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「始めませんか『子ども弁当の日』」(視点・論点)

子どもが作る”弁当の日”提唱者 竹下 和男

私は2001年から「子どもが作る“弁当の日”」を全国の学校で実施してほしいと講演・執筆活動をしている元小・中学校の教員です。
38年間小中学校の教員として勤務し、定年退職をして今年でちょうど10年目になります。滝宮小学校の校長として赴任した年に、ランチルームで給食を食べている子どもたちの中に、「食べる楽しさ」が感じ取れない子がいることに言いようのない不安を覚えました。それは成長しにくい環境にあることを訴えている子どもからのサインに思えたのです。

その改善方法が、私が訴える「子どもが作る“弁当の日”」です。その実践校は全国で2300校を超えました。宮崎県と福岡県は県ぐるみで“弁当の日”を実施しており、他に市町村単位で取り組んでいる地方公共団体は10か所を超えました。

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まずこの写真を見てください。
右の6年生の女の子が弁当を食べようとしています。それを左の1年生の男の子が給食を食べながらのぞきこんでいます。ここは香川県の滝宮小学校のランチルームです。実は、この弁当は児童の手作りです。しかも献立から、買い出し、調理、弁当箱詰め、片づけまで全部、自分一人で作った弁当です。先生たちは保護者に「親は手伝わないでください」と訴えてきました。

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次の写真も構図は同じです。でも、お気づきでしょうか。のぞかれている男の子は前の写真で弁当を覗き込んでいた男の子です。つまり、1枚目の写真の5年後の写真なのです。

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そしてこの3枚をあわせると18年がかりの、連続写真になります。自分一人で作った弁当を食べている先輩は、のぞき込んでいる後輩にとって、具体的な未来の自分なのです。子どもの健やかな成長を願うのなら、身近に憧れの存在を準備してあげるべきです。「のぞいてた 私が今度は のぞかれる」。私は先輩から後輩へという学校現場にとどまらず、「子が親になり、その子がまた親になり」という、家庭での世代間のつながりもイメージして18年間撮影してきました。

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また、こんな写真もあります。小学5年生の4人の女の子が弁当を誇らしげに見せてくれています。朝8時前に登校してきた子どもたちが、授業が始まる前に自作弁当を見せてくれています。台所に立たせてもらえなかった子どもたちが“弁当の日”というチャンスをもらって親と同じように台所にたてたことが嬉しくて仕方ないという表情です。

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その彼女たちが、14年後に、滝宮小学校の中庭に自作弁当をもって訪れてくれました。「先生、毎日弁当を作っていますよ。楽しいです」。このうちの二人はもう母親になりました。子育ては大変なのですが、子育てを楽しんでいます。

私が滝宮小学校でスタートさせた“弁当の日”には3つの決まりがありました。一つ目は「子どもだけで作る」。献立・買い出し・調理・弁当箱づめ・片づけ、のすべてを子どもだけにやらせます。二つ目は「5・6年生だけ」です。“弁当の日”に必要な事前指導は小学校5年生から始まる家庭科の授業でしました。三つ目は「10月から2月までの月1回、年間で5回」です。繰り返さないと身につかないからです。

 2001年の4月、PTA総会で“弁当の日”の実施を発表しました。事前にPTA役員お二人にお話しましたら、予想通り反対されました。「包丁を持たせていません」「ガスコンロにさわらせていません」「早起きができません」がその理由でした。教員も乗り気ではありませんでした。学習指導要領にはない実践です。授業の準備、授業時間の確保、個々の子どもの家庭の事情、負担増からくる保護者からの不満対応がその理由です。

 それでも、私は校長の権限で、スタートさせたのです。弁当を見せっこする子どもたちの笑顔が保護者や教員を勇気づけてくれました。大人に成長していくために必要なステップであることを子どもたちが教えてくれたのです。

“弁当の日”に取り組んだ学校では、全国共通の感想文が出て来ました。一つは食材への感謝、もう一つは親への感謝です。この二つの感謝は、実は「いただきます」と「ごちそうさま」に込められています。そして親からは「親子の会話が増えました」という感想が圧倒的でした。

 “弁当の日”が「食育コンクール」で農林水産大臣賞、「キッズデザイン」で消費者大臣賞、そしてミラノ万博・日本館での紹介と認知度は少しずつ上がって行きました。それでも現在の実践校は全国の学校数の5%程度です。そして何より、“弁当の日”と聞くだけで拒否反応を示す大人たちの増加を講演先で、肌で感じてきました。子育てを楽しめていない親世代が増えているのです。

 講演の時、家族全員の朝ごはんの準備がひとりでできるかどうかの質問をしてきました。実は、菓子パンが朝ごはんという児童・生徒が多く、それでは料理したことにならないのでご飯とみそ汁という条件を付けての質問です。全国の小学生も中学生も、そして高校生も手が上がるのは1%です。つまり朝ごはんを作れなくて当たり前という環境の中で子どもが親世代になっていっているのです。学校給食がなくなる、中学校卒業以降の若者たちの食生活の乱れは、自分で食事が作れないことと深くつながっています。

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 私は子どもが健やかに育つために必要な時間を図のように考えています。「くらしの時間」とは家族と共に過ごす衣食住に関わる時間です。家族の団欒は人格形成の基礎づくりなのです。「あそびの時間」は大人のいない屋外で年齢のちがう子どもたちが群れになってあそび社会性を身につける時間です。「まなびの時間」は社会に貢献できる自己を作るための時間で、学校教育になります。「まなびの時間」には評価があり、優劣がつき、ストレスがかかります。そして強すぎるストレスは「あそびの時間」や「くらしの時間」に吸収・解消してもらうことが大切なのですが、多くの子どもたちが、それが出来にくい日常生活を送っています。「まなびの時間」が大きくなりすぎると子どもが育ちにくくなります。“弁当の日”はこの「くらしの時間」「あそびの時間」を充実させる力を持っているのです。

 食育基本法は2005年に施行されましたが、食育は、子どものうちから、もっと台所に立たせることから始めてほしいです。
昔からわが子を無条件で慈しむ心を「母性本能」と表現してきました。けれども育児に携わった父親にも母性的と表現される感情が生まれることから「次世代育成力」と表現する人もいます。つまりこの能力は後天的な能力なのです。

 “弁当の日”がひろがれば子育てが楽しいと言い切れる親世代が育ちます。それが児童虐待を減らし、子どもを貧困から救い、子どもの可能性を広げ、少年非行を減らし少子化対策にもなるという可能性を持っています。

全国の小中学校で、男女を問わず”弁当の日”に取り組ませてみませんか。そうすれば環境の中で子どもたちは自然に自立していき、いずれ親になる自分に自尊感情を持ち、未来に希望を持てるからです。

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