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「次期アメリカ大統領選挙と今後の日米関係」(視点・論点)

日本国際問題研究所 佐々江 賢一郎 理事長

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アメリカの大統領選挙まであと一年余りとなりました。次期、大統領選挙の行方について伺いました。

【トランプ大統領 再選の可能性は?】
今から1年後のことを決め打ちするのは難しく、どちらも可能性あると思います。
この選挙を左右する要素は、大きく分けて4つあると思います。
1つは経済、アメリカ経済が来年の秋どうなっているのか。
今は一応非常に好調な情勢ですが、来年の秋のほうに米中摩擦とか世界経済スローダウンとか色んなことが言われています。アメリカ国民の懐がどうなるのかは非常に大事な要素だと思います。
第2は、ウクライナをめぐる問題。今、大変大きな弾劾の動きになっていますが、どうなっていくのか。
第3番目に民主党が、トランプ大統領に勝てる候補者を選べるのか、それは誰なのか、そして民主党は一致団結できるのかという問題です。
第4番目にアメリカの地域的な選挙情勢、接戦州ですね。トランプ大統領は前回の選挙のとき、接戦州でほとんど勝ったのでギリギリ勝利した訳です。その辺は同じなのかと。上手くいかないという人もいます。
ですからその辺を全部合わせ考えないと、どちらかとは言えないと思います。
今言うのは時期尚早だと思います。

【ウクライナ疑惑の選挙への影響】
私は、もちろん最終的に弾劾されるかどうかに、決定的に大きな影響を受けると思います。ただし、本当に弾劾されるかどうかは、今まだわからないわけです。
下院の調査過程で新しい事実、決定的な事実が出てくれば、世論にも影響すると思います。
しかし同時に、下院で仮に弾劾だとなったとしても、本当に弾劾となるには、上院の3分の2の多数が必要です。ところが上院では民主党は多数でない訳で、かなりの共和党議員が反旗を翻さない限り難しいです。今のところ、難しいだろうと言うのが、一般的なワシントン界隈の専門家の見方です。
しかしながら、今の段階で、絶対弾劾はないということも時期尚早だと思います。
この辺は、よく見ていく必要があると思いますが、この問題が裁判所に行きますと、大変長く時間がかかるわけです。最高裁判所まで含めると選挙が終わってしまうかもしれないのです。
なかなかこれも行方は厳しいと思います。ただし、結果として、いわゆる無党派層あるいは大統領を支持していた人の中にでも、大統領の支持から離れていく人達がどれくらい生じるか、そういうことも非常に大きく影響すると思います。

【無党派の最近の動きは?】
(トランプへの支持が残っている人と、離れている人と)私は両方あると思います。
これまで1年半のトランプ大統領の発言や行動パターンについて、例えば、女性について特定の発言をされていますが、特に前の選挙の時に民主党員でも、ヒラリーさんが好きではない女性達の中には積極的ではないがトランプ大統領に票を入れた人もいますし、その時の状況によってスウィングする人達もいると思います。こういう中には、投票率が下がっていくような地域もあると思います。
また、去年の中間選挙では、大統領がヒラリーさんと接戦して勝った、いわゆる接戦州と呼ばれるウィスコンシン、ペンシルベニア、ミシガンなどは、民主党の選出議員が増えていますから、同じように、今度大統領が接戦で勝てるのかという問題もある訳です。私の友人が言うには、トランプ大統領の選挙の陣営は、そこはかなり難しいと思って、ヒラリーさんがギリギリ勝ったネバダやミネソタにかなり力を注いでいると言う人もいます。それからほんとに競り合っているのはフロリダ。それからノースカロライナも競り合っていると。しかし大きな票田、テキサスみたいなところは、かなり共和党の牙城でしたが、民主党支持者が増えていると言う人もいます。
この辺はよく個別に見ていかないと、いくら大統領の支持率が全般的に維持されているといっても、そういうところで勝てなければ結局、勝てないわけです。

【民主党の情勢】
まだ十数名の方が一線に並んでいるので、決め打ちはできないと思いますが、現時点の世論調査を見ると、所によっては、エリザベス・ウォーレン上院議員がバイデン元副大統領を上回っているところもありますが、全国、全体でならすと、私の承知する限り、10%ぐらいまだバイデン元副大統領がリードをしています。この2人で一騎打ちになるかどうかすらもわからないわけです。
他にもカマラ・ハリスさんとか、それからバーニー・サンダース上院議員、ダークホースでその他の方の誰かが飛び出してくるかもしれないと。つまり、アメリカでは、我々が思っている以上に討論やイメージが影響するわけです。
しかし、私はトランプ大統領が徹頭徹尾、バイデン元副大統領のことを正面から攻撃しているのは、依然としてバイデン元副大統領が主要な好敵手だと思っているということではないかと思います。
しかし、同時に、民主党の中で十分整理しきれていないのは、トランプ大統領が勝った中西部の対策だと思います。民主党の政策は伝統的にリベラルですから、労働組合や元来貧しい者、ノンホワイトの人達も含めて弱者を中心にしているはずですが、全体を上手く打ち出すような政策的なメッセージ、スローガンが十分打ち出されていません。
今の難しいところは、例えばカリフォルニアやニューヨーク、ボストン、マサチューセッツは民主党の牙城で強いですが、そういう人達の支持を得ていくためには、非常に左派的な主張、例えば環境なら、当然カリフォルニアは環境で最先端をいっている訳ですから、大いにやっていこうと言えばいいのですが、そういう主張をすれば、中西部、ウエストバージニアなどで石炭を作っているところや、ピッツバーグなどで、ウケないわけですよね。
ですから、そちらの方の人に対してはそういう政策、しかし中西部の人達に対してあなた達の産業的な基盤を守ると、あなた達のジョブを守るということ、これは下手をすると保護主義的な政策にいくわけでなかなか難しいと思いますが、違ったメニューを並べ、より伝統的な、共和党的な今のトランプの支持層を、どれくらい掘り起こすことができるのかと、私の個人的な考えですが、その戦略が見えていないように思うわけです。

