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「自然『感』察のススメ」(視点・論点)

プロ・ナチュラリスト 佐々木 洋 

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私は、プロの自然解説者として、約30 年にわたり、いろいろな人々に、いろいろな場所で、いろいろな方法で、自然の魅力を伝えてきました。そして、これからも、私の命が尽きるまで、この活動を続けていくつもりです。今日は、これまでの経験を通して、強く感じていることを話させていただきます。

まず、人間が、自分たちをとりまく自然界とより良い関係になっていくときには、「親しむ」、「知る」、「大切にする」という流れが存在するということです。たとえば、私が小学1 年生の男の子だったとしましょう。毎日のように登っている木があるとします。
晴れの日も曇りの日も、暑い日も寒い日も。これは、「親しむ」です。そのうち、親に言われたわけでも、先生にすすめられたわけでもないけれど、「この木の名前は何だろう」という気持ちがわいてきます。秋にはドングリのような実がたくさん落ちてくるし、冬になっても葉が落ちない。図鑑で調べたり、詳しい大人に聞いたりして、この木がシイの木であるとわかります。名前を「知る」ことにより、この木をいっそう身近に感じるようになります。やがて、高学年になり、塾などで忙しくなり、久しぶりに懐かしい場所に行ってみると、太くて立派だったシイの木はあとかたもなく、そこは駐車場になっていたとしたら、皆さんなら、どんな気持ちになるでしょう。「ぼくの友だちをどうしてくれる」などと、ショックを受けるに違いありません。このとき生まれる、怒りや悲しみが、自然を「大切にする」という気持ちに育っていくのです。

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子どもたちや、あまり自然にふれあう機会のない大人には、「親しむ」体験をひとつでも多くさせてあげることが大切です。彼らは、やがて、自然を「知り」、「大切にする」人々になっていってくれるでしょう。

では、「親しむ」ために、何が重要なのでしょう。
私は、「五感を使う」ことと「身近な場所にこだわる」ことだと思います。
私たちは、自然を観察するとき、つい、「見る」ということだけで満足してしまいます。しかし、音を聞いたり、香りをかいだり、危険のない場合はさわってみたり、味わってみたりすることで、もっともっとすばらしい世界がひろがっていくものです。

自然観察の「観」という字は、主に「見る」という意味ですが、この字を「感」に変えてみてはいかがでしょう。「自然は見るだけのものではなく、感じるものである」と発想を転換するのです。自然観察から自然感察へ。これは、とても良いことだと思います。また、私たちは、自然という言葉を使ったり、思い浮かべたりするとき、無意識のうちに、その前に「豊かな」という言葉をつけてしまっているように思います。ですから、よく、「ああ、いいなあ田舎は、自然があって」とか「子どもに自然を体験させるために、山に行ってきたよ」などという、ちょっとおかしな会話を耳にするのです。
その豊かさに差はあるにせよ、自然は基本的に、どこにでもあるものです。田舎だけでなく都会にもあり、山だけでなく街にもあるのです。私たちは、暮らしているところや、毎日のように行けるところに、自分が世界で一番詳しいと自負できる場所をつくるべきです。「アフリカのことはよく知らないけれど、この校庭なら木が1 本なくなってもわかるよ」とか「アマゾンのことはよくわからないけれど、このプランターの中のダンゴムシの数は数えてあって、1 ぴきでも増えればわかるよ」などというように。物差しがなければ測れません。身近な場所を自然を測る物差しとすることにより、そこと比べることで、他の場所の、大きなことを言えば、世界の自然がより良くわかってくるのです。

簡単にまとめます。「親しむ」、「知る」、「大切にする」という流れがあり、まず「親しむ」ことが大切です。そしてより良く「親しむ」ために、「五感を使う」ことと「身近な場所にこだわる」ことが重要です。

