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「大気にも広がるマイクロプラスチック」(視点・論点)

福岡工業大学 客員教授 永淵 修

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プラスチックゴミ問題は、今日の重要な環境問題です。
プラスチックの生産量の推移を見てみますと、1950年は200万トンでしたが2015年に3億2,000万トンになり、現在では4億トンを超えていると言われ、今後20年でその生産量はさらに増え、2倍になると予想されています。
これら製造され使用されたプラスチックは、どこにいくのでしょうか?

リサイクルされるのは6~26%であり、21~42 % は埋め立て処分されます。不適切な使用によって河川・湖沼・土壌に蓄積され、その後、海洋へと流出していると考えられています。
環境中に出たプラスチックはどうなるのでしょうか? 光、機械的摩耗、波、温度変動など、化学的・物理的な作用により破砕されていきます。そして5 mm未満になったものはマイクロプラスチック(MP)、さらに細かくなったものは、ナノプラスチック (NP) と呼ばれます。
近年、海洋でのMPについては重大な社会問題として取り上げられています。
しかし、プラスチック類の生産現場である陸域のMPに関する研究は限定的です。さらに、大気については、これまでほとんど研究されてきませんでした。
今日は、都市域の大気中MPとそのヒトへの健康影響、そして遠隔地での大気中のMPについて触れてみたいと思います。

さて、大気中MPに関する知見はどの程度あるのでしょうか。
論文を検索すると海洋では、 1103編であるのに対して、大気では17編しかありません。

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まず、都市部の大気中に浮遊するMPについてみてみます。2016年以降にはじめて報告がされるようになり、フランスのパリ、中国の大莞市、上海などで観測例があります。大きさは数µm~数mm と報告されています。私たちが容易には観察できない大きさです。
種類も日常的によく使用されるポリエチレン、ポリプロピレンなどが多く見られるようです。形状は、繊維状、フィルム、破片などです。

では、日本での状況はどうなのでしょうか。
私達が2019年11月に福岡市の大気を調査したところ、やはりMPが浮遊していることが明らかになりました。

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写真は、この時、大気中に浮遊しているポリエチレンとポリプロピレンです。大きさは数十ミクロンです。サンプル数がひとつで結果の不確実性が大きいですが、大気中には1m3あたり60個のMPが検出されました。

これらの存在は、ヒトがMPを呼吸により吸入している可能性を示唆しています。これまでの研究からその量が推定されています。

上海での大気中MPの観測結果から屋外に1日中いた場合、21コのMPを吸い込んでいると試算されています。また、ヒトの呼吸を模した (BTM: breathing thermal manikin) 機械で室内の大気を1日呼吸させた場合、1日あたり272個のMPを吸い込んでいると報告されています。私達が観測した福岡での大気中MPで試算すると、1日に約200個のMPを吸い込んでいることになります。
この結果は、私達に不安を抱かせるものです。呼吸によって体内へ取り込まれる異物は体の除去機能によってある程度は取り除かれます。しかし、1998年の研究で、すでに、ヒトの肺の深い部分に250マイクロメートルまでの大きさの、鉱物由来でない繊維、つまりセルロースやプラスチック繊維が発見されています。

プラスチックそのもののヒトの健康影響も気になりますが、もう一つ懸念されていることがあります。

プラスチックは、その機能をより高めるために、難燃剤などの化学物質を添加剤として加えて製造されています。さらに、プラスチックは有害化学物質を吸着しやすいという特徴もあります。新しいプラスチックペレットを大気環境中に放置するという実験で難分解性の有機化合物 (POPs)を吸着したと報告されています。
しかし、化学物質が大気中のMPの表面に吸着するかどうかについては、これからの研究を待たねばなりません。

都市の大気中MPを避けるために人間活動の少ない地域で暮らすのはどうか?と聞かれることがあります。では、人間の活動の少ない遠隔地の大気からMPが見つかるのでしょうか?

2019年にピレネー山脈の降水と北極の積雪中でのMPの存在が明らかになりました。これにより、人間活動の少ない遠隔地でも都会と変わらない程度のMPが存在することがわかってきました。大気中MPも海洋と同様にどこにでも偏在しているようです。

しかし、どうして人間活動の少ない遠隔地にMPが?という疑問が湧いてきます。この二つの知見は、この疑問に答えています。つまりMPの長距離輸送の可能性を示唆しているのです。

それでは、東アジアではどうでしょうか。
私たちは、日本の山岳地帯の大気汚染物質が運ばれやすいとされる自由対流圏高度に着氷する樹氷中の物質を調べ、その発生源地域を探索しています。

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この写真は、九州山地で撮影した樹氷です。樹氷は、大気中の過冷却水滴が樹木や岩などの構造物に衝突した際に着氷するもので、風に向かって成長します。『えびのしっぽ』といわれます。左上の写真は、同じ地点の雪と樹氷を採取し、融かしたもので、黒いほうが樹氷です。気塊のやってくる方向にもよりますが樹氷には、微細な粒子が多くふくまれています。

この粒子を前処理して観察します。2018年2月5日に九州山地の1700m地点で採取した樹氷中のMPの数と種類をみてみると、都市域と同様のMPが樹氷1L中に数十万個見つかりました。一方、先ほどの雪には、1L中に約7,200個のMPが検出されました(未発表)。

では、樹氷の中のMPはどこから来たのでしょうか?

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この樹氷となる過冷却水滴を伴う気塊の起源をさぐるために九州山地を始点として気塊がどこから来たのかを120時間さかのぼってみます。中国のプラスチック排出量の多い地域を低標高で通過したことが分かります。樹氷中には、石炭燃焼の指標の一つになると考えられる水銀も高濃度で存在しました。これは、この時の樹氷中MPが大気の長距離輸送によって運ばれてきた可能性を示しています。

大気中のMPの研究は緒に就いたばかりです。数少ない観測データではあるものの、私たちが無意識に、大量に使っているプラスチックが海洋のみならず、都市や遠隔地の大気にも及んでいることが明らかになってきました。

改めて見回すと身の回りはプラスチックが溢れ、私たちは、「プラスチック中毒」に陥っていると言えるかもしれません。しかし、今のところ私たちがプラスチックの利用を減らすことしかこの問題を打開する方法はないと思われます。

生命は親から子、子から孫へとバトンを渡しながら今に至っています。彼らの生活する地球を守ることは、今を生きる我々に課せられた使命であり、義務と言えるでしょう。
私達は地球の声に耳を傾け、待ったなしの対策を実施する時期に来ているのではないでしょうか。

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【おことわり】
福岡市での観測結果をもとに、ヒトが屋外で一日に吸い込んでいるMPの個数を試算した数値について、一日に約1000個とお伝えしましたが、正しくは約200個でした。大変失礼いたしました。

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