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「『受益感』ある 税の使い道とは」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 井手 英策

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古今東西、どの国を見わたしても、税金を喜ぶ人はいません。しかし、その税金を使いこなすのがうまい国と、そうでない国との違いはあります。
スウェーデンやデンマークといった北欧諸国をみなさんもご存知でしょう。高負担で知られるこれらの国々は、税と社会保険料をあわせた国民負担率が6割近くに達しています。日本の43%とくらべるとその差は明確です。

では、大きな負担は、国民を不幸にしたのでしょうか。反対です。所得、健康、社会の支援、自由、信頼などで比較された、国連の幸福度ランキングを見てみますと、北欧諸国が上位を独占する一方、日本の順位は58位です。
不思議なのは、北欧の人たちよりも、私たちのほうが税の痛みに苦しんでいることです。ある国際調査によると、「中間層の税金が重たい」と感じている人の割合は、日本のほうが北欧より高いことがわかります。内閣府の調査を見ますと、国民の9割以上が自分は中間層だと感じています。つまり、「中間層である自分たちの税金は重い」と多くの人が感じているのです。
北欧よりも税の軽い私たちのほうが税の痛みが大きい。理由はいったいどこにあるのでしょう。
最大のポイントは、税と給付、つまり「取られる痛み」と「もらえる嬉しさ」のバランスが取れていないことです。

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日本の社会保障は先進国のなかで充実したほうなのですが、その大部分が高齢者に向かっています。反対に現役世代にむかう社会保障はとても少なく、先進国のなかでも最低レベルです。社会保障だけではありません。子どもの教育の自己負担も先進国でトップレベルですから、現役世代の負担感は深刻です。
ここ数年、勤労者世帯の収入が増えつつあります。ですが、いまだにピークの1997年、つまりいまから22年前の水準すら回復できていません。所得の低下が続くなか、現役世代は将来不安に苦しんでいます。これに租税負担がくわわれば、反対の声があがるのもうなずける話です。
次に、「みんなの利益」が小さいのも、日本の財政の特徴です。
例えば、義務教育、外交、防衛といったサービスは、所得が多い、少ないとかかわりなく、みんなが受益者になれます。しかし、それ以外のサービスは、所得制限が入り、大部分の人には、授業料や医療費などの自己負担が発生します。
これにたいして、他の先進国では、「みんなの利益」が広い範囲にわたっています。例えば、ヨーロッパでは、多くの国で大学がすべての学生に対して無料になっています。イギリスやカナダでは所得とは無関係に医療費がかかりません。フランスの児童手当制度でも所得制限はつけられていません。
利益が低所得層に集中する、自分たちの暮らしは自己責任、そう納税者が感じてしまえば、受益者への批判が強まり、税の痛みは強まってしまいます。
このことは、格差を小さくすることへの賛成をむつかしくするでしょう。

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所得格差を小さくするには、2つの方法があります。1つは、富裕層に税をかけ、所得を減らすやり方です。もう一つは、貧しい人たちにお金を給付し、所得を増やすやり方です。実際、財政による格差是正効果を見てみますと、税をつうじた是正効果も、給付をつうじた是正効果も、先進国のなかで非常に弱いのが現実です。
最後に、政府への信頼に触れておきたいと思います。さまざまな国際調査を見てみますと、日本の政府への信頼度は最底レベルです。信頼できない政府は、私たちの税を、約束とは違う目的に使うかもしれません。あるいは、増税の前にムダをなくせ、という批判が出るのも、政府不信のあらわれでしょう。
とくに問題なのは、ムダづかいを洗い出すプロセスで、犯人探しが始まったことです。公共事業、特殊法人、公務員や議員の給与、生活保護の不正利用、復興予算の流用、そして医療費など、次々と標的を変え、多くのムダ使い批判が繰り返されてきました。だれかを疑い、非難する、そんな疑心暗鬼が政治を覆い尽くしたのです。
このように、税の痛みは、中間層の受益者への不満、政府への不信、他者への疑心暗鬼、つまり、社会が分断されてしまっていることと表裏の現象だといえるでしょう。
反対に言えば、税の痛みをやわらげる努力は、人びとのつながりを強め、負担を分かちあい、社会全体の幸福を考えることだ、とも言えます。

では、つながりある社会を作るために、私たちは何をすべきでしょうか。
まず「みんなの利益」の範囲、受益の範囲を広げながら、税を「取られるもの」ではなく、「暮らしの会費」だと感じられるようにすることです。
赤ちゃんは、ほったらかしにされれば、みな死んでしまいます。一生病気にならない、介護を必要としないと断言できる人もいません。このようにだれもが必要とする子育て、教育、医療、介護といったサービス、つまり「ベーシックサービス」をすべての人たちに提供し、税の痛みをやわらげていくのです。
税の中身も大切です。消費税にはふたつのメリットがあります。ひとつは、所得税や法人税とくらべ、圧倒的な税収があがること。もうひとつは、法律で税の使い道が、年金、医療、介護、子育てに限られていることです。
ですから、防衛費など、別の予算に流用しにくい消費税を使って税収を確保しつつ、私たちの暮らしの保障機能を強め、そのうえで低所得層の負担が大きくなる「逆進性」を緩和するため、所得税や法人税、相続税などでこれを補完していけばよいのではないでしょうか。
以上の、税による生活保障の強化という提案には、批判も考えられます。
ひとつは景気への影響です。しかし、税収を借金の返済に用いるのか、それともさまざまなサービス給付に用いるのかによって、経済効果はまったく違ってきます。とった税をきちんと給付に回せば、雇用や消費を生み、経済へのマイナス効果も抑制できます。
これと関連して、増税が手取りを減らしてしまうという心配もあります。たしかに手取りは減ります。しかし、同時に、子育てや教育、介護などにかかるコストも軽くなっていることを忘れるべきではないでしょう。
消費税の逆進性を重く見れば、低所得層対策も必要となります。その場合、制度を複雑にし、富裕層にも効果がもれる軽減税率よりも、住宅手当を創設し、低所得層に直接給付したほうが、より大きな効果が期待できます。
北欧諸国は、社会への信頼度がとても高いことで知られています。それは、税を頭ごなしに否定するのではなく、税の使い道を工夫し、受益者を広げ、だれかを疑う必要のない仕組みを地道に作り出してきたことの結果でした。
いまの日本では、所得の減少が将来不安に直結してしまいます。いや、それどころか、貧しい家庭に生まれた、障害をもって生まれた、そんな運・不運で一生が決まるような、理不尽な社会になりかけています。
税の使い道をみんなで考えることは、そんな理不尽さを正し、子どもたちがもっと幸せになれる社会を残していくことに他ならないのです。

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