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「小学校の英語教育はどうなるのか」(視点・論点)

立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子

今日は英語教育についてお話しします。
日本の学校英語教育は、長いこと「文法を教えて英文を訳すようなことばかりやっているから話せない」と批判されていて、この30年近く「英語を話せる」ことを目標に改革が行われてきています。
 最近では、2020年からセンター試験の後継として新しく始まる「大学入学共通テスト」で、話す力を測定するために民間の英語試験を使うことになりました。それぞれ内容が異なる各種の民間試験の結果をどうやって公平に判定するのか、「話す力」をどうやって測定するのかなど、多くの問題が指摘されています。
 もうひとつ大きな改革が予定されていて、2020年には、公立小学校で英語が教科として教えられることになっています。一体、どういう英語教育になるのだろう、という期待もあれば不安もあるようですので、今日は、小学校で始まる新しい英語教育を中心に、考えてみたいと思います。

「英語を話せるようになりたい」という日本人の願いは実は明治時代からありました。第二次世界大戦後は英語ブームとなってラジオでの英語講座が大人気でした。ただ、学校では文法や読み書きを教えて、会話は英会話学校かラジオ講座というように、役割を分担していた時期が続きました。
 ところが1980年代に入ると、経済界から「使える英語」を求める声が非常に強くなり、1989年の学習指導要領から、「英語教育はコミュニケーションが目的」だ、という方向性がはっきり打ち出されました。話せるようになるため、「オーラル・コミュニケーション」という科目が新しく作られ、リスニングやデイスカッション、デイベートなどが授業で取り入れられるようになりました。
 それだけではありません。今日に至るまで、文部科学省は抜本的な英語教育改革を次々に行ってきました。ALTと呼ばれる英語を母語とするネイテイブスピーカーを指導助手として各学校に送り込んだり、センター入試の英語にリスニング試験を導入したり、公立中学高校の英語の先生全員に研修を受けさせたり、多くの予算を注ぎ込んで改革を続けてきました。
 ところが、残念ながら目覚ましい成果は得られていません。そこで、やっぱり早くから始めた方が良いのではないか、となり、とうとう小学校で英語を教えることになったわけです。

 現在の公立小学校では、5年生と6年生が週に1回、「外国語活動」として英語でゲームをしたり歌を歌ったりしています。教えているのは学級担任の先生が中心で、ALTがつくことも多くなっています。
 そして2020年からは新しい学習指導要領が始まり、5年生と6年生は「教科」として英語を勉強することになります。英語に親しむことを目的とする「外国語活動」は3年生と4年生になります。
 5年生と6年生は、「教科」としての英語を学ぶので、遊んでばかりはいられません。検定教科書を使って、話すだけでなく、読んだり書いたりもします。小学校の4年間で600語から700語の単語を覚えることになっています。
「教科」なのですから、もちろん成績もつきます。
  
 ここまでお聞きになると、「それは良かった、小学校で英語を始めれば、日本人も英語を話せるようになるだろう」、と思われるかもしれません。
 ところが、新しく「教科」となる英語教育には、心配な点があるのです。
 最大の問題は、「誰が教えるのか」という点です。小学校の先生は、小学生を教える専門家ですけれど、英語の専門家ではない先生たちが大半です。その先生たちがなんとか英語を教えられるように、短期の研修を行っていますが、とても十分とは言えません。
 中学校の英語教員免許を持っている人が小学校で教えることも実施されていますが、中学生と小学生では認知的な発達が違います。中学生に教えていたのと同じやり方で小学生を教えようとしても無理なので、なかなか苦労が多いようです。
 英語ができる一般の人たちに「特別免許」を発行して小学校で教えてもらうことも始まっていますが、英語を教える資格があるかどうかを誰が、どうやって見極めるのか、質の確保は大丈夫なのか、という懸念もあります。
 児童英語教育の専門家は数が少ないので、全国の公立小学校に行き渡るほどはいません。ALTを増やせば良いという見方もありますが、英語教師としての訓練を受けていない場合は、単に母語としての英語を話せるだけですので、すべてお任せする、というわけにはいきません。

 小学生に英語を教えるということは、想像するほど簡単ではないのです。
 初めて習う外国語は、最初が肝心です。小学生をよく知っている英語の専門家が教えないと、成果が上がるどころか英語嫌いが増えてしまいます。
英語の専門家でない人がなまはんかな知識で英語を子供に教え込んでしまうと、間違った英語が身についてしまい、後で「学び直し」が必要になります。これでは子供たちがかわいそうです。
まずは教員免許法を改正して、「小学生に英語を教える専門家」を養成するべきでしょう。
 ただし、これには時間がかかるので、今の子供たちには間に合いません。そこで小学生を持つ親御さんなど保護者の方々には、小学校の英語教育で英語が完璧にできるようになる、などという幻想を持たないでいただきたいと思います。 

 どのみち小学校で週に1回か2回勉強すれば誰もが英語を話せるようになるというわけではありません。簡単な日常会話のパターンを覚えるだけでは、仕事に使える英語にはならないのです。
 英語をコミュニケーションに使えるようになるためには、中学と高校での基礎作りが欠かせません。英語を読んで単語や表現を学んで、それを書いてみる、口に出して言ってみる。そういう地道な練習が土台となって、英語を話す力が少しずつ培われていくのです。
 学校英語教育で教えるべきは、語彙や発音や文法などの言語知識と、一貫性を持って書いたり話したりする力です。その上で、英語圏の社会で適切とされる表現やコミュニケーションの方法など、「社会言語能力」を、時間をかけて学んでいかなければなりません。
 そもそも外国語は、生涯をかけて学ぶものです。まして英語は、文法も発音もコミュニケーション・スタイルも、全てが日本語とは全く違う外国語です。話せるようになるまで時間がかかるのは、仕方のないことです。

 小学校では、母語である日本語を使って、友達や先生と言葉を通してコミュニケーションをとることが、最も大切な学びとなります。言葉は相手との関係を深めることもあれば、壊すことだってあります。そのような言葉の楽しさと怖さに気づくこと、それが外国語を学ぶための素地となり、根っことなります。
 母語と違う外国語を学ぶことは、母語とは違う世界への「窓」を持つことになります。英語の「窓」を通して世界が見えるだけでなく、日本語が見えてくることもあります。つまり、視点が増えることになります。複眼的な見方や多角的な考え方ができることは、これからの子供たちが世界で活躍する上で、貴重な財産となります。英語だけでなく、いずれ他の外国語も学べば、世界はもっともっと広がります。
 その出発点となる、と考えれば、やっぱり英語は大事です。
 でも、急ぐ必要はありません。ゆっくり、楽しく英語と接し、「英語って、日本語とはずいぶん違うけど、なんだか面白いな」と子供たちに感じて欲しいと願っています。

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