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「南海トラフ巨大地震 発生帯を掘る」(視点・論点)

海洋研究開発機構 研究プラットフォーム運用開発部門長 倉本 真一

繰り返し発生する巨大地震、2011年3月11日に発生した東日本大震災による甚大な被害は、忘れることができません。東北地方に限らず、南海トラフ沿いでは1944年の東南海地震や、その2年後に発生した南海地震など、マグニチュード8を超えるような巨大地震が日本列島周辺で繰り返し発生しています。この巨大地震発生の詳細なメカニズム研究はまだ途上ですが、概略としては、海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込んでいく境界で発生している断層運動です。

このプレートとは、地球の表面を剛体的に移動する板のようなもので、厚さは約100キロメートルあります。プレート下部に存在するマントル対流や、プレートの自身の自重によって駆動され、地球表面を水平的に移動し、そして地球内部へと沈んでいくという、時間的にも大きなスケールの運動を行っています。このプレート運動が火山噴火や地震発生の原因となっており、それらを総じて「プレートテクトニクス」と呼んでいます。

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海で生まれたプレートは、大陸プレートの下に沈み込みますが、その上下の擦れ合うプレート間には摩擦が発生し、そこに歪みエネルギーが蓄積されます。
およそ100年から1000年以上もかけて蓄積した歪みエネルギーが、プレート境界部を構成している岩石の強度よりも大きくなった時に破壊を起こし、たった数分程度でそのエネルギーを開放します。
それが波動、つまり地震波となって伝搬し、ときに津波を発生させ、大きな被害をもたらすのです。
この地震エネルギーを蓄積・解放している部分を巨大地震発生帯と呼んでいます。
この図は、巨大地震の発生メカニズムを模式的に示したものですが、このプレート境界面の性質の理解が、巨大地震の発生メカニズムを解く鍵です。

プレート境界は、岩石同士が接する場所でありますが、その性質は、そこに介在する岩石や流体、そして化学物質などによって変化することが、室内実験等でも確かめられています。人類はまだプレート境界で発生する巨大地震発生場そのものに踏み込んだことはありません。

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地球深部探査船「ちきゅう」は、世界で初めて設計段階から科学掘削を目的として、日本が建造した科学掘削船です。2005年に就航しました。

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水深2,500mのところから、7,000m掘削できる能力を持ち、掘削した試料をすぐさま船上で計測、分析できるように最先端機器類を備えた研究区画を備えています。この科学掘削船を建造した理由の1つは、巨大地震発生帯を直接掘削することを目的としていました。

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世界中で発生する巨大地震は、主に環太平洋地域に集中していますが、その中でも巨大地震発生帯が一番浅い所に存在するのは、南海トラフ、特に紀伊半島沖の地域です。
しかもこの場所は、南方からフィリピン海プレートが年間4〜5cmのスピードで、ユーラシアプレートの東端部である西南日本の下に沈み込み、百〜百数十年前後の間隔で、繰り返し巨大地震を発生させてきたことが、過去1000年以上に渡って知られている場所です。これほど過去の地震の履歴が分かっているところは、世界中でも南海トラフが唯一です。

<VTR:「ちきゅう」活動風景>
2007年9月、「ちきゅう」は初めての科学掘削航海として、紀伊半島沖南海トラフに向けて和歌山県新宮港を出港しました。まず行なったのは、この地域にどのような力が働いているのかを調べることでした。掘削しながら掘削している孔(あな)の変形具合を計測し、そこにかかる力を推定することが可能です。この計測結果から、南海トラフには、沈み込む海洋プレートの運動方向とほぼ平行に圧縮する力が働いていることが明らかになりました。つまりそれは、沈み込む海洋プレートの運動が地震発生の力の源になっていることを裏付けています。
もう1つの初期成果は、南海トラフ軸付近、つまり海溝付近での掘削結果から、これまでの教科書を書き換えるような発見がありました。これまで海洋プレートが沈み込みを始める部分は、プレート上部に堆積した、比較的柔らかい堆積物が剥ぎ取られて、陸側プレートに張り付けられていく場所なので、柔らかい地層では歪みエネルギーを蓄積することはできず、地震を起こせない場所と考えられていました。しかしながら掘削した試料には、明らかに高速に変動したと考えられる断層が発見されました。しかも、ある特殊な方法でその断層面の温度履歴を調べてみると、約400℃にもおよぶ高温の摩擦熱が発生していたことも明らかになり、海溝付近に地震を発生させた断層が存在していることを証明しました。

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プレートの沈み込み開始部は深海であり、そこで高速な断層運動が発生すると巨大な津波の発生源となりうるため、防災の観点からも極めて重大な発見となりました。

実は後に明らかになったことですが、あの3.11東日本大震災でも、海溝軸付近まで高速滑りが伝播していたことがわかり、両地域で同様の現象が起こったことが明らかになりました。
この結果に基づいて、将来南海トラフで発生する地震に関して、国の中央防災会議で再検討され、南海トラフの地震発生領域は海溝軸付近まで広がり、そのため地震の規模もマグニチュード9を超え、津波の高さもさらに高くなるとの予想に修正されました。
科学掘削の成果が直接防災に貢献する大きな成果となりました。

南海トラフでの掘削は、地質試料を得るだけでなく、地下での高精度の地殻変動観測も可能にしました。2016年4月1日にマグニチュード6の中規模の地震が三重県沖で発生しました。この地震の震源域直上付近では、掘削孔内に設置した高精度地殻変動観測装置による観測を行なっていたため、非常に興味深いデータを収録することができました。
解析の結果、約70年ぶりにプレート境界断層が動いて発生した地震であることが突き止められました。またこの地震に引き続いて、全く体には感じないレベルのゆっくりとした地殻変動であるスロー地震が多発していることも明らかになりました。このような地殻変動は遠い所で発生した地震によっても誘発されていることも明らかになりました。最近このスロー地震が注目されているのは、巨大地震発生帯の周辺で多発することにより、巨大地震発生のトリガーとなるのではないか、あるいは巨大地震発生帯周辺の応力状態をモニターする現象として注目されているためです。今後さらに広範囲に渡って海底、および海底下での高精度地殻変動観測が重要になると考えています。

昨年10月より約半年間の時間を費やし、巨大地震発生帯の一番浅い部分に達する掘削に世界で初めて挑戦しました。これまでに3航海を費やし、水深約2000メートルのところから約3000メートルの掘削を完了していました。さらにそこから約2200メートル掘削し、巨大地震発生帯の最も浅い部分に到達する計画でした。しかしながら、大変複雑な地質構造に遭遇し、世界中の研究者や技術者と議論を重ねて選んだ掘削方法をもってしても計画通りの掘削は叶わず、プレート境界断層に達することは無理と判断いたしました。
今後様々な地震の研究が進んだとしても、実際に地震発生帯の試料を採取しなければ解明できない問題は依然として残されており、それは「ちきゅう」による掘削でしか解決できないと考えています。これまでにも新たな巨大地震の実態解明に大きく貢献してきた科学掘削を、今後もさらに進化させ、安全で安心な社会の構築のために貢献すること、つまり私たちの未来のために掘削していきたいと思います。

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