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「消費増税後の税・社会保障を考える」(視点・論点)

政策研究大学院大学 特別教授 井堀 利宏

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政府は10月から消費税率を10%に引き上げました。同時に、食料品などに8%の軽減税率を導入したり、子育て支援や景気対策の名目で歳出を増やしたりしましたので、借金の返済に回せる金額はあまり期待できません。10%へ消費税を増税しても、残念ながら抜本的な財政再建にはほど遠い状況です。今後も財政状況は厳しいままですので、さらなる増税や歳出の効率化・抑制は、避けられないでしょう。まして、歳出の抑制が進まず、財政規律がしっかりしなければ、消費税率を将来20%まで引き上げたとしても、財政再建は難しいでしょう。
私は、若い世代や将来世代に重い負担が転嫁されないように、歳入・歳出両面で財政再建策を早めに進めるとともに、勤労世代が自助努力で老後に備えるように、社会保障制度を改革すべきと考えています。今日は、こうした点をお話ししたいと思います。

最初に、消費増税の目的である財政再建についてみておきましょう。

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日本の財政は、歴史的にもまれな悪い状況です。太平洋戦争のような非常時でない平時にもかかわらず、1990年代以降、債務残高の対GDP比率は上昇をつづけて、200%を超えています。政策的経費と税収との差額である基礎的財政収支も赤字のままです。
政府の財政再建目標は、基礎的財政収支を2020年度までに均衡化させることでした。しかし、消費税率の引き上げが遅れたことや、経済成長が低迷したことで、この目標年次は2025年度に先送りされました。

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そして、今年7月に発表された内閣府試算では、基礎的財政収支の黒字化を達成できそうな年度が、現在の政府目標からさらに2年遅れの2027年度になると見込まれています。図の赤丸の成長実現ケースを参照してください。
ただし、この成長実現ケースの試算は、3%を超える高めの成長率を想定しています。黒丸は成長率1%程度のベースライン・ケースのシナリオですが、このように低めの成長しか実現できないと、財政再建は一段と遠のきます。

 そもそも、財政を再建するには、収入を増やすか支出を抑制するか、どちらかしかありません。

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前者の考え方は大きな政府をめざし、後者の考え方は小さな政府を目指します。福祉国家の手厚い社会保障サービスを理想とするなら、増税による大きな政府はやむを得ないでしょう。逆に、民間活力を重視するなら、歳出規模を抑制・効率化して、税負担も少ない小さな政府が望ましいでしょう。この選択は今後の税・社会保障を考える際に重要です。

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 もう1つの論点は、財政再建のタイミングです。「消費税を引き上げると、家計や企業は負担が増えるから困る」という議論があります。しかし、消費税の増税を先送りすると、将来増税する時点で家計や企業に負担を追わせてしまいます。
早めに財政再建すれば、現在世代には大きな負担ですが、その分だけ将来世代は助かります。逆に、財政再建を先延ばしすれば、現在世代は助かりますが、財政再建をせざる得ない将来世代には大きな負担が転嫁されます。
財政再建の望ましいタイミングは、両者を比較してどちらの世代が相対的に恵まれているのかで決まるでしょう。現在よりも将来の方が日本経済は厳しくなると考えれば、痛みのある増税や歳出削減を早めに進めて、将来世代に負担を転嫁しない方が望ましいでしょう。

つぎに、社会保障制度の改革について説明します。

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我が国の社会保障制度は、公的年金、医療・介護保険も基本的に勤労世代が同じ時期の高齢世代の面倒をみるという賦課方式で運用されています。少子高齢化社会では、支える側の勤労世代の人口が減少し、支えられる側の高齢世代の人口が増加します。こうした状況で賦課方式の社会保障制度を維持するには、一人あたりでみて、勤労世代の負担を増やすか高齢世代の給付を減らすか、どちらかの選択肢しかありません。
いずれの選択肢でも、将来世代ほど勤労期の負担が増加するか、高齢期の給付が減少するかしますので、負担と給付の関係は厳しくなります。他方で、今の高齢世代は過去にそれほど保険料を負担していなかったにもかかわらず、それなりの給付を受けています。現在あるいは近い将来に高齢となる世代の給付水準が適切かどうか、また、低所得の高齢者など政策的に配慮すべき人々が対象者として適切に設計されているかどうか、常に見直す必要があります。

長い目で見て賦課方式の社会保障制度を持続可能にするには、少子化を食い止めて、勤労人口を増加させることが必要です。高齢者に偏った社会保障給付の配分を全世代型に見直し、子育て世代の支援を充実することは望ましいでしょう。しかし、かりに出生率が回復しても、それは20年以上経ってようやく勤労人口の増加につながります。2020年代の社会保障改革にはとても間に合いません。

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少子高齢化の進行は、図のように、長期的な趨勢です。こうした人口動態の変化、つまり人口減少下での高齢化を前提として、それでも若い世代や将来世代の負担が重くならないように社会保障制度を改革すべきです。
2004年に政府は相当大幅な年金改正を行いました。すなわち、2017年以降に厚生年金と国民年金の保険料を固定し、また、マクロ経済スライドを導入しました。これらは高齢化を考慮して,将来の給付額を実質的に目減りさせるものです。保険料を引き上げないのであれば、給付水準の目減りは避けられません。ただし、高齢化社会では、社会保障の受給世代の人数が多くなりますから、給付水準の引き下げは政治的に容易ではありません。

団塊の世代が社会保障受給の中心的な世代になりつつある今、2020年代後半にかけて急増する社会保障需要を同時期の勤労世代が支えきれるとは思えません。公的に保障する範囲をセーフティーネットに限定するように社会保障制度を改革して、個人が自前で老後のリスクに備えることが大切です。勤労世代が自助努力で老後の必要資金を準備できるように、個人勘定による積立を充実させるべきでしょう。

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たとえば、シンガポールでは積立金制度を採用し、個人勘定への強制貯蓄による自助を基本としています。オーストラリアでは退職年金基金を整備し、事業主に強制的に拠出させることで、多くの勤労者が積立方式の年金制度に加入しています。
わが国の個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」も同様の制度ですが、普及は遅れています。すべての勤労者にこの口座を割り当て、老後資金のかなりの割合を自助努力で賄えるようにすれば、賦課方式の公的年金はスリム化できます。

医療・介護保険については、積立金なしの純粋な賦課方式で運用されていますので、団塊の世代が後期高齢者になる2020年代後半に、巨額の財源が必要となります。したがって、今のうちにもっと財源を捻出して、基金を準備しておくべきでしょう。

2012年の3党合意は、消費税増税に多くの与野党が賛同した画期的な合意でした。与野党を問わず、将来世代の利害も考慮する見識ある政治家が、財政健全化の具体的な道筋で再度合意することを期待したいと思います。そのためには、歳入、歳出両面で税や財政の透明性、公平性を高めて、増税という負担に国民が納得できることが重要です。
その上で、若い世代や将来世代の負担が重くならないように、財政再建を早めに進めるとともに、勤労世代の自助努力を促進させる方向で、社会保障制度を改革すべきと考えます。

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