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「あふれた川 140か所堤防決壊」(視点・論点)

東京電機大学 名誉教授 安田 進 

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 10月12日から13日にかけて、中部、関東、北陸、東北地方を襲った台風19号は、各地に河川の氾濫や、土砂災害の甚大な被害をもたらしました。今回の被害の特徴は、何と言っても、広い範囲に多量の雨が降って、それにより各地で河川に多量の水が流れ込んだこと、と言えます。このため各地で氾濫が発生し、140箇所で堤防が決壊し、甚大な被害をもたらしました。実は、私自身も今回は避難を余儀なくされました。被害から1か月半経ち、被害の全貌や堤防決壊のメカニズムなどが次第に分かってきましたので今回の河川の氾濫の特徴を述べてみたいと思います。

台風19号は静岡県に上陸し、関東地方から福島県を縦断しました。その間に箱根で降水量が1000mmを超えたことを筆頭に、関東山地などでは500㎜以上の猛烈な雨が降りました。これらの雨が河川に流れ込んだため、水位が異常に上がり、堤防を越えて水があふれる、越水が各地で発生しました。

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私は、関東を台風が通過した翌日に、ある新聞社のヘリコプターに同乗して、羽田空港から多摩川、荒川、利根川、と関東平野の西半分を上空から見ましたが、各地で住宅や田畑が一面に水に浸かっている状況を見て、唖然としました。水に浸かるだけで大変ですが、さらに堤防が決壊しますと、洪水と一緒に流されてくる土砂が一気に流れ込んできて、住宅を壊したり、2階まで及ぶ浸水被害を起こしてしまいます。

このような堤防の決壊が生じるメカニズムには、三種類あります。

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一つ目は、川からあふれ出した水による越水が数時間も長く続きますと、次第に人家側の堤防ののりを削っていき、遂には堤防が耐え切れなくなって、壊れるケースです。
二つ目は浸透破壊と呼ばれるものです。川の水位が高くなりますと、川の水が堤防の中に浸透し、人家側へ流れ易くなりますので、その流れによって、堤防の土が人家側に噴き出したり、堤防ののり面がすべったりして、遂には堤防を壊すケースです。
三つ目は侵食と呼ばれるものです。これは川の強い流れのために、川側ののり面が次第に削られていき、堤防が壊れるケースです。
これらのどのメカニズムで堤防が壊れたかによって、本復旧の仕方が異なってきます。例えば、4年前に決壊した鬼怒川の堤防では、浸透による被害が出始めていたところに越水が加担して、堤防が決壊したと判断されました。そのため、本復旧にあたっては、堤防の高さを高くして将来越水しないようにし、さらに川側ののり面に遮水シートなどを設けて、浸透破壊を生じさせない対策がとられました。

このように、決壊したメカニズムを明らかにすることが大切なため、現在、今回の台風で決壊した箇所それぞれのメカニズムが調査されています。
関東地方で決壊した堤防だけに限ってお話ししますと、人家側ののり面が削られているため、一つめのメカニズムの、越水によって決壊した箇所が多かったと考えられています。
さらに驚いたことに、久慈川では人家側から川側への逆向きの、戻り水による越水によって決壊したと考えられる堤防もありました。これは、上流側からの多量の越水が人家側にはいり、それが下流側に流れてきて、逆に川に向かって水があふれ出していった、ということです。

以上、述べてきましたように、今回の台風被害の特徴は、多量に降った雨で各地の河川の水位が異常に上がった、ということです。
私は多摩川の堤防から100mの所に20数年間住んでいます。これまの大雨の時に、多摩川が危険と感じたことはなかったのですが、今回は危険と感じて避難せざるを得なくなりました。
家の付近を台風が通過したのは、10月12日の夜9時頃です。前日から台風の来襲は予報されていましたので、朝から窓にガムテープを貼って、台風に備えていました。そして、川の水位上昇量をチェックしようと、近くの河川監視用のライブカメラの映像をパソコンで見ていました。ライブカメラは各地の河川に設置してあり、現況と平常時の川の状況を見られるので、水位がどれだけ上がってきたか一目瞭然に分かります。
午前中はまだ高水敷まで水が上がってきておらず安心していましたが、午後になると次第に上がってきました。そこで、もう一つチェックしておかねばと、堤防の高さと私の家の高さを比較してみました。パソコンで見ることができる地理院地図では、調べたい測線を引っ張れば断面図がすぐ示されます。それによりますと、堤防より私の家の地面の方が2m低いことが分かりました。さらに気になって、国土交通省で出されている浸水想定区域図を見て、氾濫した場合の浸水の深さを確認しました。浸水想定区域図には想定最大規模と計画規模の図が示されています。さすがに今回は最大規模と仮定すべきだ、と思ってチェックしますと、浸水深さは0.5mから3mと示されていました。その時点では、まあ、いざとなっても、2階に上がっておけば助かる、と考えていました。

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そうこうしているうちに雨が激しくなり、ライブカメラで見る川の水も遂に高水敷の上まで上がってきました。夕方4時半過ぎになりますと堤防の道路面まであと2、3mのところまで迫ってきました。スマートフォンも鳴りだし、避難勧告も出ました。あたりはそろそろ暗くなってきましたし、台風が通過するのはまだ5時間先とあって、この時点で遂に決心し、家内と二人で、雨・風が強まる中、近くの中学校に、歩いて避難しました。
生まれて初めて避難しましたが、避難すべきかどうかを判断するのが難しいことが良く分かりました。ただし、国土交通省の川の防災情報のWebページから、河川カメラによる川の増水状況や、水位情報などを簡単に見ることが出来るのは、大変有難いと思いました。最近は避難情報がテレビ・ラジオだけでなく携帯電話でも出されるようになってきていますが、実際に避難すべきかどうかを自分で判断するのに、躊躇されるかと思います。その時にこれらの情報も参考にされると良いと思われます。

さて、話をヘリコプターから見た時の状況に戻してみます。

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一面に氾濫していた中で、治水施設が整備してあり、被害を軽減できたと思われる箇所がありました。それは渡良瀬川や荒川の遊水地です。両者とも広い敷地に満々と水を溜めていました。上流の関東山地まではヘリコプターで行きませんでしたが、山の中に造られているダムでも、沢山の水を溜めたことが報じられています。さらに、平成18年に、地下約50mの深さに建設された首都圏外郭放水路も、多くの水を排水しました。これらによって下流へ流れる水の量が軽減されました。
このように種々の治水施設も機能しましたが、それでも各地で氾濫が発生してしまいました。今回の雨の降り方が異常であったのは事実ですが、気候変動の影響で雨の降り方が変わってきていることも、指摘されています。災害に対し人命を守ることが最優先ですので、避難に対する準備は最も大切なことですが、今後の豪雨に対し、被害を防止・軽減するように、ハード対策を施すことが重要なことに、立ち戻る必要があります。このための直接的な方法は、全ての堤防を高く、また強くすることですが、国内には無数の河川があり、膨大な費用と時間がかかります。下流に流れる水の量を減らし、氾濫を防ぐ設備としてダム、遊水地、放水路などもあります。また、山地での森林の整備も貯水機能が増します。これらのどれが効果的かは河川ごとに異なりますので、それぞれの河川で、特性を生かしたハード対策を施していくことが望まれます。

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