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「米中対立の行方① トランプ政権の思惑と影響」(視点・論点)

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト 浅野 貴昭

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【米中対立の見取り図】

アメリカによる対中制裁関税の第4弾が9月1日に発動されました。12月には追加関税の対象がさらに広がる見込みで、これによってアメリカが中国から輸入するほとんどの物品に対して追加関税が課されることになります。米中貿易摩擦が過熱し、経済戦争へと拡大していく一方であるかのようにも見えます。

本日は、米中経済対立の見取り図を描き、アメリカ側の動きを中心に、
▼いま、米中間で何が起きているのか、
▼この米中対立はどこへ向かっているのか、
▼そして、日本の振る舞いはいかにあるべきか、
という3つのポイントを、順番に見ていきたいと思います。

【いま米中間で何が起きているのか】

<貿易>
アメリカのトランプ政権は、中国の不公正な貿易慣行を理由に、昨年7月から段階的に中国からの輸入品に制裁関税を課しています。

今回の関税引き上げは衣類やスマートフォンといった消費財が主な対象であるため、貿易摩擦の影響がより直接的にアメリカの消費者や中小企業に及ぶと見られます。制裁関税の一部の発動を12月へと延期したのは、アメリカの年末商戦に悪影響を及ぼさぬよう、トランプ政権なりに配慮した結果でしょう。

<輸出規制、政府調達、投資審査>
関税率の引き上げは、あくまでモノの移動に一定の制約を課すに過ぎませんが、それ以上に両国の経済関係を断ち切るかのような動きも進んでいます。

例えば、アメリカの先端技術や、その関連製品を中国企業に輸出することが難しくなりました。北京のアメリカ大使館では、輸出先となる中国企業を審査する体制が既に強化されているとのことです。

中国への輸出だけではありません。中国企業が提供する通信機器やサービスなどは、今年8月よりアメリカの政府調達から排除されています。さらに、外資企業による対米投資がより厳しく審査されることにもなりました。かつて中東のオイル・マネーや日本企業によるアメリカ企業の買収を懸念して整備された法律が、今度は中国企業に対する警戒感から強化され、重要技術を扱うアメリカ企業への外資企業からの投資をより厳しく精査し、国防上の観点から投資案件を差し止めることも可能になりました。

<華為>
こうしたトランプ政権による対中経済外交の焦点となっているのが、中国通信機器製造大手のファーウェイ社です。同社の発表によると、今年上半期の売上高は前年同期比23%増、同社の売り上げの約半分を占めるスマートフォンの出荷台数も24%増を記録しています。トランプ政権による厳しい姿勢にもかかわらず、堅調な数字といえますが、まだ政策の影響が及んでいないとも考えられます。今年の6月にファーウェイ社自身が発表した予測では、2019年のスマートフォンの海外販売台数が4割、約4000万台の減少となっており、これは日本における年間スマートフォン出荷台数を上回る規模になると指摘されています。

トランプ政権は、ハイテク産業競争力の強化は経済活動のみならず、軍事的な競争優位にも直結するとして、アメリカの技術管理政策を強めていく姿勢です。米中対立の長期化を見越して、既に製造業の一部では、製造拠点を中国の外へ移転させるなど、製品の供給ネットワークの組み替えも起きています。

【米中対立はどこへ向かっているのか】

それでは、この米中対立は新たな冷戦の始まりなのでしょうか。

今のところ、中国側が対立をエスカレートさせる兆候は見られず、今後のカギは、やはりトランプ政権が握っているとみるべきです。

対中政策をめぐっては、中国を囲い込み、孤立に追いやるべきか、或いはこれまでのような関与政策を修正して臨むべきか、という議論があります。トランプ政権による対中強硬策を支持するアメリカの若手専門家と対話をすると、もはや、対中関与か否か、という選択肢の設定自体が古いと彼らが感じていることが分かります。アメリカの中国を見る目が変わったのであり、今、起きていることは新たな冷戦の始まりだと言い切ります。こうした層が、既存のワシントンの政策人材の活用を忌避するトランプ政権と結びつく、というダイナミクスも見て取れます。

現に、アメリカの外交、安全保障当局を筆頭に、経済省庁や連邦議会までもが党派を超えて中国に対する厳しい姿勢を示すようになり、相乗作用でアメリカの世論も硬化しつつあります。ただ、今のトランプ政権が中国に求めているものは必ずしも明確ではありません。

トランプ政権は、中国に圧力をかけて貿易慣行の是正や構造改革の実施などを求めていますが、その真の意図が、中国の自由化や民主化の実現にあるならば、それはこれまでの関与政策が目指していたものと本質的には変わらず、中国からすれば妥協に応じる余地も限られます。
また、先月、トランプ大統領は、アメリカ企業に中国市場からの撤退を検討するよう示唆し、ショックが広がりました。合衆国大統領にはそれを指示できるだけの権限がある、とトランプ大統領はうそぶきますが、それは法的には未知の領域に入ると言わざるを得ません。政権が米中経済関係の完全な分断へと突き進めば、経済界などは強く反発するでしょう。しかし、政治的な突風が吹き荒れているときは頭を低くしておくしかない、という「大人の知恵」は洋の東西を問わず共通です。かつて米中対話を積極的に担っていたアメリカの関係者からは、今、一種のあきらめのようなものすら感じます。

ただ、今の対中強硬路線を後押ししているステークホルダーがそれぞれ抱えている問題意識、利害関係、そしてゴールのイメージはバラバラであるだけに、今後の情勢の推移次第では、足並みが乱れてくる可能性があります。

そう考えますと、来年のアメリカの大統領選を控えて、考え得る最善のシナリオは限定的な通商合意と構造的課題の先送りです。そして、最悪のシナリオは、香港や台湾の問題も巻き込み、戦線が拡大し、交渉の糸口すらつかむことができないまま、米中が決裂してしまうことです。

それでは、政権交代があれば、米中対立の着地点は見えるでしょうか。野党である民主党が政権を担えば、アメリカの中国へのアプローチは変わると思います。しかし、輸出規制や対米投資審査の強化といった政策の歯車の一部は既に回り始めてしまっており、これらを逆転させることはできますが、それには時間を要します。

【日本の振る舞い】

さて、米中対立は、当然、両国と深い経済関係にある日本にも影響を及ぼします。

先月、日米間の通商交渉が原則合意に至ったと発表がありました。その際に日本の農産品市場の開放が強調されたのは、まさに貿易摩擦によってアメリカから中国への農産品輸出が、大豆を中心に滞っていることと無関係ではありません。

また、政権発足以降、とかく話題を提供してきたトランプ通商ではありますが、実は確固とした成果は非常に限られています。その為、中西部激戦州の農業票を確保し、大統領選の勝利を確実なものとしたいトランプ大統領にとって、短期間で日米合意をまとめ上げ、農産品の輸出先を獲得したとアピールできたことは大切な成果です。

しかし、トランプ政権に政治的な恩を売ることが日本の経済外交の目的ではありません。

中国の貿易慣行を正すという名目で、トランプ政権は強圧的な経済外交を展開していますが、これは日本にとっては「諸刃の剣」です。国の大小が事を決するような国際システムは決して日本の国益にはなりません。

アメリカ離脱後のTPP、環太平洋パートナーシップ協定の枠組み維持に努力した日本の経済外交の次なる課題は「ルールに基づく経済秩序」という言葉を単なるスローガンではなく、実効性のあるものとする実直な外交努力であると思います。

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