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「イギリスEU離脱 今後の影響」(視点・論点)

みずほ総合研究所 上席主任エコノミスト 吉田 健一郎 

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1.英国のEU離脱を巡る今後の注目点

2020年1月31日に、イギリスは欧州連合を離脱しました。2016年6月23日の国民投票から約3年半が経ち、イギリスのEU離脱、ブレグジットは一つの節目を迎えたと言えるでしょう。本日は、ブレグジットを巡る今後の注目点、イギリス経済や金融への影響、日本企業への影響という3点について、お話ししたいと思います。

まず、ブレグジットを巡る今後の注目点についてです。

イギリスとEUは、離脱を円滑に実現するための移行期間に入りました。移行期間は2020年12月31日までと定められ、1年または2年の延長を一度行うことが可能です。移行期間を延長する場合は、2020年6月30日までに是非を決める必要があります。

移行期間中は、これまで同様、人や財、資本やサービスなどの自由な移動が可能となっています。この間、イギリスはEUの意思決定には参加できませんが、日本やアメリカなど第三国との経済協定締結に向けた交渉を開始することが可能になります。移行期間が過ぎますと、これらの自由移動は制限されます。

イギリスとEUは、移行期間を使って新協定の締結に向けた交渉を行います。問題は、交渉範囲が広いわりに、交渉にかけることが出来る時間が少ないことです。通常FTAは交渉開始から発効まで数年はかかると言われ、日EU経済連携協定でも、発効まで約6年かかりました。これに対して今回の新協定交渉では、移行期間が終了するまで約11カ月しかありせん。イギリスのボリス・ジョンソン首相は、EU法の支配から逃れられない移行期間の延長に強く反対しています。

短期間での新協定発効を目指すならば、優先順位を絞って交渉を行うことが必要です。イギリスとEUは、財について互いに関税をかけあわないという方向性については、概ね合意しています。このため、まずは関税撤廃を相互に実現するための、話し合いが行われると考えられます。

EU側は、関税撤廃を行うためには、公平な競争環境の維持が条件であるという主張です。例えば特定の産業に対する補助金ルールや、環境基準、超過労働や有給休暇といった労働者の権利に関して足並みをそろえることが必要という意見です。これに対してイギリスは、EUのルールから必要に応じて逸脱することで、企業の競争力をグローバルに高めたいと考えています。
新協定交渉の中でもう一つの注目は、漁業権の取り扱いです。現在、EU各国は、共通漁業政策のもとで、自国の排他的経済水域における漁獲の権利を放棄し、EUの執行機関である欧州委員会が漁獲割り当てを決めています。この結果、イギリスの排他的経済水域における、イギリス以外のEU諸国の漁獲シェアは約6割に上っています。

フランスなどイギリスと接する一部の国では、自国の漁業者を守るために、イギリスの排他的経済水域での漁業の維持を求めています。他方で、これまでEU法の下でイギリスの排他的経済水域にもかかわらず漁業を制限されてきたイギリスの漁業者は、EU各国への漁業権の維持に強く反対しています。

2.イギリス経済や金融への影響

次にブレグジットのイギリス経済や金融への影響についてです。

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まず、図表をご覧ください。エコノミストの多くは、仮にイギリスとEUがFTAを締結したとしても、イギリス経済の成長力はEU残留の場合と比べて、中央値で3.5%程度押し下げられると考えています。EU市場へのアクセスが制限され、通関手続きなど非関税障壁が発生したり、人材の行き来が細ったりすることがその理由です。

一部ですがブレグジットがイギリスのGDPを押し上げると主張するエコノミストもいます。
離脱支持派のエコノミスト達は、ブレグジットによりイギリスは世界各国と広範な自由貿易を結ぶことが出来るようになり、競争推進を通じて国内経済は活性化され、潜在的な成長力が高まると考えています。
中期的なブレグジットの成功を占ううえでは、国際金融センターとしてのロンドンの地位がどうなるのか、という視点も大切です。現在、ロンドンはニューヨークと並ぶ国際金融センターとしての地位を得ていますが、ブレグジットによりEUとの経済関係が薄れ、ユーロ取引の流出などにより、その地位が揺らぐのではないかという懸念があります。

しかし、国際金融センターとしてのロンドンの強みは、ユーロ取引だけではありません。雇用だけでなく解雇もしやすい柔軟な労働市場、法律事務所や会計事務所といった周辺産業の充実、ケンブリッジやオックスフォード大学といった研究機関、英語という言語環境、金融機関の集積、多数の空港やホテルといった200年を超える歴史の中で積み上げてきた強みはすぐには崩れないと考えられます。

フィンテックなどイノベーションの中心であり続け、新興国も含めたグローバルな資金フローの結節点であり続けられるかどうかが、最終的にはロンドンの国際金融センターとしての地位を決めるのではないかと思います。

なお、ブレグジットのEUへの中期的な影響について、経済面では、GDPへのマイナスの影響はそれほど大きくないとの見方が一般的です。しかし、イギリスは、自動車や航空機など製造業においてEU域内のサプライチェーンに深く組み込まれており、ブレグジットにより再構築が起こる可能性があります。

3.日本企業への影響

最後に日本企業への影響についてです。現在、イギリスには約1000の日本企業があると言われます。業種は多岐にわたりますが、特徴の一つは欧州統括拠点が多いということです。イギリスを欧州ビジネスの入り口とする企業にとり、ブレグジットは欧州戦略を再考する契機になると考えられます。

日本貿易振興機構が2019年9月から10月にかけてセミナー参加企業に行ったアンケート調査によりますと、ブレグジットの自社の事業への影響について、回答した在英企業の54%が、「何らかのマイナスの影響があった」と答え、一部の企業では、既に統括、生産、販売拠点の大陸欧州への変更を実施したり、検討したりしています。

短期的には、イギリスとEUの間の新協定交渉が決裂したり、まとまらないまま移行期間が終了したりすれば、イギリス・EU間の貿易取引に大きな混乱と遅れが生じる可能性があります。日本企業としては情報収集と危機管理プランの策定など、注意が必要な状況が続くと思います。

中期的には、自社のビジネスにおける、EUおよび英国の重要性を再検討する必要があります。EUは、日本と経済連携協定を2018年に署名し、世界GDPの約3割、人口約6億人の経済圏が出来ています。更に、近年EUは、気候変動などへの対応で世界をリードし、新たな投資機会に繋げようとしています。日本企業にとっては、ビジネスチャンスと情報収集の両面で、EUの重要性は今後高まると予想されます。

ブレグジットによりEUを出ていくイギリスの重要性が低下するかと言えば、そうではありません。ブレグジット後のイギリスは、より開放的で親ビジネスな国家を目指して規制緩和を更に進めていくとみられます。これは、日本企業など欧州に進出する第三国企業にとっては引き続き好ましい環境だと思います。

前述しました柔軟な労働市場や、充実した研究開発環境、英語、食事、学校、住居など社会インフラといった点も踏まえますと、欧州拠点としてのロンドンの地位は、イギリスがEUを離脱しても、すぐには失われないと考えています。

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