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「2020年 中国経済の行方」(視点・論点) 

キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 瀬口 清之 

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1.19年に比べて安定:不確定要素が減少
昨年8月以降、米国トランプ政権が中国に対して関税を引き上げ始め、中国もそれに報復し、米中貿易摩擦は泥沼化の様相を呈しました。しかし、これが米国の農家、企業等の経営に深刻な悪影響を及ぼしたため、米国内ではトランプ政権の貿易政策に対する反発が強まりました。それを背景に9月中旬以降、米国政府の対中強硬姿勢は軟化方向に転じました。そして年明け早々の1月15日、米中両国は貿易協議において第1段階の合意に達しました。

米中摩擦の基本的な原因は中国の経済力、軍事力が米国に近づいてきていることを米国が脅威と感じていることにあります。今後も中国の経済成長、技術力向上、軍事力強化が続き、米中摩擦は長期化すると見られており、今回の合意は一時的なものに過ぎないと考えられています。それでも、泥沼化の様相を呈した米中摩擦に一定の歯止めがかかったことから、貿易面の不安要素がある程度和らぎました。

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それに加え、図表にみられますように、昨年5月まで前年比2桁のマイナス幅で減少していた中国の自動車販売が、年後半以降徐々に下げ止まり傾向を示し、12月にはほぼ前年並みにまで戻しました。
また、設備投資の面でも、半導体の需要回復や本年後半以降に本格化すると見られる5G関連需要の盛り上がりに対する期待が支えとなって、製造業設備投資の伸びも若干ながら回復の兆しが見られ始めています。
消費は、サービス需要の拡大やeコマースの高い伸びが続いており、自動車販売の不振を除けば、堅調な推移を辿っています。

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その主因は、サービス産業の拡大が雇用を創出し、それが所得を下支えし、それが消費を支えるというメカニズムが続いていることにあります。2010年以降のサービス産業の高い伸びと製造業の伸び鈍化は顕著です。製造業の不振が投資の減少を通じてGDP成長率を押し下げる一方、サービス産業の拡大が雇用の増大をもたらすため、成長率の低下が続いているにもかかわらず、雇用が引き続き安定的に推移しているのがわかります。
このように、今年の中国経済は、昨年の主な不安要因がある程度落ち着きを取り戻し始めたことから、比較的安心して新たな年を迎えることができたと言えます。
その中で、新たに生じた懸念材料は、武漢で発生した新型コロナウィルスによる肺炎の拡大です。この影響は今後注意深く見守っていくことが必要です。

2.緩やかな減速傾向が持続
以上のような要因を背景に、中国経済は緩やかな減速傾向が続き、実質GDP成長率は昨年の+6.1%から、今年は+5.8~5.9%に若干低下するとの見方が大勢です。
日本の報道では、中国のGDPの数字が公表されるたびに、1990年以来の低い成長率に低下したと中国経済の減速がことさら強調されるのが常です。しかし、長期的に見ると、中国経済は高度成長期の終盤に差し掛かり、安定成長期への移行過程にあります。そのため、1980年代以来続いていた高度成長期に比べて成長率が低くなるのは当然です。日本で言えば、1970年代後半から80年代前半の時期に相当する局面です。
確かに成長率の緩やかな低下傾向が中長期にわたって続きますので、高度成長期のような勢いはありません。しかし、貧困者数は顕著に減少し、賃金水準は大幅に上昇、生活水準も大幅に改善するなど、経済の質は着実に向上しています。日本を訪れる中国人旅行客がこの10年で激増したこと、しかもその旅行者たちの身なりが日本人と区別がつかなくなっていることを見てもその変化は明らかです。中国政府も17年10月の第19回党大会で、経済成長を最優先してきた従来の経済政策運営方針を抜本的に改め、経済社会の質の向上を重視する姿勢に転換しました。そのために、金融財政両面のリスク防止、貧困削減、環境改善という3大構造改革の推進を最優先しています。改革推進のためには、ある程度成長率を犠牲にしても仕方ないというのが、今の中国政府の基本姿勢です。
しかし、日本のメディア報道は、多くの場合、そうした基本的な事実を伝えず、いまだに成長率の低下、経済減速ばかり強調しています。これは中国経済を実態以上に悲観的に見せてしまいます。多くの日本企業の本社経営層は報道を鵜呑みにして重要な判断を間違えてしまい、慎重になりすぎてせっかくのビジネスチャンスを失っています。チャンスを捉えて積極投資を提案する中国現地の責任者の多くが過度に悲観的な報道に振り回される本社の対応に辟易しています。
今年の中国経済は、先ほど述べた通り、半導体、5G関連需要の拡大を背景に設備投資が若干回復するほか、自動車販売の改善がある程度期待されているため、消費も小幅の回復が見込まれています。

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一方、内需の拡大により輸入が増えるため、外需の寄与度が低下する見通しです。2010年代の中国のGDP成長率は内需主導型となっており、黄色い部分の外需が0.7%ポイントも成長率を押し上げたことは昨年を除いて一度もありません。今年はまた内需主導型の成長パターンに戻っていくと予想されます。

3.日本企業の中国ビジネスにとっての追い風が強まる
このように今年の中国経済は昨年に比べて不安感が和らぐのみならず、日本企業の中国ビジネスにはいくつも新たな追い風要因が加わります。第1に、この1月から施行された外商投資法です。これは米国からの強い外圧を受けて制定されたもので、知的財産権の保護強化、技術強制移転の禁止、内外企業待遇格差の縮小、母国への送金の自由の保証などが主な中身です。どれも外資企業の投資環境改善に直結するものばかりで、その実効性のある運用が期待されています。
第2に、中国政府のビジネス環境改善努力の積極化です。米中摩擦や構造改革の影響で景気下押し圧力が強まったため、それを相殺するために外資企業の誘致に極めて積極的です。
第3に、日中関係の改善です。4月頃には習近平主席の訪日が予定されており、それに合わせて中国の政府、企業は日本企業との協力関係強化に強い意欲を示しています。
このような強い追い風にもかかわらず日本企業の対中投資姿勢は欧米企業に比べて慎重です。欧米一流企業は、今こそ対中投資拡大のチャンスととらえているのに対して、多くの日本企業は欧米企業以上に米国政府の意向を気にして慎重化しています。今後の対中投資拡大を計画している企業の割合を見ても、米国が7割、欧州が6割、それに対して日本は4割にとどまっており、明らかに差があります。
これは、日本のメディア報道の悲観バイアスの影響に加え、日本企業の社長が中国現地の第一線に足を運ぶ回数が少ないこと、さらには日本企業の多くがマーケティング主導型経営体制を確立できていないため、中国市場のニーズを的確に捉えた製品・サービスの販売ができていないことなどが原因です。
複雑かつ変化の激しい中国市場で結果を出すためには社長の強力なリーダーシップが必要ですが、そうした社長がどんどん出てこないのは大変残念です。
今年のようなチャンスをとらえて、1社でも多くの日本企業が積極的に中国市場にチャレンジして、収益を稼ぎ、日本経済を引っ張ってほしいと願わずにいられません。

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