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「蔡英文・台湾総統の再選と今後の課題」(視点・論点)

東京大学 教授 松田 康博 

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 さる1月11日に、台湾で総統選挙と立法委員選挙が行われ、与党・民進党の蔡英文氏が、民主化以来最多得票の817万票で再選され、民進党もまた立法院で過半数を獲得しました。

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野党国民党の韓国瑜候補には265万票もの差をつけ圧勝しました。まさに中国に立ち向かった民進党政権の完全勝利であり、昨年11月に香港で行われた区議選で民主派が圧勝したことと印象が重なります。

一昨年11月の統一地方選で惨敗してから、蔡英文氏が奇跡の復活を遂げた理由は大きく分けて3つあります。

第1は、中国、香港、アメリカなど外部環境の変化です。中国の習近平主席は昨年1月に台湾に対して統一と「一国二制度の台湾版」を話し合うことを呼びかけました。

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その後、一国二制度が実施されている香港で、逃亡犯条例の制定に対して、香港住民の広範な反対運動が起きました。6月以降、取り締まりと反対運動がともに暴力的となり、泥沼に陥りました。習近平氏の呼びかけの後に香港警察がデモを容赦なく鎮圧する場面を繰り返し目にした台湾の人々の間では、強い危機感が生まれました。
蔡英文氏は、一国二制度をきっぱりと拒絶し、香港の反対運動に支援姿勢を示しました。

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この2つのタイミングで蔡英文氏の支持率は上昇に転じたのです。さらに蔡英文政権は法制度を整備して、中国が台湾への浸透工作を進められないよう手を打ちました。一方で、中国との関係を改善することで金もうけをしようという主張を掲げていた国民党は、煮え切らない態度に終始しました。誰が台湾を守ってくれそうなのかという印象の違いは、明白だったのです。

米中対立も蔡英文氏有利に働きました。国民党は、中台関係が不安定化したのは、蔡英文氏が「一つの中国」に関わる中台間のコンセンサスを認めないせいだと批判しました。ところがアメリカは台湾よりもむしろ中国の方が問題だと考えていて、台湾支援立法や最新鋭のF-16V戦闘機など武器輸出を繰り出し、蔡英文政権を半ばおおっぴらに支援しました。一方国民党は中国に接近しすぎていると判断され、アメリカの信頼を失ってしまったのです。

2つ目の要因は、野党内部の分裂です。一昨年の地方選直後の世論調査では、新北市長をつとめた朱立倫氏が一番人気でした。
ところが、国民党の呉敦義主席は、自身の立候補にこだわり、朱立倫氏を抑え込むため世論調査の対象に当選間もない韓国瑜高雄市長の名前を入れたところ、なんと韓国瑜氏がトップに躍り出たのであります。

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結局、呉敦義氏は人気が上がらず立候補を断念しました。ただし韓国瑜氏が本気で鞍替えをして総統選に出ると思った人は当時ほとんどいませんでした。そこに鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者である郭台銘氏が、国民党の予備選に参加しました。ところが、熱狂的支持者に担がれた韓国瑜氏は、予備選で郭台銘氏を破って公式の候補になってしまったのです。

郭台銘氏は9月に国民党を離党して立候補を検討したのですが結局断念しました。しかし、郭台銘氏はその後も国民党を攪乱し、第三勢力にも肩入れしました。民進党にも国民党にも嫌気をさした有権者は、第三勢力を支持しました。最後には親民党主席の宋楚瑜氏も総統選に立候補しました。こうして、反民進党の票は分散してしまったのです。

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3つ目は、蔡英文氏と韓国瑜氏の資質の差が大きかったことです。典型的なポピュリストである韓国瑜氏は、選挙期間中いっさい政策を語ることなく蔡英文氏と民進党を文字通り罵倒し続けました。しかも、自身のスキャンダルについて質問を受けると、アメリカのトランプ大統領そっくりのやり方で記者を罵り倒したのです。失言や暴言の動画がラインやフェイスブックで出回り、特に若者はそっぽを向いてしまいました。

他方、蔡英文氏は、年金改革で退役軍人などの高い給付率を下げ、同時に税制改革を実施して低所得者や若者の所得税をほぼ免税にしました。蔡英文氏は進歩的な価値観を支持し、実際に昨年5月には若者が支持する同性婚の法制化にこぎ着けました。国民党系の男性政治家が、女性蔑視発言を繰り返す中、蔡英文氏は終始冷静に総統として振る舞い続けました。蔡英文氏は安定感がある政治家として再評価されたのです。
今回、高等教育を受けた国民党支持者の出足は鈍かったのですが、投票率は4年前と比べ9ポイントも上昇し、74.9%を記録しました。それは、蔡英文氏を支持する若者が熱烈な投票意欲を示したためです。地方選で国民党は、韓国瑜氏のワンマンショーで大勝しました。しかし、わずか14カ月後の総統選では、同じ韓国瑜氏の自滅で、惨敗を喫したのです。

では、再選された蔡英文政権の課題は何でしょうか。蔡英文政権は「台湾独立派」とか「対中強硬路線」などと表現されることがあります。しかし実際のところ、中国の巨大な圧力に抵抗し、苦しい中、防衛に努めているのが実情です。そもそも蔡英文政権は、4年前から中台関係の現状維持を掲げていて、むしろ内部の諸改革に取り組む志向が強い政権です。台湾経済は中国に強く依存したままですから、2期目も同じであると私は見ています。そこで、蔡英文政権はアメリカの支持が得られる範囲内で、中国への挑発にならないよう抑制的に行動するはずだと見ています。

 一方、中国は現状変更の意図が強い状態にあります。2021年の中国共産党創立100周年、また党総書記三選がかかる22年の第20回党大会に向けて、習近平氏は何か成果を上げたいはずです。しかし、現実には香港政策も台湾政策も失敗しています。台湾に軍事・外交面での圧力をかけても反発を生むだけです。また経済制裁としては観光客の減少、台湾産品の買い付け停止といった範囲にとどまっています。中国に投資した台湾企業を困らせれば中国経済自身が傷つくのですから、今後も強い経済制裁は考えにくいのです。

 他方で、アメリカのトランプ大統領は再選を目指しており、中国に「弱腰」を見せることはできません。今や中国に対する厳しい見方は超党派で一致しています。そう考えると11月の大統領選まで中国は強硬策をとりにくいはずです。さらに次期政権の閣僚人事まで見極めようとすれば、もっと様子見が続きます。そうこうしているうちに、台湾では次の地方選や総統選が近づいてきます。

そもそも中国には、アメリカとの緊張関係、国内経済の減速、香港問題、新疆問題などもっと切迫した問題があって、「台湾問題解決」の優先順位は実際にはさほど高くないはずです。実は、台湾海峡は、これまでもこういう感じで現状が維持されてきましたし、今後もそうなる可能性が高いのです。

蔡英文政権は、大勝利により今後2年程度安定的に政権を運営できる状況になりました。蔡英文政権は対中政策では現状維持を続け、産業の構造改革、脱原発、若者の雇用対策、社会保障制度改革、国防力強化など内政に力を注ぎ、同時にアメリカとの自由貿易協定締結や包括的かつ先進的TPP協定(CPTPP)加盟などに挑戦する可能性が高いと思います。

言うまでもなく、CPTPPは日本が主導してできた枠組みです。日本としても、今年4月に習近平氏が訪日して日中関係が安定した後、圧倒的な民意を得た蔡英文政権の台湾との関係をどのように強化していくか、検討しなければならなくなると思います。

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