NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「孤立しない豊かな第2の人生」(視点・論点)

作家 藤原 智美

ネット依存症、こんな言葉をご存じでしょうか? 若者がパソコンやスマホでネットゲームに没頭し、学業や仕事に支障をきたす、ついには健康を害してしまう病気ですね。実はこのネット依存症は、若者だけではなく高齢者にも広がりをみせています。たとえばある八十代の男性が、半年間で約二千万円をだまし取られるというケースがありました。余命幾ばくもない一八才の女性と称する相手と電子メールのやりとりをするうちに、治療費という名目で振込をつづけていたそうです。また、アダルトサイトにアクセスして詐欺被害にあう多くは六十代から七十代の男性だといわれています。

しかし高齢者のネット依存、詐欺被害の全体像は、よく分からないんですね。というのも、高齢のネット依存者は、社会から孤立し、家族とも疎遠になった人が多いんです。だからその実態が、表に出にくいわけです。社会から孤立し、孤独感をつのらせる。それがネット依存をまねく、とも言われています。
 この高齢者の社会的な孤立、そしてそれがもたらす孤独は、ネット依存だけでなく、その精神的ストレスから寿命さえも縮めていく、といわれています。英国では、孤独によるストレスは一日にタバコ15本を吸うストレスに匹敵すると指摘されています。その対策として、昨年、その孤独を軽減するために、孤独大臣が新設されました。そもそもなぜ高齢者は社会的に孤立し孤独に陥りやすいのでしょうか。理由は定年退職などで、社会からリタイアするからなんですね。
 社会と、あるいは人とつながる場は、たとえば地域社会という土地の縁、地縁、や家族親族との血縁、そして職場を通した仕事の縁、仕事縁という三つが考えられます。しかし現代では地縁は大変薄れていて頼りになりませんし、歳を重ねると血縁も薄れがちです。そこで残るのが仕事縁なんですね。リタイアするということは、自由で自分らしい第二の人生を手に入れるということですが、同時にそれは仕事縁がなくなるということでもあります。もしも地縁もなく、血縁も薄く、そしてリタイアして仕事縁もなくしたとすると、その時点でその人は、社会的孤立の第一歩を踏みだしたともいえます。ようやく訪れた第二の人生なのに、外へ出かける用事はなく、会う人もいない中で、家に閉じこもりがちになり、やがてその暮らしに孤独の陰がしのびよる。たびたび耳にする哀しい人生模様ですね。
 
そうならないためには、リタイア後に新しい人間関係をつくらなければなりません。しかしこれが大変むずかしい。その理由の一つは、長い間みがきあげてきた人間関係の作り方、偏ったコミュニケーションのあり方だと、私は考えています。会社という組織は、どうしても個人を組織に従属させるところがありますね。個人よりも組織最優先になりがちです。こうした場合、人間関係は上役、部下という上下の意識で統制されます。上下といういわばタテの意識で人間関係が組まれているわけですね。そうした中に長い間いると、上下の序列感覚、いわばタテの意識が知らず知らずに身について、そこからなかなか抜けられないということがあります。リタイアしてもそんなコミュニケーションの取り方、人間関係のつくり方、メンタリティが変わらないまま、第二の人生を迎えてしまうのです。
会社からはなれたあとの、第二の人生で、新しくつくりあげる人間関係は、それまで慣れ親しんだ組織的な、会社的なものとはまるで違ったものです。大げさにいえば別世界です。たとえばリタイア後に参加するボランティアといった社会活動、スポーツや趣味のサークル、町内会などの地域のコミュニティといったものは、上下の区別がない、人それぞれが対等な関わり方を基本とするものですね。そこはゆるやかな横のつながりの場、組織というよりは一つの場、なんです。それを理解していない人は、まわりとうまくやっていくことができません。たとえば町内会の活動で、隣の人をつかまえて「この書類、コピーして」と上役感覚で指示したり、日常的なたあいない言葉のやりとりを「レベルの低いくだらないもの」と見下して遮断したり、その場に無関係な過去の自慢話をはじめて総スカンを食うとか、過去の肩書きが通じずプライドを傷つけられ、暴言をはくなどの暴走をする。タテの意識を捨てられず、ヨコの意識をもてないと、こんな困った事態を引き起こします。こういう人は、新しい人間関係を築けず、やがて社会的な孤立へと向かうということにもなりかねません。
 
趣味のスポーツやゲームに参加して「勝つこと」にこだわり、がんばりすぎるような人も要注意です。同年配の誰かと若さを競う合うような競争心は、ヨコのつながりには無用です。日常のおしゃべりに「くだらないもの」などありません。どんなに低次元に感じられる会話でも、それがコミュニケーションであるかぎり必ず意味があります。リタイア後は隣の誰かとヨコの関係をつくることから始めたいものです。
 
さてもう一つ、心がけたい大事なことがあります。それは家の中のこと、家の中の暮らしですね。外に出かけて活発に活動している人も、リタイア前に比べると、家の中にいる時間は増えます。多くの人は外に出かける時間がへって、家にいる時間、家庭に滞留する時間が圧倒的に増加します。この時間がつまらないもの、たえられないような退屈な時間であるとすると、これは豊かな第二の人生とはいえません。
 家の中の時間は趣味や娯楽といった自由時間もありますが、なんといってもその中心、核となるのは炊事掃除洗濯といった家事です。もしも自分の身のまわりを他人任せできたという人は、まず家事の能力、技能を身につけることから始めましょう。それが暮らしそのものを充実させることにつながります。家事をやれば、退屈だとぼやくような暇はなくなります。しかも料理や洗濯や掃除のどこかに楽しさや、ささやかな充実感を覚えるという経験もできます。リタイア後の時間の大半を占める家の中の暮らしが、ただ退屈であったり、苦役の時間でしかない場合、それをゆたかな第二の人生とはいいません。それに第一、家の中でストレスを貯めこむような生活を送る人には、外で良好な人間関係を築く精神的なゆとりはありません。
 
人は自分の中にある思い、感情を外にはき出すことで、精神的なストレスを解消し、そのことで自分の存在を肯定的にとらえることができます。それは他者とのつながり、コミュニケーションが一番なのですが、もしそれがむずかしいという場合、私は自分を相手にコミュニケーション、対話をすることが一番だと思います。紙とペンがあればそれが可能です。日々の出来事、思いや感情を書き言葉としてはき出していく。そのことで自分の中にある葛藤や孤立感が理解できたり、それを軽くしたりすることができます。
貯めこんだストレスや孤独感は文字に書いてはき出す。孤立感、寂しさを感じたなら、ぜひ試してみたい方法です。その上で、外へと広がりのある豊かな第二の人生を目指したいと思います。

キーワード

関連記事