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「恩赦に求められるものは」(視点・論点)

龍谷大学 教授 福島 至 

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去る10月22日に、政府は、新天皇の即位宣言の儀式にあわせて、恩赦を実施しました。対象となった人は、全部で55万人程度と言われています。政府の説明によれば、国民感情、特に犯罪被害者やその遺族の心情などに配慮しながら、社会復帰を一層促進する見地から、今回は限定的に実施したとされています。

恩赦とは、行政権によって、主に、有罪判決の効力を消滅させたり、軽減させることです。基本的に、刑罰を受けた人を赦すことを意味します。憲法7条および73条に基づき、内閣が決定し、天皇が認証して行います。恩赦の歴史は古く、奈良時代から行われてきたとされています。大日本帝国憲法にも規定され、天皇の大権として行われてきました。
恩赦の役割は、何でしょうか。大きな社会の変化や法律の見直しがあった時の対処や、刑罰を受けた人の社会への復帰の後押しなどにあるとされてきました。

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恩赦には、概ねその効果や範囲が大きい順から、大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除、復権の5種類があります。恩赦の決定方式には、政令恩赦と個別恩赦があります。政令恩赦は、政令を定めて一律に行われるもので、一挙に多数の人が赦されることになります。

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個別恩赦は、5人の有識者からなる中央更生保護審査会において、特定の人について、個別に審査され、相当と認められたときに行われます。本人による恩赦の出願を受けてから、審査されるのが原則となっています。個別恩赦は、常時出願を受け付けて行われる常時恩赦が基本です。ただ、個別恩赦の方法をとりつつ、内閣が一定の基準を設けて、一定の期間に限って行う特別基準恩赦もあります。特別基準恩赦は、政令恩赦に合わせて行われることが多く、政令恩赦を補完する役割を果たしています。
今回の恩赦は、ほとんどが、罰金刑に処せられた人に対する復権で、政令恩赦によって行われました。罰金刑に処せられた人とは、道路交通法違反など被害者のない犯罪が大半を占め、結果として数が限られることになりました。また復権とは、刑罰執行後も残っている資格制限を、解除するだけのものです。過去に行われた政令恩赦に比べて、対象者の範囲が小規模で、しかも小さな効果に限定されました。
さて、この度の恩赦については、私は、説明不足の恩赦であるとの印象を持ちました。説明不足とする理由には、二つの側面があります。
ひとつの側面は、内容の面です。新天皇の即位の儀式の時期に合わせて恩赦が行われましたが、なぜこの機会に行われたのでしょうか。なぜ、ほぼ罰金刑の人だけを対象にしたのでしょうか。なぜ、ほぼ復権だけに限ったのでしょうか。それらの理由が、よくわかりません。
もうひとつの側面は、手続きの面です。恩赦の実施にあたり、政府の中で、誰が発議し、どこの部署で案を作成し、どこで検討し、最終的に誰が決定したのか、そのプロセスが皆目わかりません。決定プロセスが、まったくのブラックボックスになっています。
 このような恩赦では、国民の恩赦に対する信頼や支持は失われかねません。実際、過去に行われた政令恩赦には、厳しい世論にさらされたものもあります。選挙違反者が大量に赦されたために、お手盛り恩赦であると強く批判されたのです。恩赦の内容に、強い疑問が投げかけられました。こうしたことから、政令恩赦に対しては、廃止論や不要論も主張されてきました。
 今回の政令恩赦には、確かに内容面と手続き面に問題がありました。しかし、だからと言って、政令恩赦を全面否定すべきだとは思いません。
 社会や法律が大きく変わったときに、政令恩赦が必要となる場合があります。過去には、終戦直後に、治安維持法や戦時中の特別な法律で有罪になった人に対する恩赦が行われました。将来にも、必要となる場合があるでしょう。昨日までは犯罪とされていた行為が、きょうからは適法な行為として許されることがあるからです。また、社会復帰のために、政令恩赦が必要となる場合もあるでしょう。現在、政府は、再犯防止に向けた総合対策に取り組んでいます。その中では、刑務所出所者等に対する種々の支援の充実強化が行われています。もし、出所者等の就職を容易にするため、復権が必要だとするならば、そこには合理的な理由があるように思います。

 ここで、恩赦に関するかつての国の検討結果を見てみましょう。

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現行の恩赦制度ができあがるにあたっては、1948年の恩赦制度審議会の最終意見書及び勧告書が大きな働きをしました。審議会の総括的意見では、恩赦の活発な運用が期待されるとして、恩赦に「民意を反映せしめることは、民主主義の原理からいつて正当であり、且つ、必要である」と述べられていました。この意見に基づき、恩赦に民意と専門的意見とを反映させるため、政令恩赦と個別恩赦それぞれに、審議機関を設けることが勧告されました。この勧告に沿って、その後個別恩赦については、中央更生保護審査会が設けられることとなりました。しかし、政令恩赦については、審議機関は設けられることなく、いまに至っています。今回の恩赦が抱える問題の一因は、ここにあったように思います。政令恩赦の改善にあたっては、いま一度この勧告に立ち戻る必要があると思います。
 政令恩赦は、大きな社会の変化に対処する必要性や社会復帰を促す必要性に鑑みて、合理的な理由に基づき、透明性のある手続きによって決定し、実施すべきです。
個別恩赦についても、考えてみましょう。刑罰は、それを受ける者から自由や財産を奪うだけではなく、場合によっては生命までをも奪います。国家が科す大きな不利益処分です。犯罪を犯した人に、止むを得ず科すものとして、正当化されます。このような不利益処分には、性質上、多かれ少なかれ、人を社会から排除する作用があります。その作用が強すぎて、副作用をもたらすこともあります。排除の効果が絶大なため、社会に色濃い偏見を生じさせることもあるでしょう。いつまでも前科者のレッテルを貼られたら、人が社会に戻ることが困難になってしまいます。こうした副作用を和らげるために、恩赦によって人を赦し、その社会復帰を促進することが必要です。個別恩赦を、社会復帰する権利の観点から、一層充実させることが求められます。
恩赦は、行政権が司法の決定を修正し、それに介入する性格を持ちます。それゆえ、三権分立を重視する観点から、恩赦の実施はなるべく控えるべきだとの考えもあり得ます。しかし、裁判所の判断は判決の時点では正しかったとしても、10年後、20年後も完全に妥当するとは限りません。社会も変わりますし、本人も変わりえます。時や人の変化に応じて、赦すことも大事です。
恩赦は、憲法上に根拠のある制度です。大日本帝国憲法から日本国憲法に変わったときにも、恩赦の規定は残りました。国民主権のもとでも、恩赦は必要で、有益な制度であると考えられたのでしょう。当初から、活発な運用も期待されました。憲法上このような意義のある制度である以上、政府は、恩赦が国民から信頼され、支持されるように、運用にあたらなければなりません。政府には、恩赦の内容と手続き両面にわたって、国民に対し説明責任を果たす憲法上の責務があると思います。

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