NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「海洋プラスチック汚染の行方」(視点・論点)

九州大学 教授 磯辺 篤彦

世界の海岸漂着ゴミのうち、数にして約七割を廃プラスチックが占めます。これら廃プラスチックは、紫外線などによって海岸で劣化し次第に細かく砕けていくと言われています。

s181107_01.jpg

海岸で砂に混じり海を漂うこの厄介な海洋汚染物質を、私たちはマイクロプラスチックと呼んでいます。大きさは5㎜以下です。
海に漂うマイクロプラスチックの発見は、米国の東海岸沖において1970年代初頭にまで遡ります。ただし、その浮遊数は海面一平方キロメートルあたり数千個程度でした。ところが最近では、太平洋や大西洋の中ほどや、あるいは生活圏から最も遠い北極海や南極海ですら、二桁から三桁は多い浮遊数が確認されています。そして、海洋生態系への影響に対する懸念が、最初は研究者から、そして社会全体へと広がりをみせています。今日は、このマイクロプラスチックについて最近の研究成果を踏まえつつ、将来に危惧される海洋プラスチック汚染を回避するため、私たちが取るべき方策について述べてみたいと思います。

そもそも、本来は無害であるはずのプラスチックが、なぜ海洋汚染をもたらすのでしょうか。数ミリメートル以下の大きさになったマイクロプラスチックは、誤食を通して容易に海洋生態系に紛れ込んでしまいます。実際、最近の研究によれば、クジラから魚類や動物プランクトンに至る多種多様な海洋生物の体内から、マイクロプラスチックが検出されています。
 生物が誤食したところで、プラスチックそのものは、本来は無害です。ただし、海を浮遊するプラスチック片の表面には、海水中に薄く広がる化学汚染物質が濃縮して吸着されていきます。加えて、プラスチックには微量ながら有毒な添加剤が含まれています。このような汚染物質がマイクロプラスチックと共に海洋生態系に入り、生物体内で脱着したのち何らかのダメージを与えるといったシナリオを私たちは危惧しています。
化学汚染物質だけではありません。添加剤を含まない未使用のプラスチックビーズを使って、これを海洋生物に摂食させ、発現した障害を報告した実験結果も、最近になって数多く報告されています。毒ではないが栄養にもならないプラスチックを摂取することが、海洋生物にとって大きな負担となるのでしょう。ただし、これらの研究は、いずれも実験室での結果であり、いまのところマイクロプラスチック由来のダメージが、実際の海で海洋生物に見つかったとの報告はありません。
ましてや、海産物経由で人体に影響が出ると言った研究は、現在まで報告されていません。まだ実際の海での浮遊量は、海洋生物に影響を与えるほど多くはないのでしょう。実際にはありえないほど大量のプラスチックを与えた実験は、現実に置き換えにくいものです。大切なことは、実際の海で、現在のマイクロプラスチックの浮遊量を監視しつつ、将来の増加量を確からしく予測することです。

 ところが、マイクロプラスチックの浮遊量を予測することは、なかなか難しい仕事です。最近の研究は、海面近くを漂うマイクロプラスチックが、海流や波に流されつつも、少しずつ姿を消す事実を捉えだしています。

s181107_02.jpg

実際の海で、海水1立方メートルあたりに浮かぶマイクロプラスチックの数を、サイズ別に見てみましょう。図のバーが実際の海で採取されたマイクロプラスチックの数です。破線は、5ミリメートルの大きさのマイクロプラスチックが細かく砕けたとして、質量保存より予想される、サイズ別の数の変化を表します。細かくなるにつれて、海に浮かぶマイクロプラスチックは次第に数を増やすはずでした。ところが実際のマイクロプラスチックの数は、特に1ミリメートルを下回るあたりで、予想よりも急激に少なくなっています。

s181107_03.jpg

海洋生物が誤食した一部は、フンや死骸とともに海底へと沈んでゆくのかもしれません。漂流中に表面を生物膜で覆われ、重くなったマイクロプラスチックも沈むと言われています。海岸に打ち上がって、砂に紛れて、そのまま深く潜り込むこともあるでしょう。北極では海の氷に閉じ込められた大量のマイクロプラスチックが発見されています。
私たちが海域でマイクロプラスチックを採取する際には専用のネットを用いますが、文字通り網の目をくぐるほど細かく砕けたものは、私たちの目に触れることなく、それでも大量に海を漂っているのかもしれません。そもそも、大型の漂着プラスチックごみが、マイクロプラスチックにまで細かくなる過程もよくわかっていません。マイクロプラスチックの発生や行方がよくわかっていないため、必然として将来の浮遊量や海洋生態系への影響を見通すことは難しいのが現状です。
 
さて、実際の海に広がったマイクロプラスチックを回収することは難しいため、ひとたび海洋生物にダメージが現れれば、もはや手遅れです。従って、将来の予測が難しい今であっても、私たちはプラスチックの削減に向けて一歩を踏み出さなければいけません。

s181107_04.jpg

我が国では、毎年、約900万トンの廃棄プラスチックが回収され、リサイクルや焼却処分、あるいは埋め立て処理に回されます。しかし、年間廃棄量の1〜2%に当たる14万トンの廃棄プラスチックは、毎年、環境中に流出すると試算されています。
一般論として50%を90%に高めることは可能であっても、99%を100%に上げることは難しいものです。我が国において廃棄プラスチックの回収率をこれ以上高めることは期待できず、新素材への転換もすぐには困難であるならば、プラスチックの使用量を削減するよりほか当面の方策はありません。我が国のみならず、どの国であっても、いずれ回収率の向上は頭打ちになって、プラスチック使用量の削減は避けられないでしょう。
 
一方で、プラスチックは富裕層のぜいたく品ではなく、安価で丈夫、そして清潔であったからこそ、広く世界に普及しました。拙速なプラスチック使用の規制が、高コストで不衛生な日用品の利用を経済的弱者に強いるようでは、持続的なプラスチック削減など不可能でしょう。プラスチックの使用削減に先進国は耐えられるかもしれませんが、先進国以外の国々にとって、プラスチックを使わないリスクは大きすぎるかもしれません。
 
海洋プラスチック汚染と地球温暖化は問題の構造がよく似ています。どちらも人類の廃棄物による地球環境の変質です。そして、これまでの地球温暖化に対する取り組みが、海洋プラスチック汚染にとって指針を与えるでしょう。気候変動に関する政府間パネルのような研究者や行政が参加する国際機関が、今後のプラスチック削減には必要でしょう。最新の科学的知見を持って、プラスチックを使うリスクと使わないリスクを最小化できるよう、私たちは持続的なプラスチック削減への道筋を、国際的な連携のもとで定めていかねばなりません。
そこには、プラスチックの便利さを享受する市民が、決して大国や豊かな人々だけでなく幅広い市民が、プラスチックを減らす社会の実現に向けた取り組みに主体的に参画できることが重要です。

キーワード

関連記事