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「障害者も働きやすい社会に」(視点・論点)

福島大学 准教授 長谷川 珠子

皆さんの周りで働いている障害者はいらっしゃいますか。身近にはいない、という人も多いかもしれません。昨年夏に発覚した中央省庁等による障害者雇用の水増し問題は、大きな衝撃でした。国、地方公共団体および民間企業は、障害者雇用促進法という法律によって、法定雇用率以上の障害者を雇用することが義務付けられています。

「雇用義務制度」と呼ばれるこの制度の対象となる障害者は、原則として、身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を所持する者に限られています。しかし、多くの中央省庁では、それらの手帳によってではなく、恣意的にその人に障害があるかどうかを判断するという、極めて不適切な対応がとられていました。雇用されている障害者の人数を計算しなおしたところ、大幅な不足が判明したため、障害者を採用するための統一試験や面接が実施されました。今後は、試験や面接の方法をさらに改善するとともに、働き始めた障害者がその能力を十分に発揮できるよう、職場において適切な配慮がなされることが、強く望まれます。

 国による不正の一方で、民間企業における障害者雇用は着実な進展がみられます。

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厚生労働省が4月9日に発表した、民間企業における障害者雇用状況の集計結果によると、雇用されている障害者の人数と、実雇用率、すなわち、雇用されている障害者の割合は、ともに大きく上昇しました。グラフが示すように、2001年に1.49%であった実雇用率が、2018年には2.05%となりました。

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また、同じ時期について、雇用されている障害者の人数は、約25万3000人から約53万5000人と2倍以上になっています。このように、雇用義務制度によって、障害者雇用は量的に拡大してきているといえるでしょう。
 しかし、雇用の「質」の面では、雇用義務制度は十分な効果を発揮しません。障害者を数として雇うだけで、適切な仕事を与えなかったり、教育訓練をしなかったりする事業主がいるからです。障害者枠により優先的に採用されたとしても、労働契約の期間が有期であるため雇用が不安定であったり、賃金が低かったりすることは、少なくありません。このような問題に対処するのが、障害者に対する差別の禁止です。
先に述べた障害者雇用促進法が改正され、障害者差別の禁止と合理的配慮の提供義務の規定が2016年4月から導入されました。
 これにより禁止される差別とは、障害者であることを理由として、障害者を不利益に取り扱うことです。例えば、障害者を募集や採用の対象から排除すること、正社員から非正社員へといったように雇用形態を不利益に変更すること、解雇することなどが、不利益取扱いとなります。雇用における合理的配慮とは、職場の環境や障害の種類・程度を踏まえ、障害者の能力発揮の支障となっている事情を取り除くものであって、個別の対応を必要とするもの、ということができるでしょう。ただし、合理的配慮が、事業主にとって過重な負担となる場合は、提供義務を負わない、という一定の制約があります。

ここからは、具体的な例を挙げつつ、差別や合理的配慮について考えていきたいと思います。
まず、障害の有無に関わらず統一の採用試験や面接を実施したところ、障害者が基準に達しなかったため、採用しなかったという場合は、どのように考えるべきでしょうか。この場合、試験や面接において、合理的配慮が実施されたかどうかが問題となります。例えば、視覚障害者に対しては、点字、音声など、その人の状態に合わせた形で試験を実施することが合理的配慮となります。試験時間の延長が必要となることもあるでしょう。発達障害などのコミュニケーションに困難を抱える障害のある人との面接に就労支援機関の職員が同席することを認めることも、合理的配慮です。このような配慮をしたうえで試験や面接を実施することが求められます。 
次に、障害の状態の悪化や中途障害などによって、それまでやっていた仕事を継続することが難しくなることがあります。このような場合、事業主は、その労働者を解雇することができるのでしょうか。この点を考えるうえで参考となる最高裁判決があります。病気のため、それまでやっていた建築現場の監督業務ができなくなった労働者が、事務的な業務への変更を事業主に求めたが、拒否されたという事案です。最高裁は、労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合には、と限定を付けつつ、従前の業務以外に、現実的に配置可能な業務がその会社のなかにあって、労働者にその業務を行う能力があり、かつ、そこでの勤務を希望しているのであれば、事業主はその業務に労働者を配置しなければならないと判断しました。これは1998年に出された判決ですが、その後も、多くの裁判例に影響を与えています。事業主は、障害のある労働者がそれまで通りの仕事を継続できるような合理的配慮をまずは検討し、それでもなお従前業務の遂行が困難な場合には、別の業務に就かせるなどの対応をとることが求められます。
実際の職場では、合理的配慮があればそれまで通りの仕事が続けられると主張する障害者と、それでは十分な仕事ができないから雇用形態や仕事内容を変更したいとする事業主との間で、意見が対立することも考えられます。このような場合の答えは一つではなく、個々の事案に応じた判断とならざるをえません。重要なことは、障害者と事業主が、しっかりと話し合いをすることです。障害者雇用の専門家や医師等を交えた形で行うことが有効な場合も少なくないでしょう。そのような話し合いを行わずに、一方的に雇用形態を不利益に変更したり、解雇することは、許されません。差別や合理的配慮に関しては、厚生労働省が指針や事例集を策定しています。是非、それらを参考にしてみてください。

最後に、合理的配慮について、一言加えたいと思います。合理的配慮は、障害者を特別に優遇するものであると捉える人がいるかもしれませんが、それは間違いです。障害者が生きていくうえで困難を抱えるのは、社会が障害のない人を基準に作られているからです。社会の側の問題である「社会的障壁」を除去することが、合理的配慮です。とはいえ、合理的配慮の範囲を明確に定めることは簡単ではありません。だからこそ、時に、優遇措置だと捉える人がいたり、他方で、適切な範囲を超えた配慮を合理的配慮と称して求める障害者も出てくるのでしょう。この問題を解決するには、当事者間での話し合いと社会的な議論の深まりの両方が必要だと思います。
 合理的配慮概念は、障害のない人にも拡大可能な概念であると私は考えます。例えば、エレベーターが、車いす利用者だけでなく、ベビーカーを押す人や高齢者、大きな荷物をもつ人にも便利であることは、周知のとおりです。このことと同様に、個別の事情に合わせて合理的配慮が提供される職場は、育児や介護等の責任を負う労働者、妊娠や加齢により、あるいは病気の治療のために業務軽減を必要とする労働者等にとっても働きやすい職場だといえます。働き方が多様化し、働き方改革が求められるなかで、合理的配慮についても、労働者みんなの問題として、検討していくことが重要だと考えます。

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