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「2030年に日本はどんな国になっているのか」(視点・論点)

法政大学大学院 教授 米倉 誠一郎

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2030年頃の日本が、世界の中でどんな風に見られていたらいいかなと考えます。
その時に、日本は先進国・途上国を含めた世界の持続的成長を担う羅針盤のような役割を果たしていたらいいと考えました。
 日本はかつての経済大国、ましてや政治・軍事大国といった役回りではなく、これまで培ってきた技術力や国際協力ノウハウを駆使して、持続可能な開発目標(SDGs)を着実に実践する国でありたいと思うのです。「世界に日本があってよかった」といわれるような国造りの指針です。
 そのためには、国際援助や税金投入による支援だけでなく、ビジネスの手法を通じて社会的課題を解決する「ソーシャル・イノベーション」の推進が重要となってきます。イノベーションとは、社会経済に新しい価値を創ることですが、その方向性を単に営利目的だけでなく、社会課題の解決に向けることを「ソーシャル・イノベーション」といいます。
 その実現のためには、イノベーションに関する知識と世界の社会課題に関する知識、両方に精通した人材の育成が必要となります。われわれはこうした人材教育を始めようと思っています。

 さて、この人材育成の話の前に、日本の現状について概観しておきましょう。

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 残念ながら、この20年間で日本の名目GDPは1.23倍の成長しか遂げていません。
しかし、長い停滞に悩むイギリスでも1.72倍、ドイツは1.76倍です。
アメリカは2.27倍、さらに隣の中国は13倍、韓国では4.45倍もの成長を果たしているのです。

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 一人当たりのGDPでも、2000年の第3位からなんと26位にまで転落しているのです。働き方改革が叫ばれていますが、その本質は、この一人当たりの名目GDPを上げることであり、一人ひとりの生産性を上げることに他なりません。

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しかし、日本の生産性は先進OECD諸国で20位、アイルランドやルクセンブルグといった人口の少ない国にはもちろん、アメリカ、ドイツ、フランス、オーストラリア、イタリア、スペインといった大国にも差をつけられているのです。

 では、日本人が真面目に働いていないのでしょうか?多分そんなことはなく、多くの日本人は生真面目にワークハードな生活を送っていると思います。ただし、ワークスマートかというと決してそうは言えません。より少ない投入量で高い産出量を確保する賢い働き方ができていなのです。だからこそ、投入量、特に働く時間を短くすることが叫ばれているのです。
 しかし、短く働くことだけでなく、働く時間を分散することも大事です。
例えば、最近は大学においても、社会人の知識向上のために、夜間大学院の開講が多くなっています。その時に、朝に強い人と夜に強い人で時間割を分けたり、子育て教師には昼の時間帯を割り当てるといった、効率的で快適なワークシェアリングを実現することがとても重要です。
 また、デジタルやAIは眠くもならず、お腹も減りません。働き方の中に、デジタルやAIを活用することも重要です。いわゆるスマート化であり、「デジタル・トランスフォーメーション」といわれるものです。

 働き方改革やデジタル・トランスフォーメーションは確かに重要ですが、なぜかこうした言葉は、私たちの胸を打つには至っていません。
その理由は、「そもそもこれ以上生産性を上げてどうするんだ」「いったい何のために働き方改革をするのか」という、根本的な問いに共感が生まれていないからだと思います。
 働くことで一番大事なことはその動機付けで、動機付けの中でもっとも重要なのは、「未来に対する希望」です。希望は自己実現と同時に、他者に対する貢献から生まれます。

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 国連は2030年までに、貧困・飢餓の解消をはじめとして、教育・平和・環境など、17の「持続可能な開発目標(SDGs)」を掲げました。これには169の具体的な指標もあり、これが達成されたら、世界は素晴らしい場所になると思います。
日本政府もSDGsへのコミットを表明し、経団連もその憲章を改定しました。日本もSDGsへの本格的取り組みを開始すると宣言したのです。

 この世界的に壮大な決意と私たちの「働く意義」を組み合わせることで、日本の中に「希望」を産みだしていくことができると思うのです。
自己実現のためのイノベーション推進と、他者への貢献であるSDGs、この新しい組み合わせを希望としていくのです。
 ただ、多くの日本人は、あと10年でこうした壮大な目標が達成されるとは本気で信じていません。だからこそ「日本がそれをリードする」という「根拠のない」ビジョンが必要だと思うのです。
 1961年5月25日、ケネディ大統領が議会で「1960年台代のうちに、アメリカは人を月に送り、安全に地球に帰還させる」と演説した時、その根拠のなさに多くの人は疑いの目を向けました。しかし1969年、アポロ11号はこの夢を実現しました。
また、この根拠のないビジョンを実現するために、アメリカ中の若者がNASAに集結しました。管制官室にいたチームの平均年齢は、わずか27歳だったといいます。

 低迷していた日本が、SDGsによってイノベーション大国としてよみがえる。そのための人材をどう創るのか。そのチャレンジが、東京の大丸有、すなわち大手町・丸の内・有楽町からはじめる計画が進んでいます。
 なぜ大丸有かというと、そこには日本の優秀な企業人材が大量に存在しているからです。
彼らの中には、様々な用途で利用可能な優れた技術やサービス・アイデアが詰まっています。
ただ、固定観念や既存組織の中で死蔵されているように見えます。
一方で、日本には世界で活躍する素晴らしいNPO/NGOが数多く存在しています。
この両者を組み合わせることによって、ソーシャル・イノベーションを次々と創出できるはずです。
 さらに重要なことは、企業の技術力や経営力を貧困問題、教育格差、エネルギー問題、環境や健康改善に向けるということは、結果として本来のビジネスにも大きな可能性を生み出すということです。

 物理的に地球は、100億人の人口を支えるだけの容量はないといわれています。これまでのようなエネルギー多消費型のビジネスモデルやライフスタイルでは、地球自体が持たないのです。しかし、人間が一度手にした便利さや快適さを手放せるかというと、それはかなり難しいことです。
だからこそ、イノベーションが必要なのです。しかも、省エネルギー、小型化や品質改善は日本企業の最も得意とする分野です。その技術や経営力を、社会課題解決に向けるのです。
その方法論については、現地ニーズや資源制約の中で新たに学び直す必要があります。

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 大丸有での学びでは、企業人材とNPO人材がソーシャル・イノベーションの基礎と実践を、座学だけでなく、国内外における実践的ワークショップを通じて体感することが特徴になります。また、企業の技術者とNPO/NGO関係者が貧困地帯や途上国におけるニーズに合わせた技術開発を実践する講座も開設されます。
 すでにこうした取り組みはあちこちで始まっていますが、いいものはいくつあってもいいと思っていますし、先行団体と協業していく予定です。

 フランスのパリは、2024年のオリンピック・パラリンピックを契機に、持続可能な都市戦略を進めると宣言しています。
東京こそ、その実践において先駆的でなければならないと思います。
東京をSDGsの中心地とすべく、私たちは新しい挑戦を、東京の真ん中から始めたいと思っているのです。

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