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「米・イラン 対話はなるか」(視点・論点)

慶應義塾大学 教授 田中 浩一郎

 わが国がエネルギー供給を大きく依存するペルシア湾岸地域に緊張が走っています。これは40年来敵対する、アメリカとイランの危機が高じて、軍事衝突に至るかもしれないという懸念が広がったためです。このように情勢が緊迫化する中、急遽、安倍総理がイランを訪問し、旧知の間柄であるロウハニ大統領に加えて、最高指導者ハメネイ師と首脳会談を行うことになりました。
 本日は、12日から始まる、日本の首相として40年ぶりのイラン訪問について、その背景の分析、目標と意義の確認、さらには勘所の押さえ方について整理してみます。

そもそも、なぜ状況はここまで緊迫化したのでしょうか。発端は、2018年5月に遡ります。アメリカのトランプ大統領は、オバマ前政権時代にアメリカがヨーロッパ諸国などとともに作り上げた、イラン核合意から一方的に離脱したのです。

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その後も辛抱強く合意を守り続けるイランに対して、アメリカは、それまで停止していた経済制裁を復活させ、ついに日本や中国などがイランから原油を輸入することを全面的に禁じました。反発したイランは、核合意で履行してきたウラン濃縮に関する制約などを、段階的に撤回していく意向をヨーロッパ諸国に伝えてきました。イランの動きは核合意の存続を危うくしかねないものですが、それを盾に原油取引と金融決済の正常化を果たすよう、ヨーロッパに迫っているのです。
 同じ頃、イラン軍に不穏な動きが見られるとして、トランプ政権は、空母や爆撃機の派遣を決定しています。その最中、ペルシア湾の近辺でタンカーに対するサボタージュが発生したことから、アメリカは、先ごろ、テロ組織に指定したイランの革命防衛隊の仕業であるとして、サウジアラビアなどとともに非難の色合いを強めました。
タンカーへの攻撃は、偶然にしては出来過ぎの感がありますが、こうして一触即発の事態が生まれたのです。指摘するまでもなく、ペルシア湾とホルムズ海峡における有事の発生は、日本にとって一大事です。

 事態のいっそうの悪化が危惧される中、転機となったのが5月の日米首脳会談でした。イランではハメネイ最高指導者が「アメリカとの戦争は望んでいない」と、公の場で発言していましたが、令和元年、最初の国賓として来日したトランプ大統領も、イランに対する強硬姿勢をやや改め、いまの体制の下でのイランとの対話への期待とともに、安倍総理による仲介努力を支持すると語ったのです。さすがにトランプ大統領も、不測の事態に発展しかねない、異常な状況を危惧したと考えられます。
こうして、2015年7月の核合意成立以来、たびたび検討されてきた安倍総理のイラン訪問が、急転直下、この難しい局面で実現に向けて動き出しました。
しかし、トランプ氏が日本滞在中に見せた言動によって、イランを取り巻く、一方的で厳しい環境が改善された、と考えるのは早計です。トランプ政権内には、イランへの圧力が弱まり、対話ムードが醸成されることを快く思っていない、ボルトン大統領補佐官に代表される、レジームチェンジ・体制転換論者がいます。安倍総理の仲介を歓迎したトランプ大統領も、その後、イランへの制裁を強化しており、本心が疑われます。実は、アメリカには、イランとの緊張を口実に、緊急事態を宣言することで、サウジアラビアなどに対する米国製兵器の輸出手続きを、アメリカの議会に諮らずに進めようとする、別の意図もあります。

緊張が増すアメリカとイランの仲介を、最近ではスイス、オマーン、イラク、ドイツなども試みています。ここでポイントとなるのは、これらの仲介国の一部に加え、サウジアラビアやイスラエルなどと連絡を取りながら、満を持して訪問する日本の安倍総理が、イランの指導部との対話を通じて、何を目指すのか、です。

