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「大坂なおみ選手 心を磨いた2週間」(視点・論点)

NHKテニス解説者 森上 亜希子

プロテニス界に若き女王が誕生しました。大坂なおみ選手が全豪オープンを制し、4大大会連勝、アジアで初めての世界ランク1位となりました。私は、中継番組の解説者として、会場で大坂選手の出場した7試合全てを解説させていただきました。優勝が決まった瞬間解説者として失格かもしれませんが、思わず感極まって、アナウンサーの方より早く叫んでしまいました。

これまで、伊達さんや杉山さん、私や私の後輩、色んな日本人選手が4大大会に出ても、なかなか突き破ることができなかった壁を大坂選手が突き抜けて歴史を塗り替えてくれた。この勝利はこれからの日本テニス界に大きな影響を与えてくれる、これから歴史をつくるんだ・・・。
色んなことを考えたら感情がこみ上げコントロール出来なくなってしまったんです。

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大坂選手が決勝で戦ったチェコのクビトバ選手は2008年に4大大会の一つ、全仏オープンに17才の若さでデビューしました。その彼女のデビュー一回戦の相手が28歳の私で、私は見事に完敗し、若いのにめちゃくちゃうまいなあと思っていたら、4年後のウインブルドンで彼女は優勝しました。そのクビトバ選手を21歳の大坂選手が破った、私の中で色んな思いが交錯する瞬間でした。
全豪オープンの期間中、大坂選手は、よく、自分のメンタルについて語りました。大会前、スタジオに来てもらっておこなったインタビューの中で、彼女はパターンに「Have Fun No Stress Play The Game」という言葉を書いてくれました。

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「ストレスを感じずゲームを楽しむ。」さらに勝ち進むにつれて「インナーピース」平常心という言葉を口にするようになりました。「心が穏やかな時、いいプレーができる。どうしたらそんな状態になれるのだろうか」大坂選手にとっての全豪オープンは 懸命に心を磨いた2週間でした。
 
 去年9月全米オープンを制し、高い身体能力を世界に示した大坂選手ですが、課題は精神的なもろさにあると指摘されていました。2017年末から大坂選手の指導をしているサーシャ・バジンコーチも全米オープン直後、「気持ちなどのコントロールができるようになれば、彼女はこれからも多くの大会で優勝すると思っている」と語っていました。
実際、以前の大坂選手は本当にすごくシャイで、自分の感情をなかなかオープンにできない性格で、本人も「私は3歳児のようなメンタリティー」と言っていました。そのシャイで時に投げやりになる少女を女王に進化させるために、「チーム・ナオミ」とよばれるコーチやトレーナーが結束してのぞみました。

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「チーム・ナオミ」のすごいところは、全米オープンを制した後、選手のモチベーションを維持させるだけでも大変だと思うんですが、それを更に高いところまでもっていった。それはチームが一丸となって同じ方向に向いていないとなかなかできないことだと思います。
シーズンオフ、大坂選手は「一番したい事は体を鍛える事、走りこむ事、それが自分の仕事」と言い、1年で体重を10キロしぼり、筋力トレーニングにも取り組みました。その結果、課題といわれたバックハンドが飛躍的に鋭さを増し、左右まんなか、どこからでも得点できるようになりました。「いっぱい、ひたすら走り、体を作った」という自信が彼女の心の深いところで安定をもたらしました。
 
そして、感情のコントロールのトレーニング。これにはサーシャ・バジンコーチの存在が欠かせません。

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 グランドスラムと言われる4大大会以外の女子テニスツアーでは、オンコートコーチングシステムと言われる、試合中各セットに一度だけ休憩の時に90秒間、コーチがコートの中に入り直接選手にコーチングする時間が許されています。この90秒の中でいかに選手の気持ちを盛り上げストレスを発散させ再びコートに送り出すか、コーチの力量が問われるわけです。
バジンコーチは、大坂選手の感情のコントロールをするのに非常に長けています。90秒の中で、先ず大坂選手の話を聞いて彼女に全部吐き出させる。それをバジンコーチが一回飲み込んでそこから「気持ちはわかるよ。でも今やらなければならないことはこれだよね。」という説明をしていきます。大坂選手としても頭ごなしに言われるのではなく、まず、自分が思っていることを聞いてくれ、それをうまく処理しながらアドバイスしてくれるので、ものすごく聞きやすい。それにバジンコーチは大坂選手が凄く憧れているセリーナ・ウィリアムズの練習相手を10年間務めたという実績がありますから、大坂選手にとってはこの人の言っていることは間違いないという気持ちが当然あると思います。
 
90秒のオンコートコーチングを通じて大坂選手は感情をコントロールする方法を学んできました。そのことが全豪オープンで大きな効果をもたらしました。私はそれを「25秒間のたたかい」の中に見ました。
 オンコートコーチングが出来ない4大大会では、試合中、感情のコントロールは自分でやらなければなりません。テニスの一つのプレーが終わり次のプレーまで、25秒間。この短い間に、気分をいかに切り替えることができるかが大きな鍵を握っています。選手達にとって25秒間は、自分の心との闘いです。
大坂選手の「25秒間の戦い」を私が最も強く感じたのは3回戦の台湾のシャ・シュク・ビ選手との対戦でした。シャ選手はパワーがあるわけではないのですが、相手の力をうまく利用して打つのがうまく、また予想もつかないショットを打ってきます。そして、相手をイライラさせるのが得意です。ツアーの中で誰もが対戦したくない相手と言われています。大坂選手は第一セットを落とし第二セットも2-4となり、相手のサービスで40-0にまで追い込まれました。まさに崖っぷちです。私も解説しながらこれはちょっとやばいなと思いました。普通の選手なら「なぜこんなにうまくいかないのか」と負けのゾーンに入っていくのですが、大坂選手はここで「今の状態を受け入れ、ゲームを楽しみながら自分の実力を出し切ろう」と気分をかえ、ギアが入って一気に逆転しました。まさに「25秒の戦い」に勝ったのです。

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決勝戦でも、第一セットを取り第二セット、あと1ポイントで優勝というところから巻き返され、第二セットを落としてしまいます。涙を流し、タオルをかぶりトイレットブレイクをとりました。そして、トイレから戻ってのぞんだ最終セットで大坂選手は見違えるような安定感を取り戻し、激闘を制しました。トイレットブレイクの間、「自分の力を出し切って負けたら仕方ない。でも力を出し切らないで負けると悔いが残る。悔いが残らないようにベストを尽くすだけだ」とこの大会でテーマに挙げていたことを思い出し最終セットに臨んだと言います。
試合後のインタビューで「私のメンタルは毎回成長していますから、今日は5才児です。」と言って会場を沸かせた時の大坂選手には女王の貫禄がありました。

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 4大大会を舞台にした日本選手の世界への挑戦が始まって100年あまりになります。
2000年代後半、錦織圭選手が登場し、日本テニス界は飛躍の時を迎えました。昨年は25才のダニエル太郎選手がイスタンブール・オープン、23才の西岡良仁選手が深圳オープンでツアー初優勝し、女子ダブルスでは全仏オープンで、24才の穂積絵莉、二宮真琴組が日本女子同士のペアとして初の決勝進出を果たしました。

 そして、大坂なおみ選手のグランドスラム2連勝、世界ランク1位という歴史的快挙は日本テニス界をさらに大きく前進させることになると思います。そして今、テニスをしている子供達に多くの夢や希望、沢山の感動を与えてくれた事は間違いありません。また、大坂選手の活躍をみて、テニスを始めたいと言ってくれた子供達も沢山いると思います。本当にこれからが楽しみでなりません。

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