「フタバスズキリュウに魅せられて」(視点・論点)
2018年11月21日 (水)
東京学芸大学 准教授 佐藤 たまき
こんにちは。この番組をご覧くださっている方々の中には、ご自身やご家族・ご友人が恐竜などの大昔の生物に興味を持っているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。私も小さな子供の頃から恐竜などが大好きで、そのまま古生物学者になった幸運な人間です。今日は、そんな私が研究したフタバスズキリュウという生物についてご紹介します。
皆さんはフタバスズキリュウという名前をお聞きになったことがおありでしょうか。フタバスズキリュウは1968年に福島県で発見されました。2018年はこの発見から50周年にあたりますので、フタバスズキリュウと日本の爬虫類化石研究のここ50年の進展を振り返り、その成果と意義について考えたいと思います。
まずフタバスズキリュウがどんな生物だったのか説明しましょう。
フタバスズキリュウは、恐竜時代の海に住んでいた首長竜の一種です。ご覧の通り長い首をしていますね。全長は少なくとも6mはありました。
想像図がこちらです。海の中で生活していました。このひれのような手足で海を泳ぐ大型の爬虫類です。
恐竜じゃないの?と思った方もいらっしゃるかもしれません。フタバスズキリュウは爬虫類ですが恐竜ではないのです。
大昔の爬虫類はすべて恐竜であるというわけではありません。恐竜たちが暮らしていた中生代という時代には、陸でも空でも海でも多種多様な爬虫類が繁栄しました。
この中で、「恐竜」は後ろあしが胴体の真下にあって効率よく歩けるグループであり、現在生きている動物ではワニと鳥に近い生物です。一方、空を飛んでいた翼竜は恐竜に近い生物ですが恐竜ではありません。そして、トカゲやヘビやカメなどの様々な爬虫類のグループから、海に進出した系統が独立に現れました。フタバスズキリュウは白亜紀の海で泳いでいた爬虫類ですが、恐竜ではなく首長竜というグループに含まれます。
フタバスズキリュウは、1968年に当時高校生であった鈴木直さんによって福島県いわき市で化石が発見され、東京の国立科学博物館が地元の協力を得て発掘を行った結果、全身のかなりの骨が見つかりました。当時はこれほど立派な恐竜時代の爬虫類の全身骨格が日本から見つかるとは考えられていなかったため、この発見は日本中を驚かせました。
しかし発掘や研究の経験もほとんどないため関係者は大変苦労し、何百もの骨からなる大きな骨格を石から取り出す作業にも、非常に長い時間がかかりました。そして、当時の日本には首長竜の専門家もいなければ研究に必要な情報を集めることも難しい状況であったため、研究がなかなか進みませんでした。
私は、2003年にフタバスズキリュウの化石を調査するチームに加わりました。調査の結果、新属新種の首長竜であることがわかりましたので、フタバサウルス・スズキイと名付ける論文を書きました。その論文が出版されたのは2006年のことで、発見から38年が過ぎていました。調査を行っている間、発見者の鈴木さんをはじめフタバスズキリュウの発掘や標本の処理、保管にかかわった多くの方の想いに応えなければと大変な緊張を感じていました。著者として無事に論文を出版でき、フタバスズキリュウを科学の世界にデビューさせることができましたので、本当によかったと思っています。
この論文が出版されたことには大きな意味があります。1つは、フタバスズキリュウのデータを世界中の研究者が共有できるようになったことです。
しかも、このような大型動物の場合、同じ化石が二度と手に入らない可能性が非常に高いのです。そのため、1つしかない化石の情報を多くの人が共有できる状態にしておくことが不可欠です。論文が出版されたことで、フタバスズキリュウのデータが世界の化石の研究で役立てられるようになりました。
また、論文の出版により、第三者を納得させられる形でデータが示され、今後の研究でこれらのデータや解釈の再検討が可能になった、ということの重要性も強調したいと思います。科学を科学たらしめるためには、第三者による実験や観察などによって、本当にその結論が正しいのかチェックされることが大切です。学術論文が公表される際には第三者による原稿の審査が行われますし、出版後も繰り返し検証され、その後の新発見や技術の進歩によって異なる結論が導かれることも、ごく普通にあります。こうやって繰り返し確認することによって、自然科学の結論は思想や宗教の壁を超えた人類共通の財産となっているのです。
フタバスズキリュウの発見をきっかけに、日本各地で中生代の爬虫類化石の発見が相次ぎます。
1970年には宮城県で魚そっくりの形をした魚竜と呼ばれる爬虫類の新種が見つかり、1978年には日本で初めての恐竜化石であるモシリュウが岩手県で発見されました。
また、北海道でも1970年代から、モササウルスの一種であるエゾミカサリュウや首長竜のホベツアラキリュウ、ウミガメのメソダーモケリスなどの化石が数多く発見されるようになりました。
2003年にむかわ町で発見された化石は、後に恐竜「むかわ竜」のものであることがわかり、更なる調査で大型恐竜の全身骨格が発掘されました。
西日本でも発見が続き、兵庫県の植物食恐竜タンバティタニスや熊本県の肉食恐竜ミフネリュウなどが有名です。
そして1980年代から大規模な発掘が行われた福井県では様々な恐竜の化石が発見されて、その成果を展示している福井県立恐竜博物館には多くの恐竜ファンが訪れています。この他にも、群馬県・富山県・石川県・長野県・三重県・和歌山県・大阪府・香川県・徳島県・長崎県・鹿児島県など、日本のさまざまなところで恐竜時代の爬虫類の化石が見つかっています。
ともすれば化石の発見という華やかな事実だけが注目されがちですが、化石の学術研究は、多くの研究者による生物の形や地層の性質を調べる地道な基礎研究の積み重ねに支えられていることを忘れてはならない、ということを強調しておきたいと思います。また、フタバスズキリュウやむかわ竜のように、博物館に保管されていた古い化石の調査が新発見に結び付くこともあることから、博物館と研究者の共同作業があって、初めてその化石の学術的な価値が明らかになることもおわかりいただけると思います。化石の発見は、研究の第一歩に過ぎないのです。
フタバスズキリュウの発見から長い時間を経て、研究者や博物館などの研究機関のたゆまぬ努力により日本でも中生代の爬虫類の学術研究が自前でできるようになりました。といっても、研究の歴史が長い国々と比べれば、ようやくスタート地点に来たというところでしょう。発見されたものの詳しく調べられず研究を待っている化石もあり、これから新しい知見が得られる可能性もあります。化石は私たちに贈られた古代からのメッセージで、実はとても多くのことを語ってくれます。そのメッセージを読み解けた時には、とてもワクワクするものです。
これからの研究の発展に期待するとともに、私自身も化石からの新しいメッセージを皆さんにお伝えしていきたいと思います。