【アメリカ社会の分断が加速した根底には】
私は1つの要素でこれを語ることは難しいと思います。
アメリカ社会はグローバリゼーションと大量の移民の流入で、いろんな分化が起きている。つまり各個人のアイデンティティが多様化し、あらゆる人が自分のアイデンティティ、自分の利益を主張するようになってきたわけです。トランプ大統領は、ある面で、その中の特定の不満を持つ人々、特に中西部の人達にミートしたと思うのですが、所得格差も地域格差もイデオロギーも生活様式も人種も、ある面でるつぼになっている中の格差が更に拡大したと、これをユナイトする、統合する社会の作用というのが非常に難しくなってきたと思います。

【米中経済対立の行方は】
私は短期的、中期的に分けて考える必要があると思います。
短期的には、この間の米中間の交渉によってだいぶ進展がある様子で、アメリカからモノを買うといった話、関税や為替、知的所有権の問題なども中国政府自身もやらなくては、と思っていることは事実ですし、あと金融市場の開放、市場の開放、サービスなどは、私は元々やる気はあったと思います。
ただし、アメリカが国家の産業補助金とかハイテク産業への狙いうち的な要素を出しきたので、それを一切合切アメリカと交渉してディールしてできるのかといえば、私は短期では難しいと思います。
これは、率直に言えば、中国の統治構造や人事的にも関係しているし、つまり党と国家あるいは政府と、いわゆるその国有企業は、三位一体でお互いに密接に連関しているので、そのところを全部、例えば民営化するとか、一切国家から放り出して補助しないとなった途端、もう総倒れなわけです。ですから長年かけて少しずつ減らしていくとか、もう少し深く大きく問題として中国は取り組まなければいけない。しかし今の習近平さんのもとの中国は、党と国家、その国営企業一体化だという路線で、中国を産業ハイテク国家に作っていくと。そしてその上に、軍事強国というものもあると。中国は、強大な産業国家と軍事的にアメリカと並ぶとは言いませんが、これが中国の夢であるとすれば、本質的なところ、交渉したからといってわかりましたと、これは具合悪いですからやめます、ということにはならない訳です。
ですからこの部分は私は難しいと思います。期待としては米中が協議していくということです。
更に言えば、このことは軍事覇権と絡んでいるし、ハイテク技術、AI、ビッグデータがサイバーの根幹の問題で、今や宇宙で軍事的な競争が発展しつつあるわけです。
実体上、そういうことを考えますと、その出発点を、そう簡単に、アメリカの圧力があるからといって修正していけるのかという問題がある訳です。
しかし翻って、中国の長い将来を考えれば、中国的な統制的なやり方、国家資本主義と呼ばれるものですが、これは確かに他の途上国にとっても、民主主義や人権、法の支配とかあまり煩いことを言われずに、ハイテク管理をすれば国家が発展していくというモデルで、これが魅力があるとなってくると、これは別途、我々が住んでいる社会、体制そのものに対する挑戦となってくる訳で、ここが今日、中国が提起している最大の戦略的な問題だと私は思う訳です。

【今後の日米関係は】
戦後、サンフランシスコ条約で日本が復帰して、日本が立てた外交の原則は「日米同盟」「アジアの一員」「国際社会の一員」の3つ。アメリカとの同盟を出発点に組み立てられていて、これは変える必要のないものだと私は思う訳です。
いずれが欠けても日本は具合悪いわけですから。アメリカの政治が左に、右にと動いたり、分断化が進んだりすることもあるでしょう。アメリカは数十年の次元で見れば、国際社会に積極的に出ていったり引っ込んだりしている、これまでの100年の歴史があるわけです。ですから、今起きていることが、ずっと永遠に続く状況だと思わない方がいいと思います。
アメリカの中では、ある一定の方向に行くと、必ずそれに対する反作用が来ると思います。ある面で今、トランプ大統領が出てきている背景は、8年間のオバマ大統領の非常にリベラルな政策に対する反動であるとも言えるわけですから、いわゆるそのトランプ大統領のトランピズムのような治世が、仮に再選されれば8年、トランプ治世の8年後にアメリカでどういう評価が起きるのかということもあるわけです。
歴史を更に遡っていけば、アメリカの建国以来の理想主義と現実主義が常にあるわけです。この二重性がこっちに出たり、別のほうに出たり、とそういう振り子の振れ方がアメリカは激しいので、ついていくのは大変だと思いますが、ここは、やや我々の座標軸をしっかりしながら、アメリカの振れ方をよく見ながら、我々は踏み出さないようにアメリカを常にグローバルに関与させていく。
何といってもアメリカに替わる国はないわけですね。ソフトパワーも含めて。
中国とロシアが強大になる過程で、彼らがアメリカの今果たしている役割を果たせるのかというと難しいですよね、実体上は。
そう考えていくと、あまり悲観的にならず、中長期的な視点で見たほうがいいのではないかと思います。

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