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「子どもを犯罪から守る」(視点・論点) 

立正大学 教授 小宮 信夫

私には、毎年、夏休みになると思い出される事件があります。それは、今からちょうど30年前の夏休みに起きた、いわゆる宮崎勤事件です。宮崎勤は、ちょうど10年前に死刑が執行されたので、事件そのものは風化したかもしれません。しかしそれでもなお、この事件から学ぶべき点は多いと思います。というのは、今起こっている子どもの誘拐殺害事件は、宮崎勤事件と、犯行のパターンがほとんど同じだからです。

世の中では、犯罪者は子どもをいきなり襲い、無理やり連れ去ると思っているようですが、そんな事件はほとんどありません。子どもを狙った誘拐のほとんどは、だまされて連れ去られたケースです。宮崎勤事件もそうでした。5月に起きた新潟市の児童誘拐殺害事件でも、容疑者は、車でわざと女の子にぶつかり、事故だと思わせて、だまして車に乗せようとしました。
ほとんどの犯罪者は、強引に子どもの手を引いて連れ去ろうとはしません。無理やりの場合、失敗すればただちに捕まりますが、だましの場合は、失敗してもそれだけでは捕まらないからです。
したがって、子どもを被害者にしないために最も必要なのは、大声で叫んだり、走って逃げたりする練習ではなく、どうすればだまされないかを教え込むことです。
人はウソをつきます。ですから、人を見ていては、だまされてしまいます。犯罪者は、カッコいいお兄さん、優しいお姉さんだったりします。子どもがイメージしているような、マスクやサングラスをしている誘拐犯はいないのです。宮崎勤も、そんな格好はしていませんでした。
だまされないためには、絶対にだまさないものを見るしかありません。それが景色です。人はウソをつきますが、景色はウソをつきません。防犯のため目を向けるのは、人ではなく景色なのです。
子どもに交通安全を教えるときは、「横断歩道のないところは渡ってはダメ」とか「見通しが悪いところではよく周りを見て」といったように、危険な景色に注目させますよね。「変なドライバーに気をつけよう」なんて言いません。でも、防犯を教えるときには、「変な人に気をつけよう」と言っています。
子どもたちは、道徳教育で「人は見かけで判断するな」と教えられているのに、防犯教育では「人は見かけで判断しろ」と刷り込まれています。この矛盾を、いつまで放置しておくのでしょうか。

人ではなく、景色の中で安全と危険を識別する能力のことを「景色解読力」と呼んでいます。景色からの警告メッセージをキャッチできれば、危険を予測し、警戒レベルを上げられるので、だまされずに済みます。
松戸市のベトナム児童殺害事件のように、たとえ日ごろはやさしく親切な「知っている人」でも、「危険な景色」の中にいるときは、信用してはいけません。逆に、「知らない人」でも、「安全な景色」の中にいるときは、おしゃべりしたり、手助けしてもいいのです。
では、どうすれば景色解読力を高めることができるのでしょうか。
その簡単な方法が「地域安全マップづくり」です。

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地域安全マップとは、犯罪が起こりやすい場所を、風景写真を使って解説した地図です。景色解読力を高めるのが目的なので、地域安全マップには、景色の再現である写真を必ず載せます。
では、どんな景色が危険なのでしょうか。犯罪学の長年の研究から、犯罪が起こりやすい場所には共通点があることが分かっています。その共通点とは、「入りやすい場所」と「見えにくい場所」という二つの条件です。
「入りやすい場所」とは、だれもが簡単にターゲットに近づけて、そこからすぐに逃げられる場所です。一方、「見えにくい場所」とは、そこでの様子をつかむことが難しく、犯行が目撃されそうにない場所です。
このように、地域安全マップは、景色を点検し、危険な「入りやすく見えにくい場所」と安全な「入りにくく見えやすい場所」を洗い出したものです。
6月に出された政府の「登下校防犯プラン」が求める通学路の緊急点検も、こうした方法で行う必要があります。

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例えば、ガードレールがない道路は「入りやすい場所」です。歩道を歩いている子どもが誘拐犯の車に簡単に乗り込めるからです。奈良市の児童誘拐殺害事件でも、犯人が女の子に声をかけ、だまして車に乗せたのは、歩道の植え込みが途切れた「入りやすい場所」でした。

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両側に高い塀がずっと続く道路は「見えにくい場所」です。家の窓から子どもの姿が確認しにくいからです。新潟市の児童誘拐殺害事件でも、誘拐現場は、空きアパートの壁と線路に挟まれて、窓からの視線が届かない「見えにくい場所」でした。
このように、犯行現場はことごとく、「入りやすい」「見えにくい」という二つのキーワードで説明できます。ところが、世の中では、そういう説明の仕方ではなく、「死角があるから」「人通りがないから」「暗いから」と説明されるのが一般的です。しかし、それらはすべて適切ではありません。そのため、地域安全マップづくりでは、「死角」「人通り」「暗い」はNGワード、つまり、使ってはいけない言葉になっています。なぜなのか、説明しましょう。
まず、「死角」ですが、確かに死角がある場所は「見えにくい場所」です。でも、死角がなくても「見えにくい場所」があるのです。

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例えば、田んぼ道。見晴らしがよく死角はありませんが、周りに家がないので、子どもの姿はだれにも見てもらえません。宮崎勤事件でも、死角がないにもかかわらず、視線が注がれにくい歩道橋の上が誘拐現場に選ばれました。
次に、「人通り」ですが、犯罪者にとっては、人通りが多いということは、獲物がたくさんいて、物色しやすいということを意味します。ターゲットをロックオンした後は、その場で人通りが途切れるタイミングを待つか、あるいはそこから尾行するか、ということになります。宮崎勤事件でも、団地という、人が多くいる場所が事件の舞台になりました。
最後に、「暗い」ですが、そもそも、暗い時間帯には、子どもが少なくなるので、犯罪者は明るい時間帯を好みます。暗い場所は、犯罪者から見ると、子どもの性別や顔が分かりにくい場所です。そして暗いと逃走するのも難しくなります。宮崎勤事件も、明るい時間帯に起きています。
地域安全マップづくりで使っていい言葉は、あくまでも「入りやすい」「見えにくい」という二つのキーワードだけです。最初は難しいかもしれませんが、間違った常識をリセットし、景色を解読できるようになるためには、どうしてもこのキーワードが必要になります。

夏休みも終わろうとしていますが、お子さんと一緒に外出するときには、ぜひ「入りやすいか」「見えにくいか」と話し合って、お子さんの「景色解読力」を高めていただければと思います。


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