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「イランとアメリカ 対立の背景と見通し」(視点・論点)

日本エネルギー経済研究所 研究理事 坂梨 祥 

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 アメリカによるイランの司令官殺害と、イランによる報復のミサイル攻撃は、中東地域に近年なかったほどの緊張を生み出しました。一つ間違えば、アメリカとイランの間で全面戦争が始まりかねないという懸念が、人々の間に広がったのです。

 全面戦争は、結局回避されました。でも、緊張の高い状態は続いています。本日はアメリカとイランの対立に着目し、これまでの経緯と今後の展望について、考えてみたいと思います。

 今日のイランとアメリカの対立は、1979年のイラン革命と、その年にイランの首都テヘランで発生した、アメリカ大使館占拠事件までさかのぼります。このとき革命の勢いに乗る学生たちは、革命で国を追われ、アメリカに入国した国王の引き渡しを求め、アメリカ大使館を占拠しました。この占拠は1年以上にわたって続き、アメリカによる人質救出作戦も失敗に終わり、アメリカにとってトラウマのような事件になりました。アメリカはある意味において今日も、この時の屈辱を忘れていないと言うことができます。

 これに対してイランのアメリカに対する不信感も、革命のはるか以前にさかのぼる、長い歴史を持っています。1953年、アメリカのCIAは、イランでクーデターを支援して、1951年に石油国有化を宣言したモサデク首相の政権を打倒したからです。石油国有化以前、イランの石油はイギリスが開発し、その利益もほとんどイギリスが手に入れていました。つまり国有化宣言は、イランにとって独立宣言のような意味合いも持つものでした。でも当時、資源を産油国のものとする考え方はまだ定着しておらず、アメリカはイランによる石油国有化が前例となることを恐れたのです。

 イランにとってアメリカは、国王の独裁を背後で支え続けた国でもありました。それゆえに、国王が革命で倒された時、革命を導いた人々は、国王の背後にいたアメリカにも背を向けたのです。革命後のイランは革命前とは一転し、反米的なスローガンを掲げる国になりました。

 革命以降40年あまりの間には、両国間の関係改善の機運が高まったこともありました。でもそのたびに、関係改善の試みは失敗に終わり、アメリカとイランの互いへの不信感も高まっていきました。

 イランがアメリカへの不信感を強めた最近の事例には、イラン核合意をめぐる一連の出来事があります。オバマ大統領はイランとの直接交渉を経て、核合意を成立させ、イランに科していた経済制裁を解除しました。

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しかし、トランプ大統領は、この合意を「最悪の合意」と酷評し、核合意から離脱し、経済制裁も全て復活させました。

 今日の両国間の緊張の高まりは、トランプ大統領の核合意からの離脱をきっかけとするものです。核合意はイランとアメリカの二国間合意ではなく、国連安全保障理事会でも決議2231として採択された、国連加盟国であれば遵守すべき合意です。しかも核合意の成立以降、イランは合意を守っていました。にもかかわらず、トランプ大統領は合意を離脱し、それに対してイランは当然反発し、今日に至っているのです。

 アメリカは軍事面でも経済面でも、今日世界で最強の国です。そのアメリカの大統領が、イランに最大限の圧力を行使すると宣言したことで、イランとの経済取引は、難しくなっていきました。アメリカはイランだけでなく、イランと取引をする者にも、制裁を科すとしたからです。アメリカにならい、核合意から離脱した国は実はありません。アメリカ以外の国々は、今日も核合意の重要性を指摘し続けています。それでもアメリカが合意を否定したことで、核合意の定めるイランとの経済関係の正常化は、実現していないのです。

 トランプ大統領が核合意から離脱してから1年間、イランはその状態に耐えていました。でも、アメリカがイランの原油輸出をゼロにする、という制裁を発動したことを受け、イランも動き始めます。イランは核合意の履行を段階的に停止すると宣言し、同時により積極的な行動に出始めます。領空侵犯を行ったアメリカの無人機を撃墜したり、イランの石油タンカーを拿捕したイギリスのタンカーを、ホルムズ海峡の近くで拿捕したり、ということを行います。イランはいかに強い圧力を受けようと、決して屈することはない、という姿勢を前面に打ち出していくのです。

 核合意の履行の段階的な停止とは、ヨーロッパをなんとか動かそうとするイランの試みです。EUは核合意に署名しており、今日も核合意を支持しています。そこでイランはEUに対し、アメリカの制裁があっても、イランとの取引を続けられる仕組みを作ってほしいと言っているのです。もしそれができないなら、イランも核合意から出て行かざるを得ず、その場合核合意は崩壊してしまいますが構いませんか、と、EUに行動を迫っているのです。

 アメリカの経済制裁は強力で、特にイランの原油輸出を認めないという制裁は、イランをとても苦しめています。アメリカは徹底的な圧力を通じて、イランに行動を変えるよう迫っているのです。でもイランの側から見ると、アメリカの一連の要求はあまりにも一方的なものに見えます。アメリカはたとえば、イランにウラン濃縮の停止を要求しています。でも実は核合意では、ウラン濃縮は非常に限定的な規模でではありますが、イランに認められているのです。イランからすれば、イランによる自国の発展と防衛、そして理想の追求を、アメリカはあまりにも軽視しているのです。

 アメリカが核合意から離脱した方法に関しても、イランは不信感を強めています。アメリカには確かに、自らが望むように行動することができ、その行動を変えさせることも、容易ではないかもしれません。でも、だからといってその大統領が、気に入らない、の一言で国際合意を簡単に否定できるなら、イランがたとえ新たな合意をアメリカと結んだとしても、その合意もすぐに覆されかねないと、イランの側は思うでしょう。長年の交渉の上に成立した国際合意を軽視するトランプ政権の行動は、イランの態度をいっそう頑なにさせていると言うこともできます。

 アメリカの最強の圧力と、そのような不当な圧力にだけは決して負けないと主張し続けるイランの体制の狭間で、最も苦しんでいるのはイランの一般国民です。アメリカの制裁はイラン経済を疲弊させ、一般国民の生活は圧迫されています。イランの国内では、実は各地で、そのような現状への抗議が広がっています。でもそれにより、何かを実際に変えられる状況には、まだなっていないようです。

そのようななか、アメリカ以外の国々にできることとは、イランとアメリカの双方に、緊張緩和に向けた働きかけを行うことです。両国間の緊張が、最高レベルに達した中で、ウクライナ民間航空機の誤射という、悲劇が生じてしまいました。そのようなことが繰り返されないためにも、緊張の緩和は必要です。アメリカとイランの双方と、良好な関係を維持してきた日本としても、これまでの経緯をふまえ、粘り強い説得を行っていくべきだと考えます。
イランとアメリカの間の緊張は、エネルギーをイラン周辺のペルシア湾地域に依存している日本とも、無関係ではないのです。

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