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「米中貿易摩擦の背景と日本の対応」(視点・論点)

東京大学 教授 中川 淳司

米国と中国の貿易摩擦がエスカレートしています。米国のトランプ政権は、7月に、知的財産権の侵害などを理由に、中国に制裁関税を発動し、中国も対抗関税を発動しました。その後、米国は8月と9月にも追加的な制裁関税を発動し、中国も対抗関税を発動しています。きょうは米中の貿易摩擦の経緯と背景、今後の見通し、そして日本の対応について、国際法の観点から考えてみます。

まず、米中の貿易摩擦の経緯を見ておきましょう。

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米国は7月、知的財産や技術移転などに関する中国の政策が米国に不利益を及ぼしているとして、中国からの輸入品340億ドルに25%の制裁関税を適用しました。中国はこれに対抗して、同額の米国からの輸入品に同率の追加関税を適用しました。さらに米国は8月、中国からの輸入品160億ドルに25%の制裁関税を適用、中国も同額・同率の追加関税で対抗しました。そして、9月、米国は第3弾として、中国からの輸入品2000億ドルに10%の制裁関税を適用、中国は米国からの輸入品600億ドルに5%ないし10%の追加関税を適用しました。こうして、現在、米国は中国からの輸入のほぼ半分に当たる2500億ドルに制裁関税を適用し、中国は米国からの輸入の8割を超える1100億ドルに追加関税を適用しています。

それでは、米中の貿易摩擦で、米国は中国に対して何を求めているのでしょうか?
米国が元々求めていたのは、中国の知的財産や技術移転などに関する政策の見直しでした。どういうことかといいますと、米国が中国に制裁関税を適用した根拠となっているのは、通商法301条です。外国の不公正な貿易慣行が米国に不利益を及ぼしている場合、相手国に制裁関税を適用することを大統領に認めています。昨年8月、トランプ大統領は、知的財産や技術移転などに関する中国の政策が不公正で、米国に不利益を及ぼしているかどうかを調査するよう、米国通商代表部に命じました。今年の3月、米国通商代表部は調査結果を公表し、中国の政策が不公正で、米国に不利益を及ぼしていると判定しました。米国はこの判定に基づいて、7月以降、制裁関税の適用に踏み切ったのです。

しかし、制裁関税の適用に踏み切る前の5月に行われた米中の協議で、米国が提示した要求書には、この他に多くの項目が盛り込まれていました。

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期限を切って、米国の対中国貿易赤字を1000億ドル、さらにもう1000億ドル削減すること、中国が2015年に公表した産業政策「中国製造2025」でうたった、重点産業への補助金を直ちに廃止すること、中国の関税率を米国の関税率の水準まで引き下げること、中国のサービス市場の開放を進めること、などです。この要求書に基づく米中の交渉は5月から6月にかけて、また8月末にも行われましたが、交渉はまとまっていません。その一方で、米国は中国への制裁関税の対象を拡大し、米中の貿易摩擦がエスカレートして今日に至っています。

このように、米国は、元々は中国の知的財産や技術移転などに関する政策を問題にして中国に制裁関税を適用する手続を始めましたが、手続が進むにつれて、米国が問題にする政策の対象が広がりました。米中の貿易で米国が大きな赤字を計上していること、さらには、中国が掲げる産業政策「中国製造2025」を実行するために行っている補助金までも問題にするようになっています。

この背景には、急速に成長を続け、米国に次いで世界第2位の経済規模となった中国が、先端技術の面でも米国に迫ろうとしていることに対する米国の強い警戒があります。8月には、米国の安全保障上重要な技術分野に外資が参入することを厳しく規制する法律が導入されました。これも、中国がそのような分野で米国の先端技術を獲得することを規制するのが主なねらいだと説明されています。
他方で、中国にとっても、先端技術分野などの重点産業を伸ばす産業政策「中国製造2025」は、国を挙げて取り組む重要政策であり、米国からクレームがついてもおいそれと修正に応じることは政治的に難しいでしょう。貿易摩擦が先端技術をめぐる米中の覇権争いの性格を帯びてきたことで、問題が長期化するおそれがあります。11月に中間選挙を控えた米国トランプ政権にとって、中国への強硬姿勢を改めることは得策ではないと思われます。今後も水面下でぎりぎりの交渉が続くと見ていますが、交渉妥結の見通しは立てにくいのが現状です。貿易摩擦が長期化すれば、米中の景気が悪化し、世界経済全体にもマイナスの影響が出てくるでしょう。

米中の貿易摩擦は日本にどのような影響を与えるでしょうか?
いくつかの面でマイナスの影響を与えます。中国に投資し、そこで生産した製品を米国に輸出している日本企業は数多いですが、これらの企業は、その製品が米国の制裁関税の対象となれば、業績に悪い影響が出ます。中国企業に部品などの中間財を輸出している日本企業にとっても、米国の制裁関税の影響で中国企業の生産が伸び悩み、中間財の輸出が低迷する恐れがあります。さらに、中国の製品が米国の市場から締め出されて第三国の市場に向かうようになり、その結果、第三国市場で増えた中国製品との競争が激しくなっていくでしょう。今日の世界では、複数の国にまたがって生産プロセスを構築する、供給網のグローバル化が進んでおり、日本企業も、グローバルな供給網に中国とともに組み込まれているため、直接・間接にマイナスの影響を被る日本企業が多数出てくることが予想されます。

最後に、日本は、米中の貿易摩擦にどのような対応をとるべきでしょうか? 
米国が問題にする中国のさまざまな政策のうち、知的財産に関わる政策は、知的財産の十分な保護を命じたWTOの貿易関連知的財産権協定に違反する可能性の高いものです。しかし、だからと言って米国が行っているように、一方的に制裁関税を適用することは、WTOのルールに違反しています。米国は3月、中国の関連する政策について、貿易関連知的財産権協定に違反するとしてWTOの紛争解決手続に申し立てました。日本は、この問題に関心を持つ第三国として、紛争解決手続に参加しています。このように、米国が問題にする中国の政策のうち、WTOのルールに違反する疑いのあるものについては、あくまでもWTOの紛争解決手続を通じて是正を求めるという原則に従って行動することが、日本のとるべき対応です。

それ以外の中国の政策については、日本は米国の主張に同調すべきではありません。貿易赤字にせよ、産業政策にせよ、明確な国際ルールが存在しない中で、一方的に他国の政策を不公正と判定して、制裁関税を適用するということは、ルールに基づく貿易自由化を柱とするWTO体制を根底から揺るがすものです。
9月末に、日本と米国、EUの貿易大臣は、中国を念頭に置いて、国が出している補助金についての透明性を高めるWTOルールの策定などを含めて、WTOの改革に向けた共同行動をとることを宣言しました。このように、ルールの不備を埋め、ルールに基づく貿易自由化を柱とするWTO体制を強化する方向に努力することが必要です。

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