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「オウム死刑執行 残された課題」(視点・論点)

ジャーナリスト 江川 紹子

 オウム真理教が引き起こした事件で死刑判決が確定していた教祖と元弟子たちの刑が、相次いで執行されました。一ヶ月に2回、短期間に13人を執行するなど、異例ずくめの死刑執行になりました。
 教祖である麻原彰晃こと松本智津夫については、判決が確定して12年近くになります。死刑を求めてきた被害者遺族も高齢化していますし、未曾有の連続テロの首謀者の刑がいつまでも執行されない事態が続けば、司法判断の重みや信頼が問われかねません。
当局が、この平成の大事件は平成のうちに区切りをつけようとし、様々な行事や政治の日程を考慮した結果、今月の執行となったとすれば、それは理解できます。

ただ、法務省は今の時期になった理由などを明らかにしません。人の命を絶つ、国家の最も重大な刑罰権の行使なのですから、情報はできる限り開示し、説明すべきでしょう。
 教祖が事件について語らないまま執行されたことから、「真相は闇の中」と評するメディアもありました。しかし、裁判では、様々な証拠や証言によって、刑事事件としての真相は概ね明らかになっています。教祖の本心を聞くことができなかったのは残念でしたが、彼自身が事実に向き合おうとしなかったので、やむをえません。
 彼は、自分の裁判では、一見、精神に異常を来したようなふるまいをしていました。ところが、同じ時期に、弟子たちの裁判に証人として呼び出された時には、自分の立場を守るため、実に合理的な行動をしていました。相手によって態度を変えたり、教義を饒舌に語ったり、批判する者に脅し文句で応えることもありました。
 そうした態度と精神鑑定、そして一審での257回に及ぶ公判の内容も踏まえて、司法は死刑判決を確定させたのです。

 もっとも、この教祖と同時に6人の元弟子の死刑を執行したこと、20日後にさらに6人を執行したことについては、私は異議があります。
 法務省は、このような執行となった事情についても説明していませんが、おそらく、共犯者の死刑はできるだけ同時期に執行するのが公平と考えたのでしょう。けれども、一連の事件の首謀者であり、自分を信じて従っていた弟子を犯罪者にした麻原と、彼に心を支配され、その手足となって罪を犯してしまった弟子とでは、責任の重さは天と地ほども違います。
 それに、6人の同時執行は、教祖が側近の高弟たちを引き連れて旅立った形になり、後継団体によって、教祖と弟子のつながりを賛美し、忠誠心を煽る物語が作られかねません。
 死刑囚の中には、再審請求をしている者もいました。これまでにも、複数回の再審請求を行ってきた死刑囚が請求中に執行されたことはありました。
 しかし今回は、井上嘉浩のように、初めての再審請求審が始まったばかり、という人もいました。

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彼は、地下鉄サリン事件や公証役場事務長拉致事件での役割について、一審と控訴審で評価が分かれ、一審の無期懲役判決が控訴審で死刑判決に変わった経緯もあります。再審請求審では、検察が新たに証拠開示を行うことが決まっていました。それを踏まえて裁判所に判断をしてもらう機会を奪ったことには疑問を感じます。
 また、死刑囚となった弟子たちは、未曾有のテロ事件を引き起こしたカルト集団をよく知る「生き証人」でもありました。執行を急ぐより、刑事裁判とは異なる様々なアプローチで、調べ尽くし、教訓を学び尽くすべきだったと思います。

 死刑囚の中に、中川智正という人がいます。

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元は医師で、教祖の主治医を務めたほか、サリンの製造や、様々な凶悪事件に係わりました。当初は、教祖について証言するのをためらっていましたが、後には裁判で聞かれたことには淡々と答え、その態度には誠実さも感じられました。
 死刑囚は、外部との接触を厳しく制限されますが、中川には、確定後も、アメリカの化学者や安全保障の専門家が面会を許され、何度も会っていました。その化学者は、中川からオウムの化学兵器などについて話を聞き、多くを学んだ、と言います。
 不思議なのは、彼から情報を引き出し、オウム事件の教訓を学ぼうとしたのが、アメリカの専門家ばかりだということです。日本の研究者は、なぜ彼を活用できなかったのでしょうか。
 実際に化学兵器を作り、使用した者に、テロや化学の専門家が迫れば、類例のない化学テロに関する研究として、世界のテロ対策にも寄与できたのではないでしょうか。

 死刑囚の中には、オウム真理教に傾倒し、事件に関わってしまった経緯を、じっくり見つめ直した者もいます。地下鉄サリン事件の実行犯広瀬健一もその一人です。

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彼は、若い人たちに向けて、カルト対策を目的とした、59ページにわたる手紙を書きました。

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冒頭、彼はこんな問いかけをしています。
「生きる意味は何か。皆様はこの問いが心に浮かんだことはありますか」
 「生きる意味」を模索し、生きがいや居場所を探しているうちに、オウムに迷い込んだ人はたくさんいました。こうした、なかなか回答が見つからない難問に、オウムは「答え」を与えたからです。ただし、その「答え」は、現実を無視し、命や人権をないがしろにした、極めて独善的なものでした。
 広瀬のような、まじめで優秀な若者たちが、心を絡めとられ、支配され、犯罪の指示にまで従ってしまった過程は、刑事裁判における事実解明とは別に、心理学や精神医学、宗教学などの専門家が、徹底的に調べるべきだったと思います。実際、カルトの専門家が死刑囚への面接調査を求めましたが、法務省は応じませんでした。

 このような調査が行われていれば、テロ対策やカルト対策上、大事なことを学べたでしょう。結局、私たちの国は、あれだけ社会を震撼させた問題について、刑事事件として処理するだけに終始し、総合的に究明しようとはしなかったのです。
 
 死刑執行で、刑事事件としての手続きはほぼ終了ですが、オウムを巡る問題がこれで終わるわけではありません。
 被害者遺族の苦しみに終わりはありません。
 後継団体の動きも気になります。
 教義上、教祖の指示もないのに、信者が勝手に人を殺傷することは許されません。ですから、すぐに組織的な報復テロが起きる事態は考えにくいと思います。ただし、過激な反応をする者が絶対に出ない保障はなく、今後は後継者をめぐる新たな動きが出ることも考えられます。当局は、後継団体やその関係者の動きを、今まで以上にしっかり見ていく必要があります。
 そして、これまでに分かった事実や教訓は、次の世代にしっかりと伝えなければなりません。
 私は、オウムの最大の教訓は、人間の心は案外もろい、ということだと思います。どんなに優秀な人でも、挫折したり悩んだりすることはあります。タイミングが合ってしまえば、人は意外とたやすく、こうした集団に引き込まれてしまいます。
 だからこそ、オウム事件を知らない若い世代が、カルトの怖さやそこから身を守る知恵を学ぶ機会を、学校の授業の中で作って欲しいと思います。
 そして、後世に事実を正確に伝え、専門家による検証も行われるよう、すべてのオウム裁判の記録を永久保存するとともに、必要に応じて閲覧できるよう、国立公文書館になるべく早く移管するよう求めます。
 また、今回の執行では、死刑囚の処遇や情報の開示、再審請求との関係など、死刑制度についての様々な問題も見えました。制度が今のままでいいのか、議論を深めたいと思います。

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