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この図は、安倍外交の目標とそのアプローチを、期待できる効果とともに想定し、その難易度を評価したものです。上から下に行くほど、難易度が上がります。もっとも平易であるのが、アメリカとイラン、そして地域の関係国も含めた国々に、事態の悪化を避けるよう、行動の自制を働きかけることです。これは、いまのように高まった緊張を、できる限り正常な状態に戻すための試みです。
日本を含めたアジアにとっては、イランのみならず、ペルシア湾地域が戦火に飲み込まれる事態がもっともリスクが高いため、この目標とアプローチにはじゅうぶんな意義があります。しかし、対立の根本的な要因を取り除くものではないため、持続的な効果は期待しづらいところです。
そもそも、アメリカとイランとの対立を激化させた原因は、約1年前のアメリカによる核合意からの離脱にあります。したがって、仲介国として一肌脱ぐのであれば、日本は、イランに自制と核合意の遵守を求める一方で、アメリカには合意への復帰と制裁の停止を求めなければなりません。トランプ大統領との個人的な関係に基づいて、安倍総理がこれに成功するのであれば、日本外交の評価は格段に上がるでしょう。しかし、合意復帰がほぼ不可能であることは、核合意に対するトランプ政権の拒絶反応を見れば、自明です。
他方で、アメリカとイランの直接対話のお膳立てや、新たな合意の締結に向けた交渉を手助けすることも考えられます。しかし、ここでは国際原子力機関IAEAがお墨付きを与えているように、現在の核合意を遵守してきたという、極めて正当な立場を主張するイランが妥協することも、イランにシリアからの軍事的撤退など、全面降伏を迫ってきたアメリカが要求を後退させることも、まったく期待できないのです。

なお、仲介に乗り出す以上、会談が物別れに終わり、日本が説得しても無駄だったという、トランプ政権内のタカ派たちにとって、外交から軍事行動に転じるためのアリバイとして使いやすい状況を作り出すことは、避けなければなりません。現実的に考えれば、安倍総理のイラン訪問を通じた目標は、当事国の抵抗が根強い仲介よりも、当座の緊張緩和に重点を置くことが妥当でしょう。

 とはいえ、核合意の存続が危ぶまれるいま、当座の成果だけで満足していいのでしょうか。核合意が崩壊すれば、イランによるウラン濃縮が拡大し、事態はますます緊迫化します。かつて懸念された、イスラエルによる対イラン先制攻撃も、再び取り沙汰されるでしょう。原油を輸出できないイランが未曾有の経済的な混乱に陥り、国家としての体をなさなくなるかもしれません。ペルシア湾にもっとも長い海岸線を有し、ホルムズ海峡を臨むイランが、かつてのイラクのような無秩序に陥ることで生じる新たなリスクは、現在の比ではないでしょう。
 最後に、視点をイラン側に移して眺めてみます。安倍総理の訪問に関する彼らの事前評価は、期待と懐疑論が入り乱れたものです。その中で、特にハメネイ最高指導者は、トランプ氏に近い安倍総理には、自分たちに平板な自制を求めるだけではなく、アメリカにも核合意に関してスジを通すように要求していることを、有益な対話の前提と見ているでしょう。トランプ氏に遣わされたメッセンジャーに過ぎなければ、イランがいかに親日的であるとしても、一時的な緊張緩和以外の成果は期待できません。
この先に控える、重大な危機の芽を事前に摘み取るためにも、安倍総理は、アメリカとの再交渉に否定的なハメネイ師から信頼を得る必要があります。そのためには、仮にアメリカの意に反したとしても、日本政府が二次制裁を恐れることなく、日本の民間企業にかわってイラン原油を買い続ける姿勢が不可欠となります。検討されてきた、貿易決済を行うための、いわゆる金融スキームの提供は、この分野で先行したヨーロッパ諸国の事例が、実質的な失敗に終わったこともあり、それ自体で日本の立場が評価されるには至らないでしょう。ここを読み誤ってはいけません。
 今回の安倍総理のイラン訪問を通じて、日本外交は、アメリカに抵抗するという未知の領域に踏み出すことが求められているのです。

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