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「『温暖化台風』が招く危機」(視点・論点)

慶応義塾大学 専任講師 宮本 佳明 

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 今年は、台風15号と台風19号が相次いで東日本へ上陸して、東海から関東、東北地方で甚大な災害をもたらしました。台風15号は、関東地方に上陸した台風の中で、過去最強クラスの強度で千葉県に上陸し、特に暴風によって房総半島を中心に大きな被害を発生させました。台風19号も、同様の強度で静岡県に上陸し、中部・関東・東北地方の広い範囲に、膨大な量の降水をもたらし、河川の氾濫・堤防の決壊などによって甚大な被害が生じました。
 一方で去年は、25年ぶりの強度で日本列島に上陸し、関西空港の浸水被害を生じた台風21号や、大規模な停電を発生させ、塩害ももたらした台風24号などが日本へ来襲しました。これだけ強い台風が連続してやってくると、近年台風が強くなっているのでは?とお考えの方も多いかもしれません。近年の科学研究の成果を元にすると、今後はこのように強い台風が増加する傾向にあると考えられています。

 今年の台風15号も19号も、あれほどの強度を保って上陸したのは、日本付近まで海の温度が高かったことが大きな要因の一つと考えられています。特に台風19号は、発生した直後から歴史上稀に見る速さで発達し、台風の最大の勢力である「猛烈な台風」まで短期間で成長しました。これは非常に珍しい事例で、通常は発生した後しばらく弱い強度を維持しつつ成長して行くのですが、19号は一気に最大の勢力まで達しました。この急激な成長の後、台風19号は、中心気圧が910 hPaという「猛烈な」強さを3日間も維持して、やや減衰しながらも950 hPaという強い中心気圧で上陸しました。日本では、台風の強度は中心気圧で表され、その値が小さいほど、つまり中心気圧が低いほど、台風の勢力が強いことを意味します。台風15号・19号共に、上陸時の中心気圧がおよそ950 hPaで、これは関東に上陸した台風の中では歴史上稀に見る強さでした。

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 さらに台風19号の大きな特色の一つが、中心から約600 - 700 km離れた半径まで風が速い領域が広がる「大型」の台風であった点です。直径に直すと、台風中心を真ん中に1200 km以上もの範囲が、風速15 m/sを超える強風域に入ります。東京と博多の距離がおよそ900 kmですので、それより広い範囲です。このため、台風が日本列島からまだ離れた海上にいた頃から、台風の中心北側に発達した雲域の影響によって、山間部を中心に広範囲で大雨が断続的に降り、各地で記録的な豪雨となりました。大型の台風では、小型の台風に比べて、台風の中心が接近するまでの長い時間風雨にさらされてしまうため、被害が大きくなりやすいです。今回は、強い雨が長時間続いたことで、多くの地点で、わずか1~2日で年間降水量の3~4割の雨が降りました。その結果、様々な河川に水が集中して、氾濫および堤防の決壊に至ってしまいました。

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 台風19号による大雨は、台風に伴う湿った風が山間部にぶつかって上昇することで、雲が形成されて雨が降る、という過程が継続的に生じていたことが原因と考えられています。

VTR:台風19号・雲の動き
一般的に、湿った空気が上昇する時に雲ができやすいのですが、山などの地形が無い場合は、空気を持ち上げるプロセスは中々働きません。しかし、山間部へ強い風が吹きつけると、山に当たった空気が行き場を失って上昇するため、強制的に多くの雲が形成されます。今回は、台風に伴う強い風が海上を吹く際に、海から水蒸気を獲得したために、陸に到達した頃には空気が湿っていて、それが山に当たって上昇して雲ができた…というメカニズムだったと考えられています。
 このような台風自体の強さと、中心から離れた遠隔地域での豪雨、という台風19号の特徴は、海面水温が高かったためと考えることができます。

また、今年2月に南の海上で生まれた台風2号が、2月に発生した台風としては観測開始以来始めて「猛烈な」強さまで発達しました。その後どこにも上陸することなく、はるか南の海上で衰退したため、大きなニュースにはなりませんでしたが、北半球で水温が低くなる2月に、最強のカテゴリーへ成長できたのは、特筆すべきと考えられます。その要因も、暖かい海面水温と考えられます。

 それでは、なぜ台風にとって海の水温が重要と考えられるのでしょうか?

 それは、台風が海からの水蒸気によって動いているからです。言い換えれば、この海からの水蒸気こそが台風を動かすエネルギーの元で、水蒸気を供給してくれる海が台風のエネルギー源になります。海から大気へ渡される水蒸気の量は、水温に依存していて、一般的に水温が高いほど多くの水蒸気が大気側へ輸送されます。

 台風のメカニズムを説明するために、台風の断面を見てみましょう。

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台風内の風によって海から水蒸気が大気側へ流入し、それが台風の中心へ集められて、上昇気流に伴って雲を作ります。地表面付近では、台風の風は反時計回りに吹いていて、らせん状の分布で中心方向へ入り込んで行き、中心で行き場を失って上昇します。先ほどのように、上昇気流があるところでは雲ができやすいため、台風の中心付近では、常に活発な対流雲が存在しています。この中心付近の雲は、雲の無い台風の目を壁のように取り囲むことから、目の壁雲と呼ばれています。この雲は、台風にとって必要不可欠で、この雲があるため台風は存在することができます。

 つまり台風にとっては、中心付近の雲が心臓部であり、海からもらえる水蒸気がその心臓を動かすために必要な食べ物のようなものです。水温が高いと、より多くの水蒸気が海から大気へ流入し、台風の中心付近でも雲活動がより活発化します。その結果、台風が強くなるのです。まとめますと、高い水温の時は台風は強くなりますし、低い水温の時は台風は弱くなります。

 暖かい熱帯の海に比べると、中緯度に位置する日本付近の水温は低いので、熱帯で発達した台風も、日本に来る頃にはある程度減衰していることが多いです。

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しかし近年では、日本付近の海面水温も高いことが多く、台風が十分に弱まる前に日本へ接近・上陸する事例が多くなっています。結果的に、甚大な災害へと繋がってしまっています。10月ながら、日本付近まで水温が25 – 26度の領域が広がっていることがわかります。

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 こちらの図は、過去約100年間の日本近海で平均した海面水温の推移を表しています。平年値は1981年から2010年の30年の平均値です。青線は5年間の移動平均を、赤線は変化傾向を示します。細かい年々変動がありますが、長期的に見ると、この約100年で1度以上上昇していることが分かります。この水温の上昇の主たる要因は、地球温暖化によるものと考えられています。
 今後も地球温暖化は進行して行くと考えられますので、海面水温が高くなっていくと予想されています。つまり、高い水温によって将来的に台風が強くなることが考えられます。
今回の台風15・19号の経験を糧に、なお一層の備えをしておく必要があります。

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