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「ローマ法王の訪日に寄せて」(視点・論点)

上智大学特任教授 髙木 慶子

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 こんにちは。11月23日、第266代ローマ法王、フランシスコ様が日本に来られ、26日までの4日間、長崎、広島、東京を訪問されます。先のローマ法王様、ヨハネ・パウロ二世の訪問から38年が過ぎ去っております。
 この度訪問されます法王様は、2013年に、カトリック教会としては初めて、アメリカ大陸のアルゼンチンから選出され、フランシスコとご自身で命名されたお方でございます。
 カトリック信徒の極めて少ない日本に、わざわざ遠方はるばる、しかも多忙な中訪問されますことには、法王様の強い熱き思いがあっての事と思います。もちろん、日本からの要望もあってのことでございますが、その熱き思いを考える前に、まず、フランシスコ法王様はどの様な方であるかをひも解いてみましょう。

 法王様は、イタリア系のご両親様の元、アルゼンチンで生まれ、23歳で司祭の道に入られました。若い時から貧しい人々や差別されてる人々に寄り添い、積極的に奉仕活動に参加されておられました。現在82歳でありながらも、精力的に世界を飛び回っておられます。
 カトリック教会の法王様は、世界に約12億の信徒の長として、また全世界の精神的なリーダーとして、その役割は非常に重大な責務を負っておられます。そのようなリーダーとして、現代社会が抱える問題に積極的に取り組み、ご自身から「すべてのいのちを守るため」をスローガンとして、特に平和のために、紛争のある地域であっても訪れ、側近の方々からは「危ないからお止め下さい」と申し上げようとも、戦乱の続く場所にも訪問しておられます。

 ところでこの度の訪問にあたり、法王様のこころからの熱き思いを、私は2つの点から考えてみたいと思っております。
 その第1つが、250年の長きにわたり、キリシタン禁教令の元、信仰に導く宣教師が一人もいない時代、隠れながら信仰のために弾圧と拷問の迫害のさ中、カトリックの信仰を守り通すために、キリシタンたちへの尊敬と敬意を表すために、またその子孫たちへの励ましと勇気を称えるためにいらっしゃったのではないかと思っております。
 その代表的な場所が長崎であり、そのために法王様は、まず日本に到着されて、第一に訪問されるのが長崎であることからも理解されます。そこではカトリック教会にとり、最も大事なミサが捧げられます。つまり長崎は、カトリック教会にとり、聖地でもあるからです。

 またこの度、長崎、五島、天草地方が世界文化遺産となりましたが、その意味するところは、まさしくキリシタン禁教令が明治6年に廃止された後に、250年の間、沈黙のうちにカトリックの信仰を守り通した子孫達が、自分達の信仰の証として建立した教会群でございます。この遺産を通して、日本人が持つ尊い信仰の足跡を、法王様は世界の人々と共に尊び、賛美するためにも、長崎を訪問したいと願われたのではないかと、私は喜んでおります。
 また法王様は、長崎の原子爆弾投下直後にとられました写真、「焼き場に立つ少年」を全世界に紹介され、戦争の恐ろしさと廃止を訴えておられますし、長崎への思いは、広島同様に、平和への願いとともに、その場所を大事な場所だとお考えになっていると思います。

 第2に思いますことは、やはり日本におけるアピールは、「平和への熱き思い」であると考えております。
 法王様は、機会あるごとに平和について触れられておりますし、実際、世界平和のためには、御自ら出向いて、平和への道すじをつけておられます。おそらく全世界のメディアも、この度法王様がわざわざ遠くの日本を訪問し、何を、誰に語りたいのか、何を伝えたいのかを関心を持っておられることと思います。それほどに、この度の訪問は、世界的に関心のある行事であると思います。

 このたび、フランシスコ法王様は、グローバル化が進むこの時代にあって、貧富の格差が拡大する中で、貧しく弱い立場の人々に寄り添い、核問題、資源、地球温暖化の問題など、この度の訪問で、どのようなメッセージを私どもにくださるのでしょうか。とても楽しみにしております。

 私ごとで申し訳ございませんが、実は私の曾祖父は高木仙右衛門と申しまして、江戸時代から明治時代の初めに起こりました、「キリシタン最後の迫害」、つまり「浦上四番崩れ」で津和野に流された一人でございます。
 私の父は仙右衛門の孫に当たりますが、38年前にヨハネ・パウロ二世が訪問されました時、声を上げて泣いたそうでございます。それは250年間信仰を保つために耐え忍んだ先祖たちが、待ちに待ったローマ法王様が、現に日本の地に降り立たれた時の感動だったと思います。
 日本を去って行かなければならなかった最後の宣教師たちは、残る信徒たちに、7代後にはローマ法王様から送られる宣教師がやってきて、大きな声でオラショ、祈りが唱えられることを伝えておりました。その信仰をキリシタンたちは、「沖に見えるはパーパの船よ。丸に十字の帆が見える」、すなわち、パーパとはローマ法王、丸とはマリア様のことです。
その歌を歌い続けながら、法王様がお出でになるのを待ち続けてきました。キリシタンたちのこころの表れだったのではないでしょうか。

 この度の法王様の訪問は、カトリック信者だけではなく、多くの人々のこころに、平和と安心、愛し愛される喜びのメッセージを届けられると、心から信じております。ありがとうございました。

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