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「皇后さまと子どもの本の世界」(視点・論点)

絵本編集者 末盛 千枝子

 「でんでんむしの悲しみ」 というお話をご存知でしょうか。ある日でんでん虫が、自分の背中の殻に、悲しみがつまっていることを知り、もう生きていけないと、友達に話します。友達のでんでん虫は、自分の背中にも、悲しみは一杯つまっていると答えます。小さなでんでん虫は別の友達を訪ね歩きますが、どの友達からも返ってくる答えは同じでした。
でんでん虫はやっと、悲しみは誰でも持っているのだと気が付き、私は、私の悲しみをこらえて生きていかなければならない、と嘆くのをやめましたというお話です。

私が初めてこのお話を聞いたのは、皇后さまからでした。皇后さまはバッシングで受けたストレスのために、平成5年のお誕生日のその日にお声を失ってしまわれ、それは3ヶ月ほど続き、その間に葉山で静養しておられた皇后さまからこのお話を伺いました。ほとんど聞こえないような、囁くような小さいお声で、この「でんでんむしの悲しみ」を話してくださったのです。これほどお辛いことを、この方は子供の時にお聞きになったお話で、乗り越えようとしておられると本当に驚き、感動いたしました。
 この数年前にIBBYの日本支部であるJBBYがアンデルセン賞の候補として、まど・みちおさんを推薦しようと、まどさんの詩の英訳を皇后様にお願いいたしました。ご自分が素晴らしい歌人であられ、しかも詩の英訳にも興味を持っておられたからです。皇后様は20篇を、英語に訳してくださいました。
それは素晴らしい英訳でしたので、ちょうど出版社を立ち上げていた私は、古くからの友人だったアメリカの編集者と共同で平成4年に「ANIMALS どうぶつたち」として日本語と英語の対訳で出版させていただきました。もちろん、恐れ多いという恐怖心に似た思いはありましたが、こういうタイミングで出版を始めたことは何か自分にも役割があるような気がしたのです。その2年後の平成6年スペインのセビリア大会でまどさんは日本人の作家として初めて国際アンデルセン賞作家賞を受けられました。今年はギリシャのアテネで開かれた大会で角野栄子さんがアンデルセン賞を受けられました。

 IBBYという組織は世界中で子供と本を結ぶために働いている人たちの集まりで、本部はスイスのバーゼルにあって、現在79カ国が加盟しています。
この組織はナチスによって本がほとんど廃棄されていた戦後のドイツに、亡命先から帰った、イエラ・レップマンというユダヤ人女性が、「ドイツの子どもたちに絵本を送ってください、」と世界20ケ国に手紙を送ったことから始まりました。絵本ならば、言葉がわからなくても楽しむことが出来るからです。2度とこういうことが起こらないためにドイツの子供たちに平和を伝える絵本を送ってくださいと書いたのです。この精神は、今も健在です。

世界大会は2年に一度各国持ち回りで開催されています。
平成10年のIBBY世界大会はインドのニューデリーで開かれました。インド支部は、ニューデリー大会に向けて皇后さまのご出席を願い、基調講演をお願いしたいと4年前から熱心に依頼していました。大会のテーマは「子供の本を通しての平和」というものでした。皇后さまは、ずいぶん悩まれたようでしたが、インドは、大変熱心にお願いを続け、皇后さまは「子供時代の読書の思い出」と題して講演の原稿を書き始められました。ところがそんな時に、インドが核実験をしたのです。皇后さまのインド行きは極めて難しくなりました。それでも皇后さまは黙々と、お書きになった原稿に手を入れておられました。そして実際のニューデリー大会直前になって、皇后さまにお出かけいただくわけにはいかないという決定が伝えられ、皇后さまは4年も待たせた挙句に、大会初日の基調講演に穴をあけるということが主催者にどれほどのダメージになるかと心を痛められ、急遽ビデオにご講演を収録して、現地で、それを流すという方法がとられました。ニューデリー大会のわずか10日ほど前のことでした。私はその収録に立ち会いましたが、歴史的な大事件に立ち会っていると思っていました。

 ご講演の中で、皇后さまは「でんでんむしの悲しみ」をはじめとして、ご自分がどのような本に親しんで来られたか、そして、それがどのようなことをもたらしてくれたかをお話しになられました。本当に素晴らしいお話で、世界中から集まった800人の人たちは、ニューデリーの会場で静かに語られる皇后さまのお言葉に熱心に耳を傾け、涙を浮かべている人もたくさんいました。

 平成14年にバーゼルで開かれた50周年記念大会にご出席になられた皇后さまは、自分以外の人がどれほどに深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでしたと話され、読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました、私たちは複雑さに耐えて生きていかなければならない、悲しみの多いこの世を子供が生き続けるためには、悲しみに耐える心が養われるとともに、喜びを敏感に感じとり、喜びに向かって伸びようとする心が養われることが大切だと思います、貧困をはじめとする様々な要因により、本ばかりか文字からさえ遠ざけられている子供たちや、紛争の地で日々を不安の中に過ごす子供たちが、あまりに多いことに胸を塞がれます、私たちは、この子供たちの上にただ涙を落とし、かわいそうな子供としてのみ捉えてはならない、多くの悲しみや苦しみを知り、これを生き延びた子供たちが、やがて彼らの明日の社会を、新たな叡智をもって導くことに希望をかけたいと思います。どうか、この子供たちを皆様方の視野に置き続けてください、と話され、世界中の人たちに深い感動を与えました。
 
 私自身は、ご一緒に本を作ったりしてまいりましたが、10年前に東京を離れ、岩手に引っ越すにあたり、皇后さまにお目にかかることはもうないかもしれないと思っておりました。ところが、2011年3月に東北の大震災が起こり、現地の岩手に住む者として、絵本を子供たちに届ける「3.11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げ、かえって、頻繁に連絡を取らせていただくようになりました。

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皇后さまはご自分のお気に入りの絵本をお送りくださり、ボランティアの人たちに、ホッとしてもらいたいからと、ご所蔵の絵本原画をお貸しくださり、盛岡で展覧会をすることもできました。
 平成が次の世代に変わろうとする今、大変な災害が続き、両陛下はご高齢を押して、お見舞いに駆けつけておられます。どうか、お務めを全うされ、安心して、次の世代に象徴のバトンをお渡しになれますようにと心から祈っております。

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