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「『孤立無業』の実態と新たな取り組み」(視点・論点)

東京大学 教授 玄田 有史

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社会生活基本調査という、総務省が5年に1度実施する調査があります。一日の生活時間の使い方など、国民の社会生活の実態を明らかにする調査です。1976年から開始され、最新の調査は2016年に行われました。
 私はこの調査を用いて、20歳から59歳の未婚で、仕事をしていない人々のうち、ふだんずっと一人か、家族だけと一緒にいる状況を「孤立無業」と名づけ、実状を調べてきました。

孤立無業の人々は、英語名の頭文字を取ってSNEP(スネップ)とも呼ばれます。孤立無業(スネップ)は、家族とは一緒の時間がある「家族型」と、ずっと一人の「一人型」に分類できます。
孤立無業(スネップ)に注目した背景には、ひきこもりの存在があります。これまでも内閣府などでひきこもりの調査が行われてきました。しかし、社会との接触を断っているひきこもりに、その生活実態をたずねるのは、簡単ではありません。それに対し、誰とどんな生活をしているかを客観的にたずねるのが社会生活基本調査です。そこからはひきこもりや若年無業者(ニート)など、社会と距離を置いている人々のふだんの状況を知ることができます。

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調査からは、20~59歳かつ未婚の無業者について、スネップとあわせ、友人や知人と交流のある人々の推移がわかります。2001年には、スネップと家族以外に交流のある無業者は85万人前後と、同規模でした。それが2011年になると、スネップは162万人と倍増します。2016年には求人増加の影響もあり、友人や知人と交流のある無業者は20万人減りました。一方、スネップは156万人と、ほとんど減りませんでした。
 スネップの大部分は家族型が占め、2016年には115万人にのぼります。同時に誰とも交流のない一人型も増え続け、2016年は41万人に達しました。
 これまで、ひきこもりには男性が多いと言われてきました。スネップにも男性がなりやすい傾向はみられました。研究からは、高校を中途退学した人々ほど、働くのをあきらめてニートになりやすいとも言われます。高校中退者にはスネップになる傾向もありました。
 ところが、最新の調査結果をみると、スネップには女性もたくさん含まれます。大学や大学院を卒業した未婚無業者にもスネップが多くなっていました。
 社会から孤立した人々には、心身の病に悩む人も多いと予想する向きもあります。たしかにスネップには、友人・知人と交流のある未婚無業者と比べ、健康状態がよくない傾向があります。一方、病気がちでも病院での受診や治療には積極的でないのも特徴です。
 ひきこもりを含むスネップに、インターネットでのゲーム等から抜け出せない「ネット中毒者」が多いかといえば、そうとも言えません。大規模な調査からは、一般的なイメージと異なった、ひきこもりを含む孤立無業の姿が浮かび上がります。
スネップを年代別にみると、30歳代や40歳代で大きく増加しています。そこには、1990年代から2000年代前半の深刻な不況期に学校を卒業し、就職に困難を極めた、いわゆる「就職氷河期世代」も含まれます。今ではひきこもりもスネップも、若者だけの問題ではなく、 中高年も多くを占めています。
若い頃、希望する就職ができなかった就職氷河期世代では、今も無業の状態を続けている場合が多くあります。それらの人々には、結婚して子どものいる割合が、働いている同世代よりも少ないようです。別の調査によると、3人に2人が親と同居生活をしていました。
 困難を抱え続ける氷河期世代が生まれた背景には、新卒採用重視の雇用慣行があります。日本では、正社員に雇用される機会が新規学卒時に集中します。そのため、一度そのチャンスを逃すと、不安定な非正社員もしくは無業者にとどまるリスクが高くなります。就職氷河期世代は、このようなリスクが多くに直撃した世代と言えます。
 70代の引退した無職の親と40代の無職で独身の子どもが同居し、生活に困り共倒れ寸前にある状況を、最近は「7040問題」と呼びます。40代の氷河期世代のスネップの多くは、ひきこもり状態と同時に、この7040問題の状況にもあてはまります。
 7040問題は、やがて80代の親と50代の子どもの8050問題になる可能性もあります。親がいなくなった後、孤立した人々の貧困や孤独死などを防ぐため、早急に手を打っていく必要があります。

 そこで政府も、来年度から就職氷河期世代支援プログラムの実施を決め、3年間で30万人の正社員化を目指しています。
 ひきこもりや長期にわたって無業状態の人々には、多様な社会参加の実現を政府は目標に掲げています。具体的には、ひきこもり地域支援センターの専門チームが、市町村の自立相談支援機関へのアドバイスを充実させます。中高年向けを含む居場所づくりの取り組みを広げるなど、中高年やその家族への支援強化も計画中です。
 その他に、7040問題や8050問題の対策として、私が提案したい取り組みがあります。
それは、長く働けなかった中高年の子どもと元気な高齢の親が、一緒に働く「親子ペア就業」の機会を広げることです。ひきこもりやスネップも、一人で職場に溶け込むのは並大抵ではありません。しかし職場で親と一緒なら、勇気を出して働けるかもしれません。
 雇い主も、親子で働いてくれることにはメリットがあります。ひきこもりだった人々と直接のコミュニケーションが最初は難しくても、親を介して指示や意思を伝えられます。人手が足りない会社は、親子ペア就業で求人の充足も進みます。
親子ペア就業が実現すれば、それぞれ短時間の仕事でも、世帯全体でみると一定の収入が得られます。農林水産業、小売業、製造業など、自営業で働くことが多かった時代では、家族が力をあわせて働くのは自然なことでした。他人との接触が苦手で、ひきこもりに近い家族がいても、親、きょうだい、親戚と共に働くことで生活できました。
ひきこもりとその家族を支えるには、社会参加の取り組みを広げると同時に、家族で助け合って働くという原点に立ち返った取り組みも求められます。

 これらの取り組みを通じ、ひきこもり状態にあった人たちや家族にも、新たな仕事や生活を実現する希望が生まれます。
その希望をさらに育むために、他にもやるべきことがあります。ひきこもりへの社会の視線を見直し、支援の輪をもっと広げることです。
 ひきこもりは、これまで特別な存在と思われがちでした。しかし、100万人を超えるひきこもりやスネップには、いつでも誰でもなるかもしれません。それが現代社会です。
ひきこもりを他人ごとと決めつけない。ひきこもりは個人の問題ではなく、社会の問題。人と人とのつながりで、必要な支援や情報を自然体で届けられる。そんな社会が求められます。8050問題の歯止めには、地域社会での支え合いや、お互いの存在を認め合う関係づくりがカギを握ります。
 私は、自立へと進んだひきこもりやスネップを多く見てきました。個々の事情を理解し、適度な距離感で寄り添ってくれる。きまってそこには、ひきこもり本人と相性の良い支援者との出会いがありました。当事者につながる経験豊富な支援者を、社会全体で支援する。そんな「支援者支援」の広がりが、今後ますます必要なのです。

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