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「フランス『黄色ベスト運動』の背景と政局」(視点・論点)

東京外国語大学大学院 教授 渡邊 啓貴

 フランスでマクロン政権に対する「黄色ベスト」と呼ばれる抗議運動が続いています。一昨年5月大きな期待とともに誕生したマクロン政権でしたが、その政策に対して国民の側から強い「異議申し立て」が唱えられています。
 私自身抗議デモが暴徒化した昨年12月初旬の週末にはパリにいました。私自身は三十年以上大きな選挙や事件の折には現場でフランス政治をウォッチしてきましたが、今回の抗議活動は根が深く、長引く可能性が高いように思いました。
今日はこのフランスの反政府抗議運動がいかなるものなのか。フランス政治の特徴と今後の政局について考えてみたいと思います。

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 抗議運動の人たちはフランスで運転の際に携行するように義務づけられている「黄色ベスト」を着用しているので「黄色ベスト(ジレジョーンヌ)」と名付けられています。
 この運動はもともと燃料価格高騰と燃料税引き上げが口火となりました。昨年夏ごろから国民の中でも不満の声が上がり始め、11月から毎週土曜日に全国で抗議デモが組織されてきました。最初のデモでは全国で40万人の人が参加しました。
このデモが大きく取り上げられるようになったのは12月2日のデモからでした。動員数は13万6千人でしたが、一部の参加者が暴徒化してシャンゼリゼ付近を中心に警察・治安部隊と衝突し、犠牲者が出たからです。

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その翌週のデモでは当局は治安警備部隊の人数を倍増しましたが、事態は収拾せず、マクロン大統領は週明けにいくつかの妥協をテレビで国民に約束せねばなりませんでした。
 そこでマクロン大統領は、低所得者層への手当の増額、法定最低賃金の引き上げ、年末ボーナスの支給、社会保障費税の増税廃止を提案しました。そして国民全体で討論しようと提案しました。

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 この国民討論のための公開質問状が1月13日に大統領から国民に提案されました。税制と財政支出、国の組織と公共サービス、エコロジー、民主主義と市民権という4つのテーマに沿った30を超える国民への問いかけを大統領は行っています。3月15日まで討論して行き、妥協点を模索することになっています。議題の中には、現在大統領の権限である国民投票を国民の側からも提案できる権利や難民受け入れ数の上限規制をめぐる議論なども含まれています。  

 しかし大統領は「黄色ベスト」が要求の象徴とした富裕税廃止は撤回しないという姿勢を崩していません。富裕層に重く課税する制度は80年代初めミッテラン社会党政権の時に定められたものですが、マクロン大統領は一昨年これを廃止しています。

 それではこうした大統領の対応で国民は納得するでしょうか。世論調査によると、この国民規模の大討論を肯定的にとらえている人は少ないことが分かります。国民の七割は大討論によっても解決は得られないと答えています。大統領の対応について多くの国民は依然として不信感を抱いているというのが実情です。

 それは依然として「黄色ベスト運動」の抗議活動が終息する様相をみせていないことに明らかです。今月12日土曜日の第9回目のデモの参加者は前回の5万人に比べて8万4千人とその数は増えました。先週19日のデモもほぼ同数でした。

 それはなぜでしょうか。その一つの大きな理由は、この抗議運動が特定の政治団体や圧力団体に支えられたものではない点にあります。参加者の中心は30代-40代の比較的若い人たちですが、職業はバラバラです。とても特定の圧力集団とは言えません。運動の代表がだれなのか、交渉相手は誰なのか、またその要求もばらばらで特定しにくいところがあります。これまでにないタイプの抗議運動です。多数の不特定層を巻き込んだ全国的国民運動となっていることが政府にとって大きな脅威となっています。
 そしてそれは国民の政権批判の意思が大変強いことを示しています。メディアの報道では一部の「壊し屋」と呼ばれる過激派に注目は集まりますが、全体としては静かにデモをしている人が大部分です。
 日本では「異議申し立て」の国民的規模の行動は最近見られなくなりました。しかしフランスでは健在です。しかも今や「黄色ベスト」は持続性のある抗議活動となりつつあります。大統領に対する「怒り」とか「裏切り」の表現であると言われています。

 こうしたタイプの政治行動は、実はマクロン大統領自身の支持団体「共和国前進」にも言えることです。マクロン自身、寄せ集めの市民運動を支持母体としています。もはや特定の政党による政治ではない時代が来ているのかもしれません。 

 それではマクロン政権はどうしてこれほどまでの反発を買うことになったのでしょうか。第一に国民の不満は、EU財政基準で緊縮財政を強いられた結果、中産階層の没落、貧富の格差が大きくなっているという点にあります。そのうえでマクロン政権の政策が富裕層に手厚く、低所得者層には厳しいと国民の多くが思っていることです。「法人税引き下げ」の一方で社会保障費の軽減、解雇時の企業の罰金の上限制定などは富裕層や企業寄りの政策と受け取られました。他方で国民全般には一般社会保障税などの実質的引上げ、つまり増税は国民生活を大きく圧迫するものと考えられています。デモ参加者が、当初燃料税引上げによる生活費の圧迫と購買力の低下を声高に叫んでいた背景はそこにあります。

 第二にマクロン大統領の政治スタイルです。それは国民を無視して独断で決定を行い、巧みな差配で政治を動かしている印象を与えています。金持ち大統領、エリート大統領としてのイメージは次第に定着してきています。

 今回の暴動にまで発展した抗議行動はこうした国民感情が我慢の限界に達したことを示したことになります。
 
 実はもともとマクロン大統領の支持率は盤石ではありませんでした。マクロン大統領は大統領選の決選投票で極右排外主義政党のルペン候補に圧勝しましたが、それは「反ルペン票」を集約したものにすぎませんでした。マクロン大統領自身の支持率はもともと有権者全体の20%台にすぎません。大統領選挙決選投票前の調査では、マクロンの政策に対して不信を表明する人は40%近くいました。大統領としての支持率は政権発足後半年で30%を切ってしまいました。史上最速の人気低迷ぶりでした。
 
 今後の政局運営はマクロン政権にとって大変厳しくなると考えられます。政権の指導力低下は免れません。

 最後にフランスでの抗議行動を見ていていつも思うことがあります。それはデモクラシーにおける直接行動を伴った「異議申し立て」の意味です。長い間フランスの政局をウォッチしてきましたが、80年代当時のシラク首相が性急なリベラリズム改革を進めようとしたときに反政府抗議運動の混乱の中で移民の青年が犠牲者となった瞬間、政治はすべてストップしてしまいました。ユーロ導入を見込んで緊縮財政政策を進めようとした90年代後半、ジュペ政府は街頭抗議デモで政策を撤廃することになりました。
 過激な暴動を支持するものではありませんが、フランスでは「異議申し立て」は立派にデモクラシーの権利であり、政治が極端な方向に偏らないための重要な手段と考えられています。発言の仕方などそれぞれのお国柄は違いますが、それこそ近代社会が勝ち得てきたデモクラシーの成果でもあります。
フランスの「黄色ベスト」の抗議活動から私が強く思うところです。

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