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「年金改革案 残された課題」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 駒村 康平

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 12月19日に公表された全世代型社会保障改革中間報告書や与党の議論を受け、12月25日には厚生労働省の年金部会で2019年の年金改革の報告書がとりまとめられました。2019年の年金改革の最大のポイントであった短時間労働者の厚生年金の適用拡大の対象企業は51人以上ということになりました。

しかし、このような改革ですべての世代が老後生活に展望を持てるようになるでしょうか。特に、2040年ごろから退職する団塊ジュニア世代は、依然として、強い老後不安を持っているのではないでしょうか。
団塊ジュニア世代は、未婚率が高く、非正規労働者が多く、将来の年金が基礎年金のみになる人が多数いると思われます。

そしてこの世代は、マクロ経済スライドにより大幅に年金水準が低下した状態で退職を迎えることになります。将来世代の年金水準を底上げするためには、早めの対策が必要です。

 2019年8月に公表された、2019年年金財政検証によると、一定の経済成長、労働力率の上昇を想定したケース3では、2047年までマクロ経済スライドが適用され、基礎年金の給付水準は大きく低下します。これによって、団塊ジュニア世代のみならず、すべての世代の年金が影響を受けます。物価上昇率を考慮した基礎年金の購買力の変化を見てみましょう。

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例えば、1954年生まれの人が65歳で受ける基礎年金額年金額は6.5万円ですが、90歳の時には5万円まで下がります。また団塊ジュニア世代の1974年の生まれは65歳時点で6.4万円が90歳で5.9万円まで低下することが予測されており、すべての世代の基礎年金の購買力は徐々に低下します。
また夫婦ともに基礎年金のみの高齢者世帯の暮らし向きはどうなるのでしょうか。

ここでは、現役世代の暮らし向き、すなわち現役世代の正社員の男性の平均の手取り賃金に対する夫婦合計の基礎年金額の比率、つまり所得代替率という指標で考えてみます。

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図で示すようにその水準は、2019年の36.4パーセントから、2047年には26.2パーセントになります。つまり、2019年の水準を100にすると、72の水準に低下することになります。
このように基礎年金はその購買力、給付水準ともに大きく低下することになります。
基礎年金は、老後の所得保障のみならず、障害年金や遺族年金としても機能し、所得保障制度の中核になっています。基礎年金の劣化は今後、貧困の問題を深刻化させ、生活保護受給者を増加させることにつながります。
 基礎年金が劣化する原因は、国民年金の財政が不安定なことです。
そこで年金部会では、短時間労働者などの国民年金加入者を厚生年金に加入してもらうことによって、国民年金財政を改善させ、基礎年金の給付水準の低下を抑えようという改革オプションを提案しました。

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図で示すように、適用対象となる人数が多いほど基礎年金水準の引き上げ効果は大きくなると予測されています。最大1050万人まで適用拡大する場合、基礎年金の給付を抑制する期間が短くなり、基礎年金の給付水準は31.9パーセントの水準になるとされました。
そして、団塊ジュニア世代のみならず、すべての世代の基礎年金水準を引き上げる効果を持ちます。しかしながら、実際に決まった改革案は、中小零細企業の事業主の保険料負担増に配慮したため、従業員51人以上の企業で働く短時間労働者までと、かなり限定されたものになり、基礎年金の改善効果は0.4パーセント、給付水準は26.6パーセントにとどまり、改善効果は非常に小さいものとなりました。

しかし、基礎年金の水準の低下の影響を受けるのは、まさに老後収入の多くを基礎年金に依存する、中小零細企業の労働者です。本来は、産業政策、中小企業対策によりこうした中小零細企業の負担増を緩和し、費用補助するような方法をとりながら、適用対象の範囲を拡大する必要があったと思います。

 もう一つ実行されなかった年金改革案が、国民年金の加入期間を20歳から65歳までの45年間に延ばすという改革案です。これも基礎年金の給付水準を引き上げる効果があります。20歳から60歳まで国民年金に加入するという現在の制度は60年前の1959年に決まったものです。当時に比較して、寿命は大きく伸び、高齢者の健康状態も改善しています。寿命の伸びは年金受給期間が延びることを意味します。年金の財政を安定化させるためには、年金納付期間を延ばすことは当然必要です。しかし、基礎年金の半分の財源になる国庫負担の増加分の財源確保の目処がつかないことから、ほとんど議論されませんでした。
では、年金制度で保険料を納付してはじめて年金額の増加につながるため、制度改革の効果が出るまでに時間がかかります。したがって、必要な改革は早いほど効果的です。もちろん年金改革だけではすべての世代が安心できる老後の生活保障は難しいです。寿命の伸長ととみに働く期間も長くしないといけなくなります。たとえば、年金財政検証の推計に用いられている労働力率に注目すると、2040年には高齢者、配偶者のいる女性の労働力率は、ともに大幅に上昇すると想定されています。
しかし、このためにはさまざまな政策を行うことが必要不可欠だと思います。医療や介護保険改革で、在宅医療や在宅介護が推進されている中で、65歳以降も働き続けることを可能にするためには、仕事と介護の両立が飛躍的に充実される必要があると思います。
また配偶者のいる女性も含めて80パーセント以上の女性が生涯にわたって就労し続ける社会になると想定されています。

つまり2040年には北欧並みに女性の労働力率が高まると想定しているわけですが、女性の労働力率の上昇と出生率の改善を両立するためには、男女とも飛躍的に育児休業の利用を高めることや保育サービスの量質を充実させることが不可欠です。

 すべての世代の老後不安を解消するための社会保障、年金改革のポイントは3つあると思います。
1つめは、まず企業に雇用されている人はすべて厚生年金に加入できるようにすべきです。2つめは、寿命の伸びにあわせて、働くことができる期間を長期化し、さらに保険料の納付期間も長くすべきです。特に65歳以降の就労を阻害するような在職老齢年金の見直しを進めていく必要があります。3つめは、子育てのみならず介護も含めて仕事と暮らしの両立政策をいっそう強化すべきです。どうしても社会保障改革においては、目先の収入や負担に目が行きがちになりますが、政治や政府、そして私たちも近視眼的になってはいけないと思います。

年金改革は時間がかかるということを念頭に長期的視点に立ち、必要な改革を早めに進める必要があると思います。

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