NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「働き方改革(1) 正規・非正規労働者の格差是正のために」(視点・論点)

東京大学 教授 水町 勇一郎

去る6月29日、働き方改革関連法が成立しました。「働き方改革」は、日本の雇用システムの2つの大きな問題である「長時間労働問題」と「正規・非正規労働者間の格差問題」を根本的に解決することを、2つの柱とするものです。労働法の改革としては、戦後のいわゆる労働三法の制定に次ぐ大改革といえます。
今日はこの2つの柱のうち、正規・非正規労働者間の待遇格差の是正についてお話します。

まず、基本的なアプローチとして、次の3つの方法がとられています。

s180723_01.jpg

 第1に、パートタイム労働者、有期契約労働者、派遣労働者という3つのタイプの非正規労働者に、同時に改革を施すことです。部分的な改革にとどまると残された者に弊害がシフトするという、いわゆる「もぐら叩き」現象が生じることを避けるためです。
 第2に、ガイドラインによる具体的な取組みの誘導です。法律の条文を変えるだけでは、企業の現場で具体的にどのように取り組めばよいかわからないことも多いため、政府が取組みの具体的な方向性と例を示すガイドラインを定めることとしています。
 第3に、事業主に説明義務を課すことです。会社側に待遇格差の内容と理由を説明する義務を課すことで、各会社が責任をもって格差の是正を進めていくことを促すこととしています。

具体的な法律としては、パートタイム労働者と有期契約労働者に適用されるパートタイム・有期雇用労働法が新たに設けられ、派遣労働者については労働者派遣法の改正が行われています。

 まず、パートタイム・有期雇用労働法からみていきましょう。
この法律の重要なポイントは、不合理な待遇格差の禁止と、待遇格差についての事業主の説明義務にあります。
 不合理な待遇格差の禁止は、パートタイム・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、いわゆる正社員の待遇との間に、当該待遇の性質・目的に照らして、不合理な違いを設けてはならないとするものです。
 これは、待遇格差が不合理なものであるかどうかを、それぞれの待遇について個別に判断するという方式をとり、かつ、その不合理性の判断において、各待遇の性質・目的に照らして判断するということを明らかにしたものです。例えば、通勤にかかる交通費を補償するという目的で正社員に通勤手当が支給されているとすれば、同じように交通費をかけて通勤しているパートタイム・有期雇用労働者にも通勤手当を支給しなければ不合理と判断されることになります。
このことは、基本給や賞与についても同じようにあてはまります。例えば、正社員の基本給について、入社以来の経験・能力の蓄積を「何級何号俸」とランク付けして額を決めている、いわゆる「職能給」制度をとっている場合には、パートタイム・有期雇用労働者についても、入社以来の経験・能力の蓄積の度合いに応じた基本給を支給しなければ不合理と判断されることになります。
もっとも、賃金等の内容は会社ごとにさまざまであり、その性質・目的が不明確で、各会社でどのように対応してよいかわからないということも考えられます。そこで、今回の改革では、政府がいわゆる「同一労働同一賃金ガイドライン案」を作成し、さまざまな給付について、その性質・目的としてどのようなものが考えられるのか、その性質・目的に応じてどのような対応をしなければならないのかを、具体的に示しています。
また、最高裁が6月1日に出したハマキョウレックス事件判決では、トラックドライバーである正社員と契約社員との間の作業手当、皆勤手当、給食手当などの違いが不合理であるとされましたが、そこでは、現在の法律の解釈として、この「ガイドライン案」を先取りするような判断がなされています。

s180723_02.jpg

各企業には、この「ガイドライン案」を参考にしつつ、非正規労働者の待遇改善を具体的に進めていくことが求められています。
このような取組みが十分に進められず、「不合理」な待遇格差があると判断された場合には、格差は違法とされ、企業に過去3年分の損害賠償が命じられることになります。

もう一つのポイントとして、改正法は、正社員と待遇の違いがある場合、その違いの内容と理由を説明することを事業主に義務づけています。パートタイム・有期雇用労働者からの求めに対し、会社がどのような理由でどのような待遇格差があるのかをきちんと説明しなかった場合、待遇格差は不合理と判断され、会社は待遇格差の損害賠償責任を負うことになる可能性があります。

s180723_03.jpg

 次に、派遣労働者については、労働者派遣法が改正されています。この改正労働者派遣法には、パートタイム・有期雇用労働法と同様に、不合理な待遇格差の禁止や事業主の説明義務などの規定が置かれています。ただし、労働者派遣の特徴に応じた特別の取扱いも定められています。
 
一つは、派遣労働者については、派遣先の正社員との間の不合理な待遇格差が禁止されることになります。しかし、派遣労働者に賃金を支払い、待遇格差の内容と理由を説明するのは、基本的には派遣会社であるため、派遣先は、派遣会社に対し、派遣先正社員の基本給、賞与、諸手当等の待遇に関する情報を提供しなければならないとされています。
もう一つは、不合理な待遇格差の禁止の例外です。原則として、派遣先の正社員との間の不合理な待遇格差が禁止されますが、これを例外なく貫くと、派遣先が変わって新たな派遣先の正社員の賃金が前の派遣先の正社員より低くなった場合、派遣労働者としては経験や能力が向上しているのに、賃金が低くなってしまうことになりかねません。このような事態を回避できるようにするために、改正法は、例外として労使協定方式をとることを認めています。これは、派遣会社の労使協定によって、同じ業務に就く一般の正社員の平均的な賃金額以上の賃金の支払い、職務や能力等の向上に伴う賃金の引上げ、および、賃金以外の待遇の不合理でない取扱いが保障されている場合に、労使協定によることを例外として認めるものです。ここでは、単に労使協定に規定しているだけでなく、実際にこれらを実施していることが求められており、一般の正社員の平均以上の処遇をすることが最低限必要とされています。

s180723_04.jpg

この改革にあたって、各企業や労使が注意すべきポイントが、3つあります。
第1に、非正規労働者の労働組合への組織化を進めるなど、その声が待遇改善に反映されるようにすることです。当事者である非正規労働者の声を聞き、その納得性を高める方法で待遇改善を行ったというプロセスは、格差の不合理性の判断にも影響を与える重要なポイントとなります。
第2に、正社員の待遇を引き下げることなく、非正規労働者の待遇改善を行うことです。正社員の待遇を引き下げて格差是正を図ることは、非正規労働者の待遇改善という法の趣旨に反するものであり、正社員の待遇の引き下げ自体が法的に無効と判断される可能性があります。今回の改革で最も重要なポイントとなるのは、賃金支払いの元となる賃金原資を一定としてその分配の仕方を考えるという「賃金原資一定」論をいったん放棄し、賃金原資をどうやって増やすかを考えることです。具体的には、生産性の向上、企業の内部留保の賃金への還元、適正な価格転嫁などの方法をとって、待遇改善を図るための賃金原資を確保することが必要になります。
最後に、法律改正に合わせた小手先の対応ではなく、企業経営や人事労務管理のビジョンを描きながら、将来に向けた幅広い検討を行うことです。低賃金の非正規労働者を多く抱えている企業であればあるほど、大きな人件費の増加を伴う改革であり、これを単なるコストとしてしか見られなければ、企業経営は立ち行かなくなります。
「働き方改革」を機に、働く人の希望と能力を活かせる制度を創り、より付加価値の高い製品やサービスの提供を行っていくという視点をもてるかどうかが、企業経営と労使関係の鍵になります。

キーワード

関連記事