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「地域の災害特性を知ることの重要性」(視点・論点)

静岡大学防災総合センター 教授 牛山 素行

今年は、梅雨前線の活動が活発で、台風の上陸も続いています。なかでも7月5日から8日にかけて発生した「平成30年7月豪雨」は、西日本各地に被害をもたらし、8月21日現在の消防庁の資料によれば、全国の死者は221人、行方不明者など10人、計231人に上っています。
 我が国は、世界的に見ても雨が多く降る地域に位置しており、古くから多くの風水害に見舞われてきました。

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理科年表を元に戦後の主な風水害をみますと、1回の台風や大雨で死者・行方不明者数が1000人を越える事例が少なくとも7回記録されています。平成30年7月豪雨と同程度以上の、死者・行方不明者230人以上の事例も、1950年代には13回記録されていました。しかし、このような大きな被害をもたらす事例は次第に少なくなり、死者・行方不明者230人以上の風水害事例は、1982年の「昭和57年7月豪雨」、いわゆる「長崎大水害」時の345人を最後として発生していませんでした。平成30年7月豪雨による人的被害は、1950年代に頻発していた規模の被害が、現代において発生してしまったものととらえることができるかもしれません。
 近年、豪雨の発生する頻度に増加傾向が見られることがよく指摘されています。一方、豪雨による人的被害や家屋被害については、戦後ほぼ一貫して減少傾向が見られます。なぜこのように被害が減少しているのか、因果関係を明確に示すことはかなり難しい面がありますが、おそらく、ハード面、ソフト面の様々な防災対策の積み重ねの結果ではないかと推測されます。しかし、こうした対策もけっして万全なものではなく、激しい現象が発生すれば時として大きな被害が生じうることを、今回の災害は示しているのではないでしょうか。また、地形的には災害が起こりやすいところであっても、様々な対策が進んだ結果、ここは安全なのだ、と思い込まれてしまうなど、現代ならではの課題もありそうです。自然はそもそも時空間的なスケールが人よりはるかに大きく、恐ろしいものであるということを、あらためて認識する必要があるのかもしれません。
 平成30年7月豪雨による死者・行方不明者の発生場所を見ていきますと、被害の多くは思いもよらないところで発生しているのではなく、起こりうるところで発生している、といえそうです。なお、これ以降では死者・行方不明者を合わせて、犠牲者、と申し上げます。

私たちの研究室では、最近十数年間に発生した日本の風水害による犠牲者の発生状況についての調査を続けています。

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この図は、我々の調査結果をもとに、土砂災害による犠牲者の発生場所と、ハザードマップ等に示されている土砂災害危険箇所の関係を示したものです。これまでの調査から、土砂災害による犠牲者の88%が土砂災害危険箇所の範囲内、もしくはそのすぐ近くで発生していることが分かっています。平成30年7月豪雨についても調査をしていますが、今のところ、これまでと同様な傾向が見られています。

一方、洪水など水に関わる犠牲者については傾向が若干異なります。

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この図で「洪水」とは川からあふれた水に流されたと思われるケース、「河川」とは増水した河川付近を通行するなどして川に転落したと思われるケースを指します。これらの犠牲者の発生場所と、ハザードマップ等に示されている浸水想定区域の関係を示しています。これまでの調査では、浸水想定区域内、またはそのすぐ近くで発生した犠牲者は、34%ほどにとどまっています。この背景としては、浸水想定区域の指定には河川ごとに浸水域をシミュレーションで求める作業が必要なため、大河川では指定が進んでいますが、中小河川については対象箇所も多いことなどから指定が進んでいないといったことが考えられます。
一方平成30年7月豪雨では、浸水想定区域内での犠牲者が洪水による犠牲者の6割に上り、これまでの調査とは異なる傾向を示しました。この被害の多くは岡山県倉敷市真備町地区で生じたものですが、この地区ではすでに浸水想定区域の指定が行われていました。浸水想定区域という情報自体は、被害の発生と密接な関係があることが示されたと思われます。
 水関係の犠牲者についても、予想もつかないような所で発生しているというわけではありません。

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この図は、地形分類図などの資料を用いて、水関係犠牲者の発生場所と、その場所の地形の関係を示したものです。地形は、山地、台地、低地の3種類に大きく分けることができます。このうち洪水による被害を受けやすいのは低地と呼ばれる地形です。これまでの調査では、犠牲者の8割以上が低地で発生していることが分かっており、平成30年7月豪雨についても、ほぼ同様な傾向が見られます。
 しかし、水関係の被害については、一般的に参照が容易な洪水ハザードマップだけでは、危険性を把握しにくい面がありそうです。特に、山間部の中小河川などでは注意が必要です。山の中だから、あるいは小さい川だから洪水とは関係ない、ということはありません。

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ハザードマップで浸水想定区域の色が塗られていなくても、川の近く、川と同じくらいの高さの所では、洪水など水による被害を受けうると考えた方が良いでしょう。普段水が流れているところだけが川ではありません。たとえば、堤防がないような川であれば、川に架かる橋の道路面より下はすべて川です。この高さと同じくらいの所は、現在でも川が地形を形成している場所ですから、今後も川からあふれた水が流れる可能性があります。
 これまでに見たように、土砂災害による犠牲者、水関係の犠牲者ともに、そのほとんどは地形的に被害が起こりうるところで発生しており、その傾向は平成30年7月豪雨についても同様でした。ハザードマップ等で示された、それぞれの地域の災害特性を知っておくことが重要であることがあらためて示されたと思います。しかし、このような情報が必ずしも十分理解されていないのが現状です。

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この図は、平成30年7月豪雨で大雨特別警報が出た、福岡県、広島県、岡山県にお住まいの方を対象に、当研究室で災害後に行ったアンケート結果の一部です。地形的に洪水の可能性のある「低地」にお住まいの方の回答ですが、「お住まいの地区は、大雨による洪水の災害に対して安全だと思っていましたか」の質問に対し、「危険」あるいは「やや危険」と回答した人は26%にとどまっています。このように、居住地域の風水害についての災害特性を楽観的にとらえる人が多いことは、私たちがこれまでに他の地域で行った調査でもおおむね同様な傾向が見られています。
 平成30年7月豪雨による人的被害は、近年の我が国の風水害としてはかなり規模が大きかったことは間違いありません。しかし、犠牲者が生じた場所の多くは、地形的には洪水、土砂災害が起こりうるところであったことも、また現実として受け止めなければならないでしょう。現代に生きる我々が恵まれているのは、ハザードマップなど、それぞれの地域の災害特性を知るための情報や、様々な気象情報など、差し迫る災害を予見するための情報が豊富に提供され、それらを利用する環境も便利になっている事にあると思います。被害軽減のために我々ができることはまだまだあるのではないでしょうか。



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