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「広域災害にどう備えるか」(視点・論点)

関西大学 社会安全研究センター長 河田 惠昭

平成30年7月の西日本豪雨の特徴は、まず降った雨量の多さが注目されます。気象庁の資料を用いて計算しますと、7月上旬の10日間に全国で824億立方メートルの雨が降りました。これは比較できる資料が残る1982年以来、すなわち過去37年間で最大の雨量でした。日本最大の湖である琵琶湖の貯水量が、275億立方メートルですから、10日間で琵琶湖の貯水量の3倍の雨が降ったことになります。
でも、これに驚いてはいけません。昨年8月にアメリカ合衆国テキサス州ヒューストン市を中心に来襲したハリケーン・ハーヴィは世界史上最大の被害額である約1900億ドル、日本円に換算して約21兆円の被害をもたらしました。そのとき降った雨の総量は約1,000億立方メートルでした。

今回の豪雨災害の特徴は、広域災害ということです。200名を超える犠牲者は14県で発生し、住家被害は31道府県で記録されました。梅雨前線が北海道から沖縄まで停滞し、大雨の特別警報は、岐阜県、京都府など1府10県に発表されました。また、総降水量が四国地方で1800ミリ、東海地方で1200ミリを超えるところがあるなど、7月の月降水量平年値の2~4倍となる大雨となったところがありました。また、多くの観測地点で24時間、48時間、72時間降水量の値が観測史上第1位となるなど、広い範囲における長時間の記録的な大雨となりました。全国各地で断水や電話の不通等ライフラインに被害が発生したほか、鉄道の運休、道路の寸断などの交通障害が発生しました。

この広域災害では、特徴的な被害が発生しました。英語でカスケ―ディング・ディザスターと呼ぶ被害です。2015年頃からアメリカ合衆国の研究論文に引用されるようになりました。私はこれを連続滝状災害、略して連滝災害と訳しました。山間部に雨が降りますと、川に洪水が発生します。これが流れ下る過程で、色々な種類の滝が出現します。つまり、大雨が降るといろいろな種類の洪水氾濫被害が違った場所で、違った時間に起こるのです。
古い過去には、大雨が降ると川が増水し、堤防が決壊して氾濫するという単純なパターンが全国各地で記録されました。しかし、現在はもっと複雑な形で連滝災害が表れるようになりました。西日本豪雨災害による被害は、全国的に発生しましたが、その被害の特徴とは、まさに連滝災害であった、ということです。

それでは、発生した各種連滝災害の特徴を詳しく説明しましょう。今回の豪雨災害では7種類の連滝災害が発生しました。

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まず、最初に、
①は、土石流による洪水氾濫です。

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洪水の中に大量の土砂が含まれ、高速で流下し、下流で市街地に溢れるというものです。広島市や宇和島市などで発生しました。土砂災害特別警戒区域や警戒区域に指定された地域で多数発生しました。起こる前に避難することが鉄則ですが、多くの住民は未経験ですから、避難が遅れてしまうのです。

②は、砂防ダムの破壊に伴う洪水氾濫です。

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砂防ダムは、土砂をダムの上流に堆積させることによって、高速で流れ下る氾濫流を、階段状になった川底を流下する形で、運動エネルギーを減衰させるのです。このダムが壊れるとせっかく貯まった大量の土砂が洪水と一緒になって一気に流れ下りますので、広島県坂町では大被害が起きました。

③は、ため池の決壊です。

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とくに瀬戸内海沿岸各地は年間の降雨量が少なく、農業用水としてため池を利用する方法が古くから採用されていました。ところが、近年このため池が利用されなくなり、放置状態のものが多くなりました。ため池の水があふれると粘土と土でできた堤防が一瞬にして決壊し、福山市などでは、想定外の被害となりました。

④は橋脚の上流での水面上昇による氾濫です。川の中に橋脚があると、それだけ洪水の流れる断面積が小さくなるので、橋の上流部は必ず水面が高くなり、流れが遅くなります。だから、土砂がたまりやすく、流木などの浮遊物が橋に引っかかって、いずれも洪水氾濫が起きやすくなります。府中町の榎川では、雨がやんでいる時に発生しました。

⑤は治水ダムの放流による氾濫です。ダムが洪水で満水状態になると、上流から流入する洪水をそのまま下流に流す必要があります。そうしないと、ダムの施設が破壊されるからです。ところが、この操作を実施すると、下流住民は洪水氾濫が起こることを必ずしも知らないのです。愛媛県の肱川の野村ダムで起こり、大洲市と西予市で犠牲者が発生しました。

⑥は背水現象、バックウオーターによる氾濫です。岡山県倉敷市を流れる高梁川と支川の小田川の合流部は、江戸時代から氾濫常襲地でした。高梁川の河道が屈曲しているため、水面が必ず上昇します。すると小田川から排水できなくなります。真備地区では深さ4メートルを超える市街地氾濫で、50名以上が犠牲になり、その約80パーセント以上が高齢者でした。

⑦は排水施設の能力不足による氾濫です。広島市安佐北区を流れる矢口川では、これが原因で市街地氾濫が起きました。

それでは、一体どのようにして被害を少なくすればよいのでしょう。それには被害を小さくしできるだけ早く回復させる『縮災』対策を早急に実施することが必要です。まず、災害が必ず起こることが前提になります。

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模式図に示すように、何も対策をやらなければ被害はABCの面積で表されます。ところが事前に対策を進めておけば、起こった瞬間の被害は、ABよりも少なくAB’になります。
さらに復興が終わるまでの期間ACを短縮できればAC’となり、起こってからの被害は面積AB’C’と少なくなります。

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縮災対策は、表のように8つの特徴をもっています。

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まず、いま起こる災害には特効薬のような単独の対策はなく、色いろと組み合わせてやる必要があります。1つひとつの事業がここで示した特徴をいくつかもてば、多くの事業をやると、バランスよく含まれることになるのです。
そこで、具体的な対策について考えてみましょう。まず、事前対策としては防災施設で外力を制御ではなくて緩和するという方法です。そして、現在のように地球温暖化の進行に伴って、風水害の外力がますます増大する傾向が続くことを考慮すれば、社会として防災施設によってどのレベルまで守るのかについての合意形成が必要となってきます。たとえば、前述したハリケーン・ハーヴィの場合、ヒューストン市の中心部は2002年の洪水で浸水したことから、500年に一度程度の洪水では被害が発生しないような対策を講じました。全米で最大規模の病院がそこに立地しているからです。地域全体を同じレベルの危険度で守ることは不可能なのです。
一方、事後対策として、地域防災力で被害を緩和する方法がますます重要になってきました。これは災害のマネジメントと総称します。わが国は現在、世界で最も早いペースで高齢化社会を迎えています。しかし、余りにも多い高齢者を共助と公助だけで支援することも不可能となってきました。高齢者を災害弱者とみなさない社会づくりが必要になっています。そのためには、高齢者も社会的活動に積極的に参画する時代が到来したともいえるでしょう。これは何も災害だけの問題ではなく、私たち一人ひとりが社会サービスを提供する役割を担っていると考えなければならないのです。

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