通信技術は、私たちの社会を劇的に変化させ始めています。これは働き方でも同じです。
そのなかにギグワークとネットワーク型ビジネスがあります。経済活性化のカギになるという期待が寄せられている一方で、貧困や格差など社会的な問題を招くものだとする議論があります。終身雇用や新規学卒一括採用のような日本的雇用慣行もなくなるのだという話まで広がっています。
このことについて考えていきましょう。

 ミュージシャンがその場限りで集まって演奏して解散する、このことをギグといいます。
ギグワークはここからとられた言葉です。その意味は、サービスを受けたい人がサービスを提供する人にその場限りで仕事を依頼するということです。スマートフォンのアプリケーションが間を取り持ちます。買い物代行、介護、旅客、事務処理、プログラム作成など、多くの仕事に広がっています。そこで働く人の多くは誰かに雇われているわけではありません。仕事ごとの請負という形をとっているのです。
このため、時間や組織にしばられない自由があるようにみえますが、仕事の発注元との力関係はかならずしも強くはありませんし、納期のような期限から完全に自由になれるわけでもありません。それだけではありません。雇われているなら手にすることができる最低賃金や残業代、最長労働時間といった保護や、健康保険、企業年金、失業保険、労働災害保険といった保障の外側に置かれているのです。働く人の権利を守る労働組合をつくることも難しくなります。

こうしたギグワークの特徴を押さえたところで、背景にある構造をみてみましょう。
サービスを依頼する人と提供する人はプラットフォームと呼ばれる仕組みでマッチングされます。ここにAIが大きな役割を演じています。
AIは2000年代前半に飛躍的な進歩を遂げました。それから少し遅れて2000年代の後半からAIを活用したプラットフォームビジネスがみられるようになりました。

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プラットフォームとはコンピュータで使われる基本的なシステムのことを指します。そのうえにプログラムやアプリケーションが動作します。つまりプラットフォームがなければアプリケーションは何もできないのです。
プラットフォームビジネスも同じように、中核となる企業がつくりだすビジネスモデルのうえにサービスの提供者と利用者がのっかっています。それだけでなく、ほかにも多くの企業や人々をつなげています。買い物代行であれば、買い物をして欲しい人と買い物をする人だけではありません。レストランやスーパーマーケット、宣伝を担う広告代理店、配達に必要な地図情報を提供する会社、顧客がどのようなサービスを求めているのかを分析する会社、分析した情報をほかの広告へと利用する会社、といった具合です。このつなぎ目の部分にはたくさんの情報が行き交います。そこにAIが使われるのです。中核となる企業をプラットフォーマーといいますが、ネットワークの中で圧倒的な力を握っています。
こうした多くの企業や人々をつなげるビジネスモデルを、私は「ネットワーク型ビジネス」と名付けました。

このビジネスモデルはかならずしも新しいものではありません。

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ご覧いただいている図は従来からあるネットワーク型ビジネスの模式図です。たとえば日本の自動車産業を思い浮かべてください。新しい車をつくろうとするとき、顧客のニーズにあわせて研究開発が行われますが、そこには複数のサプライヤーが参加しています。図では「水平方向」につながる企業と個人のネットワークとして表しています。工場で車をつくるときには部品メーカーや流通を担う会社の協力が欠かせません。最終組み立てを担う企業は全体にかかわる経営戦略をつくります。そのために、真ん中の楕円にあるように「企業内連携」が使われています。それだけではなくて、そこに集ういくつもの企業や人々、会社内のさまざまな部門との調整を行うのです。さらには、垂直方向に部品製造や流通を担う企業などが下請けとしてつながっています。こうしてできあがったネットワークが一つの組織のようになるわけです。同じ産業の企業は国境を越えて競争しあっていますが、実際はネットワーク同士で競争をしているのです。

この構造はプラットフォームビジネスにおいてもほとんど同じです。けれど、大きく違うところがあります。次の図をご覧ください。

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中核に置かれるのは、戦略をつくったり、ネットワークをつなぎあわせたり、専門的な技能を発揮したりという部分です。ここでもやはり企業内の連携関係が重要になります。従来型のネットワークビジネスと異なるのが、限定的で単純な職務=タスクが下請けにだされてネットワークの外側に置かれるところです。背景には、AIによる瞬時のマッチングがあります。「自動車をつくる」時のようなネットワーク内の長期的な関係がすべてに必要なわけではありません。だから、コストとなる部分は組織の効率性を高めるためになるべく外側に出そうとするわけです。

アメリカで大学と企業の採用をつないでいるNACEという組織に聞き取り調査をしたことがあります。企業が学生に求めるのは、問題解決、コミュニケーション、チームワーク力でした。これはネットワーク型ビジネスが創造力や臨機応変さ、連携力によってたっていることにつながります。そのために、働く人の仕事はそれぞれ重なり合うように設計されています。評価は成果だけでなく、潜在能力や後輩を育成したことが問われます。日本では「日本的な雇用慣行は終わった」と言われていますが、ネットワーク型ビジネスモデルでは日本型の正社員の働き方に近づいているのです。こうした能力は長い期間で育成することが期待されるため、アメリカでは新規学卒一括採用が一般的になってきています。
職務が限定的なジョブ型の働き方を日本企業が目指すべきだとの声も大きくなっています。連帯責任のようなものが無くなることから働きやすさにつながったり、専門的な能力をもった人材を柔軟に活用しやすくすることが理由です。ところが、そうした仕事こそがネットワークの中核から切り離されやすいのです。その代表的なものがギグワークです。
仕事ごとの請負として働く場合、最低賃金や失業保険、労災保険、健康保険、企業年金がありません。労働組合をつくることも難しい状況です。不安定な状態は、はたらく人の生活だけではなくて、年金や健康保険の国家財政を悪化させることにつながります。国の社会保障は雇われてはたらく社会によって立っているからです。
ネットワーク型ビジネスモデルは、一握りの中核的な働き方をする人と、ネットワークから切り離されて不安定な働き方をする人とに分断される社会を生み出そうとしています。この状況で、OECDのような国際機関が新しい労働組合をつくって働く人の権利を守るべきだと指摘したり、アメリカやヨーロッパではギグワークを雇われる働き方へ戻すことで、これまで労働者を守ってきた最低賃金や労働時間、社会保障の枠組みを維持しようという動きが進んでいます。

AIのようなテクノロジーがどのようにビジネスモデルで使われるのか、それが社会をどのように変えようとしているのか、そしていま私たちが安定して生活を送るためにどのような枠組みが必要なのか、一人一人が考えなければならない時がきているのです。

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