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「女の子たちに届く投資を」(視点・論点)

長崎大学大学院教授 池上 清子

2015年は国連にとって節目の年でした。今後15年間にわたるグローバルな枠組みが採択されたのです。それは、2030年までに貧困削減・感染症対策・環境保全などに取り組む開発目標です。
胸につけているこのバッチ、皆さまはこれをご存じでしょうか。
これは「持続可能な開発目標」(SDGs)という国際社会が目指している開発目標のシンボルです。17色に色分けしてあり、それぞれが達成する目標を示しています。
SDGsの前文には、「すべての人々の人権を実現し、ジェンダーの平等とすべての女性と女児の能力強化を達成することを目指す」と書かれています。そして、「誰一人取り残されない」社会を創ることを宣言しているのです。
今日は、ここにも宣言されている、女児/女の子の、能力強化/エンパワーメントに焦点を当ててお話をしたいと思います。

まず、開発途上地域で女の子たちが置かれている現状を知っていただきたいと思います。
ガーナ北部の丘陵地域の5歳の女の子は、水くみや食事の手伝いをするのがあたり前です。また、インドでは結婚持参金を貯めるために、両親は女の子を教育する余裕が全くありません。さらに、ケニアのスラム地区に住む10歳の女の子は、両親からの虐待や暴力のはけ口にもなっています。これらの根本原因は貧困です。働き手となりにくい女の子の立場を物語っています。

SDGsの5番目の目標には、「ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る」と書かれています。具体的には、どうしたらよいのでしょうか?
教育を受ける機会があれば、女の子自身はもちろんのこと、彼女たちの子どもや暮らしている地域にも良い効果が波及するということは、よく知られています。
仮に、女の子が1年長く初等教育を受けることができれば、彼女が将来得られる収入は11%増加すると、世界銀行は発表しています。これは、若年人口が多い途上国において、仕事の数が少ない競争の中でも、女の子が就職しやすくなること、つまり、より安定した収入を得やすくなるからです。
さらに、ユネスコのデータによれば、すべての女の子が中等教育を修了することができれば、5歳未満児の死亡率は49%削減され、1年で300万人の命を救うことができるのです。これは、女の子が母親になる時、健康教育の知識や情報に戻づいて子どもたちの命を救う行動がとれるからです。
児童婚と呼ばれる、子どもの年齢で結婚し、妊娠・出産することを少しでも少なくできれば、女の子の就学率はあがり、収入を得やすくなります。ということで、女の子のエンパワーメントの促進の一環として、ユニセフや国連人口基金は、児童婚を減らすために広報活動や教育活動を続けています。

平等を達成しエンパワーメントを図るためには、きちんと女の子たちに届く投資が必要なのです。教育を少しでも長く受けられるように女の子を支援する奨学金なども効果があるでしょう。そのような投資があれば、女の子たちは考えて行動する大人になり、子どもたちの生存率を高め、家族の健康を守ることもできます。女の子への投資には色々ありますが、投資とは、単に収入アップにつながる経済的な意味合いだけでなく、例えば、村の公衆衛生を促進するといった社会的な意味を含み、もっと言えば、私は、人材養成でもあると思うのです。

誰一人取り残されない、というSDGsの精神を考えたとき、一番困難な状態に置かれた人たちへ、きちんと届く支援がとても重要になってきます。
初等教育に関しては、開発途上国でも男女格差はなくなってきました。しかし、どの分野にもある、いわゆる「ラスト1%」と言われる、最後に残された難しいチャレンジに直面しています。それは辺境地に暮らす、少数民族の子ども、女の子への教育です。

具体的な事例でお話します。
ベトナム北部のハザン省シンマン郡は、中国との国境に近い山岳地域に位置しています。そこでは、私が理事長を務める公益財団法人プラン・インターナショナル・ジャパンが、7年前から支援活動を展開してきました。

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小学校就学前のクラス(プリスクール)と、小学校1-2年生を対象にした村の分校(サテライト校)と町の本校での教育の支援です。具体的な支援内容は、学習机といすなどを整備し、給食をつくるキッチンを備え、トイレも男女別に作り、本棚を置いていつでも本が読めるようにしました。先生たちには研修を実施し、子どもたちが参加できる授業へと変えることができました。これは、外務省のNGO連携無償資金協力と呼ばれる支援、そして、日本の支援者の寄付を得て実施できたのです。

7年間の主な変化としては、プリスクールに通う子どもたちは40%から100%になったこと。もちろん女の子たちも全員通えています。第2に、農作業を休んでもプリスクールや小学校の行事に参加する親が増えたこと。第3に、村の全ての子どもたちが通いやすい場所に、村の人たちも協力して、新しいプリスクールやサテライト校を建設したこと。最後に、授業がアクティブラーニング(参加型の授業)になってから、子どもたちは自分からより進んで勉強するようになったこと。

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こうした変化の背景には、少数民族出身の一人の女性の存在があります。
Nguyen Thi Nhung〈グエン・チー・ニュン〉 さん(38歳)です。

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彼女は貧しい農家の出身。成績優秀だったので、特待生として進学し、高校を卒業しました。その後、5年間山間地の小学校で教える手伝いをしてお金を貯めてから、カレッジ(日本の昔の師範学校のような学校)を出て教師になりました。村の貧しい女性が師範学校に行って、村に戻ってきて教師としてかかわっているのです。教えることに熱心な教師が村にいて、子どもたちを教えていることが、誰一人取り残されないという理念を、現場で保障しているのだと感じました。

最後に、アフリカのウガンダで難民の子どもたちを考えてみます。難民は取り残されやすい人たちの代表ともいえます。

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ウガンダ北部には100万人を超える難民が南スーダンから移動してきています。難民のなかでも、いちばん困難な状況におかれているのが、女の子たちです。
学校は簡易テントで、ぎゅう詰めです。トイレも男女別のものはなく、水飲み場もありませんでした。こういう悪状況に一つずつ、取り組んだのが、プラン・インターナショナル・ジャパンの活動です。

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また、親と一緒に逃げている途中ではぐれてしまった女の子が、親を探して歩いている間に強姦されたりなどの痛ましい事件も起きているのです。緊急事態では、特に女の子に対する保護、こころのケアなどが求められているのです。そこで、安心して相談できる場所を確保し、カウンセリングを始めました。
誰一人取り残されない社会を創るのは容易なことではありません。日常生活のなかにも、もちろん緊急事態のなかにも、女の子が取り残される状況や事態はたくさんあります。

女の子の心の傷への対応を含めて、当たり前のことですが、一人ひとりのニーズに対応することが、誰一人取り残されない社会をつくることにつながるのではないでしょうか。

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