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こちらの写真、子どもが指に何かをはめていますよね。これは、ハクモクレンという植物の冬芽の外側にある毛皮のコートみたいなものです。暖かくなると落ちてきます。それを 子どもだと指にはめることができるのですが、こうやって遊んでいる。これ、親しむですよね。

そのうちに、こういうことを知りたくなってきます。こちらの写真を見て下さい。

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これチョウです。チョウは昆虫ですよね。皆さん、昆虫の脚は6本と教わったと思うのですがこのチョウを見て下さい。4本脚なんです。実は、タテハチョウというチョウチョの仲間の多くは脚が4本に見えるんです。一番前の2本は小さくてよく見えないんです。こんなことを知るわけです。

知ると、こういうことをする人たちがたくさん出てきてくれるわけです。こちらを見て下さい。

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これは、都会の幼稚園ですけれども、小さなプールがあります。そこにトンボが卵を産むんですね。都会には池が少ないですからトンボが卵を産む。そしてヤゴがかえります。しかし毎年のように、ヤゴがトンボになる直前にプール開きが起きてしまうんです。
トンボたちがたくさん死んでしまいます。かわいそうだということで、子どもたちと先生方が毎年プール開き前に、ヤゴ救出作戦をしてヤゴを捕まえて、教室で観察をして飼って、そして 羽化させてまた窓から逃がしてあげているわけです。大切にするということです。
こういう人たちが増えてくれるわけなんですね。

おしまいに、自然に「親しむ」とっておきの方法を紹介させていただきます。
私は、自然と人間の関係を考える写真を撮ることもライフワークのひとつにしていますが、今日は、それらの中から3 点持参しましたので、ご覧下さい。全て、私自身が撮影したものです。
まず、こちらです。

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これは、東京湾の浜辺の写真です。波打ち際に、ニホンリスの食べたオニグルミの殻が落ちています。つまり、山でニホンリスに食べられたオニグルミが川に落ちて海に運ばれ、波により、再び陸上に戻ったのです。このことは、山と海の自然はつながっていることを示しています。山が荒れれば海も荒れ、海が荒れれば山も荒れるのです。

次は、こちらです。

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こちらは、東京の動物園のペンギン舎です。よく見ると、ペンギンではない鳥が1 羽混じっています。これは、サギの仲間のゴイサギという野鳥です。ペンギンは飛べないため屋根のないペンギン舎に、動物園の外から毎日のように飛んでくるのです。お目当ては、飼育員の皆さんがペンギンに与える生の魚。これを横取りするのです。このゴイサギのように、動物園では、展示生物ではない生物もよく見かけます。このような生物を「ビジター」と呼びます。野生生物には、人間の行いもうまく利用しているしたたかなものもいるのです。

さいごは、これです。

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見事なトンボのスタンプです。ウスバキトンボという種類ですが、それらがたまたま群れ飛んでいる下に、東京の幼稚園のペンキ塗り立ての屋上の床がありました。池の水面と勘違いしたのでしょうか。産卵のために床にとまり、このようなあとが残ってしまいました。あわてて飛び去ったのでしょうが、体のほぼ全体にペンキのついてしまったトンボたちは、長くは生きられなかったことでしょう。私たち人間は、故意にではなく、生物をこのように傷つけてしまうことがあるということです。ふだんから、よほど気をつけなくてはなりません。

いろいろと話してきましたが、テレビをご覧になっている皆さんにも、さまざまな趣味や特技があることでしょう。それらにひとつ、自然感察をつけ加えてみたらいかがでしょう。生涯楽しめるはずです。今まで、退屈だった乗り物を待つ時間や、苦痛だった駅までの道のりが、ワンダーランドに変わると思います。「あっ、もうツバメが渡ってきた」とか「キンモクセイの香りがする」などと考えているうちに、バスや電車がやってきたり、最寄りの駅に到着したりするでしょう。人生の楽しみは、多いほうが良いでしょう。
この機会に、皆さんも「ナチュラリストデビュー」しませんか。

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