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「アジアの子どもたちを東京五輪へ」(視点・論点)

元陸上選手 為末 大

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オリンピック・パラリンピックの開催まであと1年を切りました。各選手、様々な活動を行っていますが、現在、私はブータンを含むアジアの国の選手達の支援を行っています。現在、選手達は東京オリンピックを目指して、出場をかけてトレーニングを行っています。
今日は、私がなぜこのような活動をするに至ったか、少しご説明したいと思います。

私の最後に出場したオリンピックは2008年の北京オリンピックでした。選手としては、予選を通過することはできませんでしたが、その後、選手村に数日間滞在をしました。その選手村の中で、北朝鮮の選手と韓国の選手が食堂で隣り合わせで座っている風景を見ました。何か2人の選手が話していたわけではないのですが、この選手達が食べ物をお互いに渡し合うという風景を見て、スポーツには、平和に対して貢献できるスポーツ外交の力があるのではないかというのをそこで直感的に感じました。
ぼんやりと引退した後に何か他国の支援になるようなことができないかということを考えるようになりました。

2012年、ロンドンオリンピックを目指したのですが出場ができず、2013年にアジアの各国を訪問するということを行いました。その中にブータンという国がありまして、ブータンの中で、グラウンドで、実はブータンにはグラウンドが1つしかないんですが、そのグラウンドにいる時に、ブータンの陸上連盟の会長さんと会う機会がありました。
話をしていくと、ブータンではスポーツの支援というのがなかなか行われず、コーチのレベルも上がらず、選手達が競技力を上げるのが難しいという現状を聞いて、何か私にできることがないかということを話しまして、
それから半年後にもう1度ブータンを訪れました。非常にその時には喜んでいただきました。これまでブータンを訪れた方の中で、もう1回ブータンに訪れるという話をして、ほんとに訪れたのは私だけだったという話をされて、それからブータンと私のコーチングとしての関係が始まりました。
初めてトレーニングを見た時は、選手達がウォーミングアップをする時にそれぞれまったく違う動きをしていて、ほんとにトレーニングを学んだことがないというのにもビックリしましたし、例えば栄養の授業を行った時にタンパク質を含んでいる食べ物を指してくれという時に、ポテトチップスの食べ物を指すというようなこともありまして、ほんとに1からスタートするというような活動でした。

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毎年ブータンに行き、選手達にトレーニングをするということを行っていきまして、徐々に選手達のレベルも上がってきました。その中で才能を持っているタシ君という選手と出会いまして、その選手を重点的にコーチングするようになりました。

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初めて会った時は高校1年生だったんですが、現在では大学に入り、大学生として競技を行っています。このタシ選手との出会いで様々なことを私も学びましたし、様々なことを話すことができました。陸上競技に対して彼が持っている情熱の話も聞きましたし、また彼が将来、コーチになりたいというような話も最近、聞くようになりまして、大きな可能性を感じるようになりました。

日本のスポーツの強さというのは選手のレベルの高さもあるのですが、現場のコーチングのレベルが高いと言われています。更に日本では部活動というシステムがありましたので、たくさんのスポーツ指導者がいます。日本にいるとあまり気づかないことですが、世界に出て行くと、日本のスポーツというのは非常に教育と結びつきが強く、スポーツの中で人を育てるということを自然と行うという考えが含まれています。私の中にも日本のスポーツの文化で育ったことで、自然とスポーツを通じて教育をしたいという思いがあるのに気づきまして、日本がアジアの国に貢献できるというのは、選手として活躍するのはもちろんのこと、アジアの選手達を日本の指導者が育成することでアジアの発展、またはアジア各国の友好に貢献できることがあるのではないかということを、このタシ君とのコーチングの関係の中から私自身も気づかされました。

こうして指導していく中で、それ以外にもネパール、ラオス、スリランカとアジアの他国との関係も生まれてきまして、昨年からこれら4か国の選手達を招き、日本で3週間程度の合宿をするということを始めています。選手達を呼びまして、予算がそれほどなかったので、ほんとうにマンションの一室を借りて、そこにみんなで住みながら合宿をするという形だったんですが、はじめのうちは、英語でのコミュニケーションということもあり、少しよそよそしいところもありましたが、最後の数日間になってくると本当に兄弟のように選手達も仲良くなり、またトレーニングもよく頑張ってくれて、この中の選手のうち、4人来た選手のうち2人がもう既に自己ベストを出しているという状況になっています。

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この合宿の風景を見まして、私の中で、自分の中でもハッキリしなかった、やりたかったことというのがすごくクリアになりました。こういった選手達が同じスポーツを通じて交流を育むことで、彼らが将来大人になった時にコーチになり、日本で学んだ指導方法を各国の選手達に伝えてくれることで、各国の中でコーチングの循環が回るということが1つ、もう1つは、こういった選手達が若い選手の時代に交流をしていることで、各国、友好の輪が残り、その選手達がそれからもお互いを尊敬し合い、仲間として認識し合うということが生まれるのではないかということを感じました。

来年もこの合宿を予定していますし、東京オリンピック・パラリンピックを越えてもこの合宿を続けていこうと、今は感じています。東京オリンピック・パラリンピックに向けてこのブータンの選手、ネパール、ラオス、スリランカの選手達も一生懸命トレーニングをしています。残念ながら今のレベルでは標準記録を破り、自力でオリンピックに出場することは難しいですが、オリンピックには各国一枠、オリンピックを経験するようにしてほしいという思いから枠が与えられていまして、各選手は、それぞれの国で一番になり、この枠を目指して、今トレーニングをしています。来年、東京オリンピックで選手達みんなが集まって、トレーニング談議をしながら競技での結果を見られることを今は非常に楽しみにしています。
オリンピック・パラリンピックが始まった元々の目的の中に若者の教育、それから世界平和を実現するという思いがあります。これはクーベルタン男爵が提唱しました。私自身は今、このアジアの活動を通じて、選手達が少しずつでも競技者として成長し、それからコーチとして成長していき、最終的にはスポーツを通じて、1人の国際人として友好の輪を広げるリーダーになってほしいという思いを持っています。
現在、選手達の平均年齢は19歳で、一番上の選手でも21歳ですが、少しずつこのような考えを今、伝えているところです。

日本のスポーツが世界に貢献できることは、たくさんあると思いますが、私は自分の役割として、このアジアの選手達の育成とその選手達が将来友好の輪を築くということに貢献できないかということを考えて取り組んでいます。2020年、東京オリンピック・パラリンピックで彼らの姿を見られるのを今から非常に楽しみにしています。

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