NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「ペットの健康寿命を延ばすために」(視点・論点)

獣医師 太田 亟慈(じょうじ)

私は獣医師として、病気になった動物たちの外科手術に長年携わってきました。手術を繰り返す中、ある時ふと気づきました。
動物たちが病気になってから動物病院に来るのではなく、なる前に動物病院にきてもらい病気にならない環境をつくることが私の使命ではないか、これが、今私が取り組む、活動の原点になりました。
今、日本には推計で892万頭の犬、953万頭の猫が飼われています。世帯飼育率は犬で13%、猫で10%といわれ、4~5世帯に1世帯は、犬か猫を飼っておられます。その犬と猫も平均寿命が、人間同様にとても長くなっています。平均寿命が延びることは一見いいようにも思いますが、その一方で病気のリスクや飼い主の高齢化など様々な問題が起こります。今日はペットの高齢化の現状と大切な家族であるペットが健康で幸せに生きるためのヒントをお話しします。

まず、高齢化がどのくらい進んでいるかといいますと、現在では犬の平均寿命が14歳、猫の平均寿命が15歳となっています。これは人間に換算すると、大型犬、中型犬、小型犬で違いがあるものの、犬で70代から90代後半、猫ではおよそ73歳になります。

このペットの寿命延伸の要因は、動物医療の進化・ペットフードの進化・飼育環境の変化です。
現在の動物医療においては、MRIなどの検査から内視鏡手術、放射線や抗がん剤治療など、ほぼ人間と同じ医療が提供されています。フィラリア予防薬やワクチンもあたりまえのものとなり、がんをはじめ命に関わる病気に対するさまざまな動物医薬品が実用化されています。
また、ペットフードの進化もめざましく、犬や猫の種類や年齢、体調に応じた療法食や、サプリメントが簡単に入手できるようになりました。
飼育スタイルの変化も大きく、犬と猫を合算した室内飼育率は88%にのぼり、感染症にかかるリスクが大幅に減少しました。
これらが寿命延伸に大きく貢献しています。

その一方、ペットの高齢化が進むことで問題も出てきています。運動器疾患や、認知症になったりと、ペットにも介護が必要になるケースが増えています。高齢化するのは、ペットだけでなく、飼い主も同様です。高齢者が高齢のペットの世話に苦労する新たな「老々介護」問題が出てきています。東京都福祉保健局の資料によると、高齢者が感じているペットに関する悩みは、自分の体力が落ちて、毎日の世話が大変、自分の入院が必要だと医師から言われているが、ペットがいるから難しい、ペットの介護が必要となったが、どう対応したらいいか分からない、などが多くなっています。そこでペット共生型老人ホームやペット信託など高齢者のニーズに応えるサービスが生まれてきていますが、これらの問題は今後ますます大きな社会問題となることでしょう。

またペットの健康寿命はどうかと言うと、人間同様の問題を抱えていて、どれだけ健康で長く生きることができるかがポイントになります。

現在飼われている犬や猫の半数近くが、7歳以上となっています。
犬や猫の加齢スピードは人の四倍と言われています。

s181110_01.jpg

7歳というと、人間の年齢に換算すると、大型犬では54歳、小・中型犬や猫でも44歳にあたります。人間同様、病気が増えてくる中高年と言われる年齢です。
加齢スピードが四倍であることは、病気も四倍のスピードで進行していきます。私たちが行った調査では、ペットの健康管理を気にかけていたと答えた飼い主が、86%いらっしゃいました。ところが一方で、ペットを病気で亡くした飼い主が病院を受診したタイミングは、「すでに手遅れ」の傾向がありました。

動物病院の獣医師のほとんどは、動物が大好きだから獣医師になっています。大好きな動物が、もう手遅れの状態で運ばれてくることは、とても悔しく残念なことです。

大切な家族、ペットの健康寿命をのばすにはどうしたらいいか。
同じ志をもつ獣医師たちと予防医療の推進活動を行う団体を立ち上げました。

私たちが推奨している予防医療の施策はふたつ。飼い主の方々が日常的にセルフチェックできるウェルネスチェックと、健康診断です。

s181110_02.jpg

ウェルネスチェックは、全部で14項目あります。飼い主の方が、ペットを観察し、触って、チェックしてもらうものです。・元気がない、・食事量や飲水量に変化がある、・排泄物の色や臭い、量、固さや排泄の回数などに変化がある、などです。このひとつだけでもチェックがついたら、かかりつけの動物病院へ、チェックシートを持って行ってください。ペットと暮らし始めたその時から、年に二回以上のチェックをおすすめしています。

もうひとつは、「健康診断」です。これまで犬と猫の健康診断には、統一した基準がありませんでした。私たちが、最初に作りあげました。

s181110_03.jpg

項目には問診、視診、触診、聴診、血液検査、尿検査、便検査、レントゲンなど多岐にわたります。ペットと暮らしはじめたときから年に一回、7歳を過ぎたら年に二回、可能ならば年四回動物病院でぜひ健康診断を受診してください。個体ごとに異なるペットの健康な時の数値や状態がわかっていれば、変化がわかりやすく、病気の診断がつきやすくなります。

健康診断後に病気が見つかった場合は早速治療を開始します。まだ病気ではないけれど、気になることが見つかった場合は、飼い主に、今後注意してほしいことをお伝えします。食事や運動などの生活習慣を変えることで、健康寿命を延ばすことができます。健康診断には費用がかかりますが、重症になってからの治療費に比べれば安く、また治療によるペットの身体への負担も少なくなります。そして、飼い主には後悔がありません。7歳までは年に一回、7歳を過ぎたら年に二回の健康診断をおすすめしています。

いいことづくめの健康診断ですが、まだまだ受診する飼い主が少ないのが私たちの悩みです。どうしたら、健康診断をみなさんに受けてもらえるのでしょうか?

私たちは、昨年「ペットの健康診断の日」を作りました。10月13日、じゅういさん、という語呂合わせですが、覚えていただけたらうれしいです。今年はその日を中心とした9月、10月に、全国で市民公開講座などのイベントを開催しています。
私たちの団体は、趣旨に賛同いただいた全国の動物病院で、 10月を健康診断キャンペーン月間として、健康診断の呼びかけを行っています。近隣のペットショップやトリミングサロンなどにも協力いただき、多くの方に、ペットにも健康診断がある、ということを知っていただけるようにしています。

時間がないから健康診断を受診できない飼い主の方には、ワクチンやフィラリア予防に動物病院を訪ねる際にいくつかの項目を受診して、一年を通して全部の項目を受診する、という方法もあります。
また、動物病院によっては、一日中預かって健康診断をしてくれる病院もあります。

動物病院は、動物が大好きな獣医師のいるところです。しつけや、食事、しぐさなど、何でも気になることは相談に来ていただけたらと思います。
症状が出てからでは遅いのは、人間も動物も同じです。また、動物は本能として、不調を外に見せないようにします。
飼い主自身が行う「ウェルネスチェック」と、動物病院での「健康診断」をぜひ習慣にしていただき、大切な家族の一員であるペットの健康寿命を延ばすことを願います。

キーワード

関連記事