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「南海トラフ地震への備え」(視点・論点)

名古屋大学減災連携研究センター センター長 福和 伸夫

南海トラフ地震の発生が心配されています。この地震は、過去から繰り返し発生し、近い将来に必ず起きると言われています。その被害は甚大で、国難とも言える事態が予想されています。しかし、国は、確度の高い予測は困難、との見解を示し、地震の直前予知に基づく防災対応を見直すことになりました。これを受けて、気象庁は、「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することにしました。ですが、この情報が出た時の基本的な対応の在り方がまだ定まっていません。本日は、南海トラフ地震に対して今後どのように備えていくべきか、考えてみたいと思います。

南海トラフとは、駿河湾から四国沖にかけて存在する溝状の海底地形のことです。西日本が乗っているユーラシアプレートの下にフィリピン海プレートが潜り込んでいる場所です。南海トラフ沿いでは、過去から巨大地震が繰り返し発生してきました。その震源域は、東から東海地震、東南海地震、南海地震の3つに区分され、全体を南海トラフ地震と呼んでいます。これらの地震が起きる前後には西日本を中心に内陸で地震が多発する地震の活動期を迎えます。

南海トラフ沿いでの過去3回の地震は、1707年宝永地震、1854年安政地震、1944年・46年の昭和地震です。地震の起き方は様々で、宝永地震では3つの震源域がほぼ同時に活動しましたが、安政地震では東海・東南海地震と南海地震が32時間差で、昭和地震では東南海地震と南海地震とが2年をおいて起きました。これらの過去の地震の発生間隔を根拠に、地震調査研究推進本部は今後30年間の地震発生確率を70%~80%と評価しました。

2011年にマグニチュード9の東北地方太平洋沖地震が発生しました。その後、南海トラフ沿いでもマグニチュード9クラスの地震対策が必要だと考えられ、中央防災会議の作業部会で被害予測が行われました。
その結果は、最悪、死者32万3千人、全壊・焼失家屋238万6千棟、廃棄物は3億1千万トンにも及ぶものでした。ライフライン被害も深刻で、社会機能が完全にマヒします。被害が大きすぎるとの指摘もありますが、東北地方太平洋沖地震と比べて震源域が陸に近いこと、被災人口が十倍程度になることを考えれば、過大ではないと思われます。

被災者数は国民の約半数、全壊・焼失家屋数やがれき量は日本で毎年作る住宅や廃棄物の数年分に相当します。このため、災害後対応や住の確保が困難になり、膨大な関連死が予想されます。土木学会が最近発表した予想経済損失額は、20年間で1410兆円にも及びます。千兆円を超える多大な債務を抱え、人口減少の時代を迎える中、このような被害を出せば国が衰退します。

「災害被害軽減のための国民運動」を広げ、被害を減らす努力をする必要があります。全ての国民が、家屋を耐震化し家具固定をすれば、地震の揺れから命を守り生活や財産も守れます。そして、地震後、速やかに津波避難をすれば、死者を5分の1に減らすことができます。そうすれば助けられる人から助ける人に代わります。総力で被害を減らしていきたいと思います。

さて、話が戻りますが、昭和地震では、南海トラフの3つの震源域のうち、東海地震の震源域だけが割れ残りました。この場所は安政地震以降のひずみが蓄積されていると考えられ、1976年に東海地震説が提唱されました。まさにその時期に、1974年伊豆半島沖地震、1976年河津地震、1978年伊豆半島近海地震が発生しました。静岡県民は地震への不安を募らせ、東海地震の対策が急務だとの機運が盛り上がりました。この間には、1975年に中国で海城地震が発生し、地震の直前予知に成功したとの喧伝もされました。「日本沈没」が刊行された時期でもあり、地震予知研究へも期待も高まりました。

東海地震説、静岡県での地震の続発、地震予知への高まる期待の中、1978年に、東海地震の直前予知を前提にした大規模地震対策特別措置法が制定されました。ですが、すでに法律制定から40年が経ち、社会状況も大きく変わり、南海トラフ全域での地震も心配されるようになりました。また、東北地方太平洋沖地震で明確な前兆すべりがなかったことや、地震発生の多様さなどから、直前予知の難しさも分かってきました。こういった中、国も「確度の高い地震の予測は困難」と判断し、昨年11月から、気象庁が「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することになりました。

毎月の「定例」発表に加え、震源域で異常な現象を観測した場合に「臨時」の情報が発表されます。臨時情報を発表する異常な現象としては、震源域の片側で地震が起きたり、震源域の中で比較的規模の大きな地震が起きたり、前兆すべりが検出されたとき、などが想定されています。

異常な現象が検知されれば、様々な見解が報道され、社会の混乱も予想されます。ですが、現状の科学の力では、確率論的な地震発生危険度は示せても、いつ地震が発生するかは確定的に言えません。異常な現象が検知されても、大地震が起きないことも十分にありえます。とは言え、発生すれば甚大な被害になる百年に一度の巨大災害です。空振りを覚悟で、見逃しを避ける態度が必要です。命を守ることを最優先にして、何とか社会活動を維持する方策を考える必要があります。あらかじめ起こり得る事態をできる限り想定し、基本的な対応方針を決めておきたいと思います。

そのためには、社会全体としての統一的な防災対応が必要かどうか、その場合の統一の程度、対応を一斉に開始する仕組み作り、社会が許容できる緊急的対応の期間、万が一の法的な責任などについて、十分に議論しておく必要があります。例えば、学校の休校を考えてみてください。対応の仕方は、異常現象の切迫度や、地域による災害危険度、個人による行動の困難度、組織による社会的影響度の違いなどによって異なります。個々の状況に応じた基本的な対応の方向性を、国は示す必要があります。これを受けて、個人、家庭、地域、組織などがどのように対応すべきか当事者意識を持って考え、地域ブロックごとに連携して対応していくことが必要になります。

例えば、震源域の半分で巨大地震が起きた場合を考えてみましょう。東北地方太平洋沖地震を上回る甚大な被害に対し、被災地救援に全力を尽くすべきです。しかし、地震が起きなかった残りの震源域の側では、次なる地震に備えるべきか救援に行くべきか葛藤します。津波到達までの猶予時間がない場所では、要配慮者を中心に予め避難する必要があります。耐震性のない施設や土砂災害危険度の高い場所も同様です。ですが、次の地震までの期間がすぐなのか数年後なのか分かりません。一般の人にとっては長期の避難は困難ですし、自治体の対応にも限界があります。

社会を維持するには、公共機関、ライフラインや交通機関、病院や社会福祉施設、学校や保育園などは、リスク回避に最大の努力を払いつつ事業を継続する必要があります。また、例えば、外国船タンカーが長期間入港しなければ、ライフライン供給が困難になり社会が止まる恐れもあります。ですから、海外への正しいメッセージが大事になります。

危険回避や耐震化などの事前対策を万全にし、緊急地震速報などの最新技術を活用することで、国内外に冷静な対応を示す必要があります。正解のない難しい問題ですが社会の英知を結集してより良い答えを見つけていきたいと思います。



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