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「地域の『防災スイッチ』を考える」(視点・論点)

京都大学防災研究所 特定准教授 竹之内 健介

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今年も多くの水害が発生しました。6月末には梅雨前線により九州を中心に大雨となり、9月には台風15号により千葉県を中心に暴風による被害が発生しました。そして、10月には台風19号により東日本の広域に渡り、洪水による被害を受けました。その他にも、各地で水害が発生しています。
一方で、依然として水害時の行動が社会において課題となっています。毎年どこかで発生する水害に対し、我々は改めて水害に対する行動を再考する必要性を迫られています。
最近では、このような課題に対し、各地で様々な取組が始まっています。中でも今日は、防災スイッチという災害時にいつ行動するか、そのタイミングを事前に考えておく取組を中心にお話しします。

このような取組には、他にもマイタイムラインや災害・避難カードなどがありますが、そもそもなぜこのような取組が増えてきたのでしょうか?最近ではたくさんの災害情報が社会にあふれ、同時に我々はその情報を基に行動するというのが当たり前のようになりました。昔は、地域で川があふれそうなとき、近くの人が確認し、危険になったら地域に避難を呼びかけたものです。最近ではそういうことも少なくなり、代わりに何もしなくてもスマートフォンにいろんな情報が自動的に届けられるようになりました。しかし、情報を受け取っても多くの人が前もって行動できていないのが現状です。
一方で、水害ではこの「いつ」ということが結果として生死に大きくかかわってきます。実際、避難に成功した事例では、その多くが、この「いつ」をうまく判断しています。台風19号で大きな被害を受けた長野市長沼地区においては、事前に行政と住民でいつ何をするかを決めており、今回実際に多くの方が早目に避難されたということも報道されています。
では、防災スイッチについてお話しする前に、関東や東北など1都9県を対象に実施した、台風19号当時の危機意識や行動に関するWEB調査の結果を少し見てみましょう。

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まずこれは、皆さんが事前に想定していた災害と実際の災害の差を示したものです。今回の台風19号では、洪水や土砂災害などの雨による被害が多かったわけですが、台風15号による暴風被害が記憶に新しいためか、関東地方だけでなく、東北地方も含め、特に暴風に注意が集中していたことがわかります。
では、台風が接近する中、どのようなことから危険を感じていたのでしょうか?

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調査からは、台風が接近する12日より前に危険を感じた人の30%を超える人が「記録的な台風」であることにより危険を感じ、行動を判断しています。このことから、気象庁が事前に行った緊急記者会見は一定の効果があったと言えます。

実際に、いつ危険を認識し、いつ行動を起こしたかを確かめてみましょう。

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これは都県別に平均した結果です。台風15号で被害の大きかった千葉県において他よりも早い、平均して11日21時頃に危険を認識しています。そして、12日以降、静岡県や関東地方、そして長野県や東北地方と順に危険認識が広がっています。しかしながら、行動を起こした時期については、危険認識と異なり、都県間で差が小さく、多くが12日のお昼以降となっています。
つまり、どれだけ危険を早く認識したとしても、行動は危険が高まってから行われていると言えます。
では、行動の内容によって、違いはあるのでしょうか?

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これは、行動別にいつ行動したか時系列で示したものです。避難所への避難は12日以降の危険が高まった頃から増えています。一方、避難所以外の親類や友人の家への避難、家の上の階などへの避難、外出禁止は、早い段階から少しずつ行われていることがわかります。行動によっても、危険認識や行動実施の時期に違いがあるわけです。

今年の台風19号では、多くの方が事前に危険を認識していましたが、実際の行動の時期は、危険が高まった12日以降に集中しており、中にはかなり危険な中行動している人も見られます。やはり行動をいつ採るか、そのタイミングには依然課題もあるのが現状と言えます。
このような中で、改めて、自分たち自身で「いつ」行動するかを議論することが重視されているわけです。その他にも、気象庁の危険度分布情報やIoT技術を活用した地域における川や山の観測のように、地域で「いつ」を考えることを支援する環境も整ってきた点も重要と言えます。
では、実際に防災スイッチの取組を見てみましょう。

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防災スイッチも、地域や家庭で避難など災害時の行動のタイミングを考える取組です。
特徴として、川の水位がこの土手まで来る、山からの水がいつもと違うなど、地域の災害の危険を知る目印と行政からのいろんな災害情報を組み合わせて活用するという点が挙げられます。特に避難のことを考える防災スイッチを避難スイッチと言いますが、避難までは必要ないけれど、外出しない方がいいなという場合は、外出禁止スイッチのようなスイッチを考えることもできます。地域や家庭に合わせて、どのような防災スイッチがよいかは異なってきます。

では、避難の防災スイッチの取組を行っている宝塚市川面地区自主防災会の取組の様子を見てみましょう。

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川面地区では、ため池や中小河川などを対象に、ここまで水位が来たら危ない、ここから水が溢れたら危険だなど、みんなで相談し、地域の危険を確かめる8個の防災スイッチを作っています。実際に大雨が降ると、防災スイッチの場所を近くの住民が安全な窓やベランダから確認し、またそのときの気象情報を確認しています。そして、何かいつもと違う、危険だと感じたら、LINEを利用して情報を共有し、さらに大雨が降り続き、ある基準に達したら、避難の呼びかけをするというルールを決めています。このような形で、みんなで考えた防災スイッチを大雨の際に、活用しています。

防災スイッチをうまく活用する上で重要なポイントがいくつかあります。

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地域のことをよく知る周りのみんなの知恵を活用したり、避難について考える際は、避難情報だけでなく、地域の状況と組み合わせて考えたり、大雨が降ったときは普段のちょっとしたことを記録したりすることです。実際に大雨の際には、防災スイッチの状況を確認・共有し、それぞれにあった行動をとります。また避難訓練の際にいつ避難するかを考えて避難したりすることも大切です。
例えば、防災スイッチに取り組んでいる地域では、防災スイッチを確認している人が安全な場所から大雨のときの写真を撮影しています。そして、年に1回、その写真とそのときの気象情報を確認し、どれぐらいの雨のときに地域がどうなるのか、理解を深めています。

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これは今年、同じく防災スイッチに取り組んでいる四万十町大正地区におけるふり返りの際に利用されたものです。このように毎年1回振り返りを行うことで、初めて地域にとって適切な防災スイッチが出来ていきます。防災スイッチは、たんに「いつ」行動するかを考えるだけでなく、その取組を通じて、改めて地域の水害に対する防災文化を考え直し、地域で継承していく役割も持っていると言えます。

このような取組では、やはり地域の連携が重要です。しかしながら、人口の多い都市では、そのようなことが難しいところもあるでしょう。そのような場合、まずは家族で話し合ってみることが大切です。
「いつ」行動するか前もってしっかり考えておくことは、水害では非常に大切です。一方で、自分一人の判断で決めるのは危険な場合もあります。地域やみんなで、時に専門家も入りながら、適切な防災スイッチを考えることが大切です。
水害では垂直避難や自宅待機の方が安全なことも多々あります。まずは行政からの避難情報が、自分の住む地域にとってどのような意味を持つのか、自分たちはどのような行動が必要なのかを考えてみてください。
その上で、あなたの地域の防災スイッチを考えてみてはどうでしょうか?

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