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「東京2020大会のバリアフリーと共生社会」(視点・論点) 

東洋大学 名誉教授 髙橋 儀平

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2020年の東京オリンピック、パラリンピック大会の開催が9カ月後に迫ってきました。
今日は東京2020大会に向けてバリアフリーの準備がどこまで進んできたのか、残されている課題は何か、東京2020大会を契機に目指している「共生社会」をどのように進めればよいかについて考えます。

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 まもなく新国立競技場が完成します。新国立競技場では「世界最高のユニバーサルデザイン」を目指してきました。年齢や性別、障害のあるなしにかかわらず、だれもがスポーツに参加できる環境を準備してきました。
 ふりかえりますと、1964年の東京オリンピック・パラリンピック大会はゼロからのスタートでした。今度の大会は、世界でも有数の超高齢社会であり、バリアフリーが進んだ国での大会と思われています。

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 2013年の6月、ロンドン・パラリンピック大会を経験した国際パラリンピック委員会がアクセシビリティ・ガイドを公表しました。このアクセシビリティ・ガイドのポイントは、障害者スポーツの拡充だけではなく、全ての場面で、障害があってもなくても個人が尊重され、不自由なく、移動や余暇を楽しむことができる人権思想があることです。
 このアクセシビリティ・ガイドには、バリアフリーが発達した日本の社会への重要な警告があります。例えば、「先進国と言われている国々でもあらゆる人々が容易に利用できる都市環境には到達していない」という一文は日本にも大いに当てはまる言葉です。
東京大会の開催のために、東京都をはじめ国や大会組織委員会は、大会開催のための要件である、TOKYOアクセシビリティ・ガイドラインをつくり、バリアフリー法を改正し、ホテルの基準等を見直しました。

今東京では、急ピッチで、空港や公共交通機関、大会会場、会場周辺道路等の整備が進められています。大会時には海外からも沢山の観光客や観戦者が来日します。国内でも多くの車いす使用者をはじめとする障害者、高齢者、小さなお子さん連れの人が移動します。実はそのためのエレベーターが競技場の最寄り駅で不足する可能性があります。急いでエレベーターを造設したり、大きくしたりする改造が進められていますが、会場周辺の歩道の整備がこれからのところもあります。災害時の避難誘導対策も重要な課題です。東京2020大会の準備は、日本が今日目指すべき社会像、共生社会を創り出す大きな試練でもあるといえます。

次にすでに完成した会場の特徴を述べていきたいと思います。都内にある大会施設の内11の施設は東京都が設置します。利便性とコストの縮減を図るために、既存8施設を改修します。

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写真は東京スタジアムでのワークショップのシーンです。東京都は大会で使用する施設を新設したり、改修するために、東京都福祉のまちづくり推進協議会の構成員を中心とした、アクセシビリティ・ワークショップを設置しました。既存施設を、国際的なバリアフリー水準に適合するために既存の客席や間仕切り壁をどこまで変更可能か、現場で具体的に検討してきました。障害のある人の要望でも改修できない施設構造の場合もありました。
しかし、私はこの議論の過程こそが、共生社会を形成するために一番大切な作業と感じています。議論には障害者団体の代表、東京都の職員、大会関係者の皆さんが参加しました。単に競技場だけではなく、競技会場までのルートは大丈夫か、歩道の整備はもちろん、沿道の店舗や商店街の人々の協力が得られるかについても現場で話し合ってきました。
障害の異なる人同士がお互いの意見を聴き、良い妥協が生まれる場合もあります。こうした活動を繰り返すことで、みんなで一番移動や利用に困る可能性がある人々の声を、しっかりと受け止める体制づくりができるようになります。重要なのは東京大会で生み出された、こうした取り組みを、パラリンピック後も継続していくことです。

ここで、都立施設で生まれた新しい共生社会のかたちをご紹介します。

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 写真は最初に改修が進められた武蔵野の森総合スポーツプラザです。もともと車いす席が1席しかなかったのですが、改修によって69席、総客席数の1.14%まで増えました。国際的なパラリンピック大会の基準は総客席数の1%以上です。
この会場では聴覚障害者が補聴器で音声を受信する磁気ループも106席用意されました。視覚障害者のための点字ブロックも必要なルートにしっかりと敷設されています。

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こちらも改修された東京体育館です。車いす席が29席から55席に増えました。いずれも、車いす使用者と同伴者が一緒に観戦できるスペースが確保され、国際基準に合致したものになりました。

次に車いす使用者の外出に欠かせないトイレの特徴について紹介します。

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これまで日本の障害者用トイレは多機能トイレやだれでもトイレといって、一つのスペースにおむつ交換台、人口膀胱等の装具をつけたオストメイトの方の水洗設備などを、同じ空間に取り付けてきました。確かにトイレが一つしかない小さな飲食店ではそうするのが良いのですが、駅でも空港でも多機能トイレばかりでした。その結果、広いスペースしか利用できない車いす使用者が利用できず困っているという声が寄せられていました。

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そこで東京大会では、だれもが気兼ねなくトイレを利用できるようにするために、新国立競技場でも都立施設でも、トイレの設備を分散することにしました。発達障害のある人や認知症高齢者の介助で異性の同伴者も多いため、性別を問わない共用トイレを、各フロアーに設けることも進めてきました。
 共用トイレはトランスジェンダーや性的マイノリティーの方にとっても安心して利用することができます。

しかし、ワークショップの中では、色々なトイレができると、利用者が混乱するのではないかとの声も上がりました。そこで、トイレが分かりやすく、利用に不便が生じないよう、それぞれの機能や設備に対応したピクトグラムを設けることにしました。

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ピクトグラムを掲示し過ぎて混乱しないようにすることが重要ですが、観客は外国人も含めて様々な利用者の違いを想像することができます。これも違いを理解し合う共生社会への一歩につながる筈です。
また、知的障害者や発達障害のある人がパニックを起こした時に、気持ちを静めることができるカームダウン、クールダウン室という、世界で初めて登場したピクトグラムもあります。

 こうした取り組みが可能になったのも、ワークショップに参加した人がお互いをリスペクトしながら、東京大会を成功に導こうとしたからだと思います。
 しかし全国的に見れば、東京2020大会以降に改善しなければならない都市施設や交通機関が、圧倒的に多く残されています。
まもなく、団塊世代のすべてが後期高齢者となります。まちのなかで様々な人々が出会う頻度が高まります。見守りながらしっかりと声掛けし、可能な限り多くの市民が安心して生活できる環境づくりを、まちの隅々まで進めなければ本当のレガシーとはいえません。
多くの市民、設計者、行政、企業が東京大会で培った経験を共有し、広く周知していく体制づくりを、急がなければなりません。

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