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「キログラムの新しい定義がもたらすもの」(視点・論点)

産業技術総合研究所 計量標準総合センター長 臼田 孝

最近皆さんは単位の定義が変わる、というニュースを見かけませんでしたか?
実は先月11月16日、キログラムやアンペアなど、いくつかの単位の定義を変えることが国際会議で決定され、2019年5月20日から実施することになりました。単位の定義とはなんでしょうか、定義が変わるとどんな影響が生じるでしょうか。
今日は私たちが普段当たり前のように使っている単位とその定義について、一番身近なキログラムを中心にお話ししたいと思います。

ところで皆さんは今日、何を測りましたか。
健康のために体温を測った。料理に使う砂糖の重さを測った。というように、私たちは日々いろいろなものを測っています。日常生活から貿易のような国をまたいだ経済活動まで、私たちは日々測ることで様々な意思決定をしています。時には自分が測った結果を使い、また別の時は他人の測った結果を利用します。このとき、どのように結果を共有しているでしょうか。

例えば身長が1.7メートルだとしたら、1メートルの1.7倍ということです。
測った結果は数値×単位で表される、つまり単位の何倍に相当するか、というのが測定結果です。お互いの単位がずれていたら結果が異なってしまいます。また単位との比較である以上、単位の正確さ以上に測ることは出来ません。すべての測定結果の信頼性はまず、単位に依存しています。国をまたいでも結果を共有できるのは、単位が世界共通だからです。時代が異なっても比較できるのは、単位が時を経ても不変だからです。こうして考えると単位とは、いわば地域や時代を超えた、人類の共通言語だといえるでしょう。

現在、世界的に使われているメートルやキログラムという単位が生まれたのは、18世紀末のフランス革命の頃でした。それまでは都市や業種によってさまざまな単位が用いられ、自由な商取引に大きな障害となっていました。そこで当時のフランス国民議会は、誰もが共有できる単位を定めることにしました。
最初に地球の大きさをもとに長さの基準となる「メートル」を定めました。
つぎにそれをもとに10センチメートル立方、すなわち1リットル分の水の重さを1キログラムとしました。つまり、長さの単位は地球の大きさをもとに、重さの単位は1リットルの水の重さをもとに決められたことになります。このように単位の元となる決まり事を、単位の定義と呼びます。

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その後時間や電気や温度などを正確に測る必要性から、それらの単位も検討され、メートル、キログラムに加えて時間の秒、電流のアンペア、温度のケルビン、など7つの単位が生まれました。
今日ではこれら7つの単位を基本として、その組み合わせであらゆる測定結果を表現できるように考えられています。ちなみにこのような単位の仕組みを国際単位系と呼んでいます。

さて、冒頭の単位の定義が変わる、というニュースですが、定義が変わるのはこれが初めてではありません。これまでも科学が進歩し、より精度の高い基準が必要となるたびに、単位の定義は改定されてきました。

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例えば長さでは、精度の向上に従って何度か見直しが行われ、1983年に光がある時間に進む距離に変更されて今日に至っています。この新しい定義による精密な長さ測定が今日のハイテク社会を支えているのです。

ところがキログラムについては、数十年も前からより正確な単位が求められながら、実現するのは長い間困難とされてきました。そのキログラムの定義が変わることになったのです。

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キログラムが決められたのは、先ほど述べた通り18世紀末でしたが、その後国際的な取り決めとして腐食や摩耗に強い金属を使った分銅を1キログラムの定義にしました。これは国際キログラム原器と呼ばれフランス・パリの国際機関に保管されました。1889年の事です。

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そして世界がその単位を共有できるよう、複製が各国に配布されました。日本もこの時複製を受領しています。ただし定義はあくまでパリにある国際キログラム原器なので、各国は自国の複製を、3、40年に一度パリに送ってずれがないか確認することにしました。

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ところがおおもとの定義である国際キログラム原器にわずかなずれが出ているらしいことが判ってきました。現在までその差およそ1億分の5、指紋一個の油脂にしか相当しないような、ごくわずかなズレですが、今日のハイテク社会にとっては無視できないズレです。そこで各国の研究機関が協力し、国際キログラム原器に代わる定義を開発してきました。数十年に及ぶ研究成果が実り、ようやくその定義が変わろうとしているのです。

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今回の定義改定を簡単に言えば、
・同じ原子をたくさん集めて、1キログラムをつくる
・そこに含まれている原子の数を数える
・数えた原子の値を使って「1キログラムはある個数分の原子の重さ」と定義しなおす
ということになります。

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より正確な定義としては、
「キログラムはプランク定数の値により設定される」
と表現されます。

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「プランク定数」は量子力学で登場するエネルギーの最小単位に関係する物理定数で、これをもとに質量へと換算できるのです。物理の定数ですから、時間がたっても不変です。そしてこれからはパリに行かなくても技術さえあれば正確な1キログラムが実現できるようになるのです。また壊れてしまっても全く同じものをつくることができます。

とはいえ、実際に実現するのは非常に高度な技術が必要となります。一口にある個数分の原子、といってもその数は、ケイ素の原子にすると20兆の、そのまた1兆倍個あまりという膨大な数になります。原子レベルとキログラムレベルには、これだけの隔たりがあるということです。そしてこの隔たりを克服して実現された新たな定義には、私が所属する産業技術総合研究所の成果が大きく貢献しています。半導体で用いられるシリコン、すなわちケイ素の結晶でできたおよそ1キログラムの球体を超精密に計測し、その中に含まれる元素の数を正確に決定したのです。欧州で生まれ、その後欧米を中心に見直しが進んできた単位ですが、その定義にまでさかのぼって日本が貢献したのは初めての事です。この背後には長年にわたる研究者たちのたゆまぬ努力があったことを強調したいと思います。

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新しい定義によってキログラムが決して揺らぐことなく、これまでは直接測ることができなかった分子レベルの小さな質量の測定も可能になります。なぜなら1キログラムと原子との質量比が正確にわかったので、今後は原子を基準にして重さを測ることも可能になるからです。例えば最近問題になっているPM2.5のような微小な物質の質量を直接測ることで、発生源を特定したり、バイオテクノロジーに必要な微小な物質を正確に測ったりなど、将来の技術革新が予想されます。また、詳しくは述べませんでしたが今回同時に定義が改定される予定の電流、温度もあわせて、新たな原理による半導体素子の開発や、極低温、超高温の温度測定の精度向上などにもつながることが期待されています。

これまで各国の協力で実現された定義が、新たな扉を開いた。つまり定義改定はゴールではなく、技術開発のスタートなのです。現在米国やドイツなどの先進工業国はもちろん、中国なども多くの資金や人材を投入して新たな定義に基づく技術開発を加速しています。
人類の共有財産である単位という基盤に日本がどう貢献していけるか、真価が問われるのはこれからだと思います。

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